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- 英スターマー首相はいよいよ窮地に
- 要旨
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- 駐米大使の任命問題で、スターマー首相の辞任を求める声が日増しに高まっている。5月7日には、労働党の大敗が予想される統一地方選挙を控えており、選挙戦の敗北を受け、首相降ろしが本格化する可能性がある。
- 後継首相候補としては、党内左派の中心人物であるレイナー元副首相、党内外で絶大な人気を誇るバーナム・マンチェスター市長、若手改革派のストリーティング保健相、スターマー氏に近いマフムード内相などの名前が挙がる。
- どの候補が首相に就任した場合も、党勢立て直しが急務となる。支持率回復に向けて厳しい財政規律の見直しや家計のエネルギー負担の軽減措置の拡充に踏み切る場合、財政悪化懸念が広がる恐れがある。
2024年の総選挙で14年振りに政権に返り咲いた労働党に対して、英国民から厳しい視線が注がれている。スターマー氏を首相として評価するかを尋ねた最新の世論調査では、「評価する」との回答が20%前後にとどまったのに対して、「評価しない」との回答が70%程度と大きく上回る。政権交代後に行われた2度の下院補欠選挙では、何れも労働党が保持していた議席を、政権奪取を視野に入れる右派ポピュリスト政党「リフォームUK」と、穏健左派票の受け皿となっている環境政党「緑の党」に明け渡した。2025年5月の統一地方選挙では、労働党の得票率は19%にとどまり、リフォームUKが改選議席の41%を獲得し、10の自治体で首長を輩出した。5月7日に控える統一地方選挙でも労働党の苦戦は避けられない。4月の世論調査では、労働党と保守党の二大政党が改選議席の半分以上を失うのに対して、リフォームUK、緑の党、中道リベラル政党「自由民主党」が議席を伸ばすことが予想されている(図)。
英国では現在、政財界を揺るがす性的人身売買問題の首謀者であった米富豪エプスタイン氏と親交があったマンデルソン駐米大使の任命責任を巡って、スターマー首相が窮地に陥っている。スターマー首相に対しては、イラン空爆を巡って米国と距離を置いたことや、実務能力を高く評価する声がある一方、政権奪還後の選挙での度重なる敗戦や、駐米大使の任命などを巡って、責任を追及する声が浮上している。労働党の重鎮で閣僚経験者でもあるマンデルソン氏は、大使任命後、エプスタイン氏に機密情報を漏洩した罪で逮捕された。その後、駐米大使の選出に当たって、マンデルソン氏が治安当局によるセキュリティー審査に落ちていた事実が発覚。スターマー首相が「外務省が情報を遮断し、審査に落ちていた事実を最近まで知らされていなかった」と釈明したのに対して、本件を巡って更迭されたロビンズ元外務次官が「セキュリティー上の懸念が軽視され、首相官邸から審査を急ぐように圧力を受けた」と議会で証言した。英国の閣僚規範では、議会で故意に虚偽の事実を述べた場合、閣僚を辞任しなければならない。今後の独立調査や内部文書の流出で、審査に落ちていたことを首相が事前に知っていた証拠が出てきた場合、首相辞任に追い込まれる可能性が高まる。地方選挙での大敗はその引き金となり得る。

スターマー首相辞任時の後継首相候補としては、①レイナー元副首相、②バーナム・マンチェスター市長、③ストリーティング保健相、④マフムード内相、⑤ミリバンド・エネルギー相、⑥ラミー司法相などの名前が挙がる。リーブス財務相は、同氏の厳しい財政運営が労働党の党勢低迷の一因でもあり、後継首相に就く可能性は低い。
労働者階級出身の苦労人として知られるレイナー氏は、住宅売却時の課税逃れ疑惑で2025年9月に副首相兼副党首を辞任するまでスターマー首相のライバルであり、右腕でもある政権内の最重要人物。労働組合出身で党内左派の支柱的な存在。中道寄りのスターマー政権内で労働者寄りの政策を志向するアンカー役を果たしてきた。副首相辞任の原因となった課税逃れ疑惑が復権へのハードルとなる。
バーナム氏は元閣僚経験者でマンチェスター市長に転身後、市政の立て直しに成功し、地方の声を代弁する政治家として、党内外で絶大の人気を誇る。中道左派に属し、スターマー政権に不満を持つリベラル層、伝統的な労働者層の両方にアピールできる。首相就任には補欠選挙などで下院議員に復帰する必要がある。
貧困家庭からケンブリッジ大学を経て政界入りしたストリーティング氏は、メディア対応能力の高さで知られ、労働党の刷新を訴えられる党内の若手有望株。スターマー氏よりもさらに中道に位置し、党内左派や労働組合からの反発が予想される。
マフムード氏は、2024年の選挙戦略の立案者として勝利を支えた人物で、スターマー氏に近い。内相就任後は、移民管理の厳格化や犯罪対策の強化などに取り組む。首相就任となれば、英国初のムスリム首相が誕生する。
元労働党党首で、党内左派の重鎮として、スターマー政権の看板政策である脱炭素を主導する。党内の幅広いグループに影響力を持ち、党首経験者として混乱期の党内をまとめる人物として期待される一方、2015年の総選挙で大敗した際のリーダーであることや、若返りを求める声が首相就任の障害になる。
ハーバード大学で学んだ国際派として知られ、政権交代後は外相を務めていたが、レイナー氏に代わって副首相兼司法相に就任。党内ではスターマー氏に近い中道路線で、スターマー色の強さが首相就任の障害になる。
スターマー首相に近いマフムード氏やラミー氏が首相に就任すると、現政権の政策を基本的に引き継ぐことが予想される。スターマー首相よりもさらに中道寄りのストリーティング氏が首相に就任すると、改革路線が強化されるとの期待が生まれよう。中道左派のバーナム氏が首相に就任する場合、地方経済の立て直しに向けたインフラ投資の拡大が予想され、景気浮揚への期待とともに、財政悪化懸念が広がる恐れがある。ミリバンド氏の首相就任時は、脱炭素の更なる推進の一方で、北海油田・ガス田の採掘禁止が続き、エネルギー価格の高止まりが続く恐れがある。レイナー氏の首相就任時は、労働者の権利保護が重視され、企業のコスト増に伴うインフレ懸念が高まる恐れがある。どの候補が首相に就任した場合も、党勢立て直しが急務となる。支持率回復に向けて厳しい財政規律の見直しや家計のエネルギー負担の軽減措置の拡充に踏み切る場合、財政悪化懸念が広がる恐れがある。
田中 理
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

