インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

マレーシアも中東情勢の影響は不可避、1-3月GDPにブレーキ

~日本のサプライチェーン支援は同国のみならず、日本の利益にもつながると期待~

西濵 徹

要旨
  • イスラエルと米国によるイラン攻撃を契機とする中東情勢は緊迫状態が長期化している。米国とイランは停戦で合意し、直接交渉も行われたが、ホルムズ海峡問題と核開発問題で隔たりが大きく合意には至っていない。ただし、交渉は継続中であり、中国もイランに海峡正常化を求めるなど停戦への動きは活発化している。一方、海峡封鎖によるエネルギーや肥料の価格高騰が世界的なインフレ圧力を強め、世界経済の足かせとなることが懸念される。
  • マレーシアは資源輸出国としてエネルギー価格上昇の恩恵を受ける一方、国内の精製施設は中質油など中東産原油に依存しているため原油高の悪影響も免れない状況にある。政府はガソリン価格を補助金で抑制してインフレを低位に保っているが、補助金負担の増大により財政赤字削減目標の達成が難しくなっている。このため、4月から給油量の上限設定や在宅勤務の再導入といった需要抑制策を導入するなど、行動変容を迫られている。
  • 1-3月の実質GDP成長率は前年比+5.4%と鈍化し、前期比年率では5四半期ぶりのマイナス成長となった。製造業は堅調な一方、農林水産業、鉱業、建設業、サービス業など幅広い分野で生産が低迷している。先行きについては、燃料コストの上昇、観光客数の減少、需要抑制策の影響が重なり、景気の下押し圧力や物価の上昇圧力が強まると予想される。
  • マレーシアはLNGや石油製品、窒素系肥料の原料(尿素)の主要調達先として、日本にとって極めて重要な国である。日本はAZECプラス首脳会合で100億ドルの金融支援を表明し、サプライチェーンの維持を通じて日本企業や国民生活への悪影響の回避を目指す姿勢をみせる。これは支援が巡り巡って自国の利益にもつながる戦略的に重要な取り組みといえる。

イスラエルと米国によるイランへの軍事行動を契機に、中東情勢は緊迫した状態が続いている。トランプ米大統領は当初、攻撃期間は1~2週間、長くても3~4週間程度にとどまるとの見方を示した。しかし、1ヶ月半以上が経過した現時点でも、当初の目的(核開発施設の破壊、核燃料の奪取、テロ支援能力の排除)の達成にはほど遠い状況が続いている。こうしたなか、米国とイランの双方と関係が深いパキスタン、エジプト、トルコなどが仲介役となる形で2週間の停戦で合意した。その後にパキスタンの首都イスラマバードで米国とイランによる直接交渉が行われたものの、合意に至らなかった。交渉では一部の問題で合意に至った模様である一方、ホルムズ海峡を巡る問題と核開発の問題に大きな隔たりがあったとされる。とはいえ、その後もトランプ氏は交渉継続の方針に加え、近く再交渉が行われるとの見通しを示しており、水面下での協議が継続しているとみられる。さらに、イランの友好国である中国がイランに対して、ホルムズ海峡の航行正常化を求めており、公に「圧力」をかける動きも確認されている。このように、足元では当事者国の間で積極的に停戦に向けた動きが模索されている。背景には、中東情勢が緊迫化して以降、イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖に伴う供給懸念を反映して、原油をはじめとするエネルギー資源のほか、窒素系肥料の価格が高止まりしていることがある。その結果、世界的にエネルギーや食料品など生活必需品を中心にインフレ圧力が強まり、世界経済の足かせとなることが警戒される。

マレーシアは東南アジア有数の資源国であり、輸出全体に占める原油や天然ガスをはじめとする鉱物資源の割合は4割弱である。さらに、原油や石油製品、天然ガスの収支(輸出入の差し引き)はGDP比で1%程度の黒字と試算されるため、このところのエネルギー資源価格の上昇はマクロ面で景気の押し上げ要因となることが期待される。なお、同国産原油は国際市場において高値で取引される軽質油であるため、国営石油公社(ペトロナス)は国内供給より輸出を優先してきた経緯がある。その影響で国内の石油精製施設は中質油や重質油に適しており、中東産原油を輸入して精製する構図となっており、このところの中東情勢の緊迫化による供給懸念を受けた原油高の影響を免れない。こうした状況ながら、同国では補助金を通じてガソリンや軽油の価格が抑えられており、政府は中東情勢の緊迫化以降も価格を据え置いたことで、3月のインフレ率は前年同月比+1.7%と前月(同+1.4%)から加速したものの、落ち着いた推移をみせている。その一方、原油高による関連収入以上に補助金が増大する見通しであり、政府は2026年度予算で財政赤字をGDP比▲3.5%に縮小する目標を掲げているものの、達成のハードルは高まっている。したがって、政府は4月からマレーシア国民を対象とする価格補助対象ガソリン(RON95)の月間割当量を引き下げるとともに、1回あたりの給油量に上限を設けるなど需要抑制策を導入している。さらに、省エネを目的に政府部門で在宅勤務を再導入したほか、民間部門にも推奨する動きもみられる。

図表
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このようにマレーシアは資源国ではあるものの、中東情勢の緊迫化を受けた原油高の悪影響を免れないなか、1-3月の実質GDP成長率は前年同期比+5.3%と前期(同+6.3%)から伸びが鈍化している。前期比年率ベースの成長率も▲0.88%とマイナス成長となり、前期(同+3.06%)から5四半期ぶりのマイナス成長に転じるなど景気拡大の動きに一服感が出ている。主力の輸出財である半導体をはじめとする電子部品関連などの活発な生産活動を反映して製造業の生産は引き続き拡大しているものの、農林水産業関連のほか、鉱業、建設業、サービス業など幅広い分野で生産が下振れしており、勢いに陰りが出ている。先行きについては、原油高は鉱業部門の生産の追い風となることが期待されるものの、中東産原油の供給懸念による国内石油製品の不足が幅広い経済活動の足かせとなることが懸念される。中銀は3月の定例会合において様子見姿勢を維持するとともに、経済成長の実現に自信を示した(注1)。しかし、足元では燃料補助の対象外となっている建設業や航空、農業、製造業などがコスト上昇に直面しているうえ、中東情勢の緊迫化による外国人観光客数に下押し圧力がかかっており、中銀の見通しの前提に変化が生じる動きがみられる。そして、エネルギー需要抑制策の影響に加え、経済活動に対する制約が増すことも物価上昇圧力を強めるほか、景気の下押し圧力となる可能性に注意が必要である。

図表
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マレーシアを巡っては、中東産原油の物流や迂回輸出の中継地とみる向きもあり、アジアにおける精製のハブ機能を担っているとされ、アジア新興国における原油や石油製品、天然ガスの供給のカギを握る。日本にとっても、LNG(液化天然ガス)の輸入の15%前後を担うなど安定的な調達先のひとつである。また、同国産原油や輸出される石油製品の大部分は中国向けとされているものの、石油製品については一定量が日本向けであるうえ、中東情勢の緊迫化以降は代替手段として海上在庫の仕組みを利用する形で日本が原油を調達する動きもみられる。さらに、窒素系肥料の原料である尿素については、足元では輸入の4分の3程度をマレーシアからの輸入に依存しており、極めて重要な輸入先となっている。先日開催された東南アジア諸国やオーストラリアで構成されるアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)に、韓国やバングラデシュ、東ティモールが加わった「AZECプラス」のオンライン首脳会合において、日本は原油や石油製品の調達円滑化を目的に総額100億ドルの金融支援を実施することを表明した。日本と東南アジア諸国などは石油製品を巡るサプライチェーンを通じて深く結びついており、これらの国々で原油や石油製品の不足を理由に生産が滞れば、進出する日本企業の活動のみならず、日本国内における生産活動や国民生活に幅広く悪影響が及ぶ懸念が高まる。今回の支援は、サプライチェーンの維持を通じて日本企業や国民生活への悪影響を回避する観点で極めて重要な取り組みであり、支援が日本にとっての利益につながると理解することが重要である。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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