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スイス版ブレグジット投票は辛うじて否決

~国民の半数近くが移民制限に賛成~

田中 理

要旨
  • スイスでは人口増加時の移民抑制策を政府に義務付ける国民投票が僅差で否決された。国民投票が可決された場合、将来的にEUとの人の移動の自由が制限される恐れがあった。スイスはEUとの貿易活動やEUからの労働者が経済を支えており、今回の国民投票はスイス版ブレグジット投票に相当した。最終的に否決されたとは言え、スイス国民の半分近くが移民抑制措置に賛成票を投じたことからは、移民の増加、住宅価格の高騰、インフラ逼迫などに対する国民の不満の根強さを物語っている。

スイスは14日、人口の上限を1000万人にするか否かを問う国民投票を実施し、賛成45%、反対55%の反対多数で否決した。投票は移民規制の強化を訴える右派政党・国民党(SVP)が提起したもので、①現在910万人のスイスの人口を2050年まで1000万人未満に維持する、②人口が950万人を超えた時点で、政府に庇護申請や家族の呼び寄せなどに関する移民の抑制策を義務付ける、③移民抑制後も人口が1000万人を超えた場合、EUとの人の移動の自由を認める協定の見直しや破棄など、更に厳しい移民抑制策の実施を求める内容だった。

国民党は1929年以来、ほぼ全ての連邦内閣に入閣し、2003年以降は国民議会(下院)で最大政党の座を保持してきた。スイスは独特の統治制度を持ち、連邦参事会と呼ばれる連邦内閣は4年毎に議会の上位4政党から選出される7名(上位政党の順に2名、2名、2名、1名が割り当てられる)の閣僚で構成され、閣僚の合議制で政権を運営する。7名の閣僚は同等の権限を持ち、7つの省庁の長を務めるとともに、持ち回りで任期1年の連邦大統領を兼務する。連邦大統領は連邦参事会の議長に相当し、合議制の連邦参事会(連邦大統領ではない)が国家元首の役割を担う。スイスでは国民発議による国民投票が認められ、一定数の署名を集めれば、政党や市民団体が憲法改正案を国民投票にかけることができる。スイスでは政府参加と個別政策への賛成は切り離され、今回の国民投票のように、政権内部の国民党が国民投票では政府の方針に反対する事態が生じる。

スイスの人口は過去20年で3割余り増えたが、その大半は外国からの移民の流入によるもので、外国籍の住民が総人口に占める割合は3割近くに達する。国民党は、移民の増加を、住宅不足、住宅価格や家賃の高騰、交通渋滞や交通混雑の深刻化、学校や病院など公共インフラの逼迫など、日々の国民生活の問題に結びつけ、多くの国民の支持を集めることに成功した。政府や経済界は、国民党が求める移民抑制策が住宅不足や交通渋滞などの問題解決につながらないと反論。投票が可決した場合、医療・介護・建設・サービス業などで深刻な労働力不足を招く恐れあることや、外国人労働に依存している同国経済の成長鈍化、EUとスイスが進めている人の移動の自由を認める協定の更新に向けた協議の停滞などを不安視する声が広がっていた。

永世中立国で直接民主制を重視するスイスは、欧州統合への参加を巡って揺れてきた。1992年にEUの前身である欧州共同体(EC)への加盟申請をしたが、直後の国民投票で欧州経済領域(EEA)への参加が僅差で否決された。EU加盟への政治的な支持が得られないと判断され、加盟交渉は事実上凍結、2016年にEU加盟申請を正式に取り下げた。だが、スイスとEUとの経済的な結びつきは強い。スイスは周囲をEU加盟国に囲まれ、国境周辺の住民はEU諸国との間を日常的に行き来している。EUはスイスにとって最大の貿易相手国で、医療・介護・建設・サービス業では多くのEU出身者がスイス経済を支えている。スイスはEUへの正式加盟を見送る一方で、EUとの間で100以上の個別の二国間協定を結び、EUの単一市場に部分的に参加してきた。そのため、今回の国民投票が可決され、最終的にEUとの人の移動の自由が制限される事態に発展すれば、経済的な打撃が避けられない。スイスにとって今回の国民投票は、英国のEU離脱を問う国民投票に類するものであった。

事前の世論調査は拮抗し、最終的に否決されたとは言え、スイス国民の半分近くが移民抑制措置に賛成票を投じたことからは、移民の増加、住宅価格の高騰、インフラ逼迫などに対する国民の不満の根強さを物語っている。住宅不足や公共インフラの逼迫などの問題を解決できない場合、国民の間で不満が高まり、新たな国民投票の提起や国民党の更なる躍進などを招く恐れがある。連邦参議院による合議制という性質上、国民党の躍進が直ちに政権の不安定化や政策の急進化につながる訳ではないが、今後も移民問題が政治の中心課題になりそうだ。

以 上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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