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進むユーロ安、欧州側の3つの要因

~欧州を覆うエネルギー・財政・政治リスク~

田中 理

要旨
  • 外国為替市場でユーロ安が進み、対ドル相場は2025年5月以来の水準に下落している。米国の長期金利上昇がドル高を促していることに加え、欧州固有の三つの要因がユーロの重石となっている。第一は、中東情勢の緊迫化とエネルギー価格再高騰で改めて浮き彫りとなった資源輸入地域としての脆弱性である。第二は、2027年予算や来春の大統領選挙を巡るフランスの財政・政治リスクで、フランス国債への信認低下が他国に波及すれば、一国固有の問題からユーロ圏全体の問題に発展する恐れがある。第三は、AfDの躍進とメルツ首相の求心力低下によるドイツの政治リスクである。エネルギー高がインフレを再燃させれば、ECBの追加利上げがユーロを下支えする一方、交易条件悪化や景気下押しを伴うため、単純なユーロ高要因とはならない。年末に向けては、イラン情勢とエネルギー価格の動向、フランスの予算協議や格付け、ドイツの改革遂行能力などがユーロ相場を左右する焦点となる。

外国為替市場でユーロ安が進んでいる。ユーロの対ドル相場は、9月17日に1ユーロ=1.15ドル前後で推移した後、9月末にかけて下落が加速した。10月に入ると1.13ドルを割り込み、一時1.12ドル台前半まで下落し、2025年5月以来の安値圏にある。

ユーロ安の一因は米国にある。米国では長期金利の上昇が続き、10年物国債利回りは10月1日に一時5.34%と、2002年以来約24年ぶりの高水準に達した。堅調な景気や根強いインフレ圧力を背景に、金融市場では米連邦準備理事会(FRB)が金融引き締めを長期化するとの見方が強まっている。金利の先高観からドルに資金が流入し、ドル高・ユーロ安が進みやすい環境となっている。だが、最近のユーロ安を米国の金利上昇だけで説明することはできない。ユーロはドルだけでなく、円やスイスフランなどの主要通貨に対しても下落している。背景には、欧州固有の三つの要因がある。

第一は、エネルギー価格の再高騰で改めて浮き彫りとなった資源輸入地域としての欧州の脆弱性である。中東情勢の緊迫化や世界的な資源需給の逼迫を受け、原油や天然ガス、ディーゼル燃料の価格が上昇している。北海ブレント原油先物価格は1バレル=100ドルを再び上回り、オランダTTF天然ガス先物も1メガワット時=70ユーロを上回って推移している。エネルギー価格の高騰を受け、G7は10月2日、今後4ヶ月で最大1億バレルの原油・石油製品を市場に放出する方針を表明した。特に供給不足が深刻なディーゼルについては、今後20日間に相当量を前倒しで放出する。最近の動きで気掛かりなのは、天然ガス価格の再上昇だ。今年は欧州のガス在庫が歴史的な低水準で推移しており、冬場の需要期が近づくなか、今後の気温やLNG供給次第で需給が一段と逼迫する恐れがある。

米国は世界有数の石油・天然ガスの生産国で、エネルギー価格の上昇によってエネルギー部門の所得が増える。これに対して、ユーロ圏はエネルギーの純輸入地域で、輸入代金が嵩み、海外への所得移転が増加する。米国の交易条件が改善するのに対し、ユーロ圏では交易条件が悪化し、実質所得が域外に流出する。この違いがドル高・ユーロ安を促す一因となっている。実際、足元の為替市場では、原油高に弱い主要エネルギー輸入国・地域の通貨として、ユーロや円を売る動きがみられている。

これは2022年のエネルギー危機でユーロが大幅に下落した際にもみられた構図である。ロシア産天然ガスへの依存低下やLNG調達先の多様化などを背景に、欧州を取り巻くエネルギー環境は当時より改善している。しかし、供給先がロシアから米国や中東などに分散しても、ユーロ圏がエネルギーの純輸入地域であるという経済構造そのものは変わらない。世界的なエネルギー供給のショックが発生すれば、輸入価格の上昇を通じて域内の実質所得が海外に流出する。

第二の問題は、フランスに端を発した欧州の財政リスクである。2027年予算を巡る政治的な不透明感や財政再建の実行可能性への懸念から、このところフランス国債が大きく売られている。10年物国債利回りは10月1日に2002年以来の高水準まで上昇し、2日も5%近辺で推移した。域内の安全資産であるドイツ国債との10年物利回り格差(スプレッド)は10月2日に一時150bpを超え、2011年末以来の水準となった。

フランス政府は2027年の予算案で、2026年に国内総生産(GDP)比で5.4%程度に達した財政赤字を5%へ縮小する方針を示している。だが、国民議会(下院)で安定多数を持たない政府が、社会党(PS)や国民連合(RN)などの野党勢の協力により、歳出削減や歳入増加策を実現できるかは不透明だ。野党の協力を求める過程で財政再建が遠退くことや、予算が未成立のまま越年し、財政再建が進まない恐れがある。

来年春には大統領選挙も控える。各種の世論調査ではRNのルペン候補が圧倒的にリードしている。最近では決選投票の世論調査も、ルペン氏の勝利を示唆するものが増えている。市場では、選挙後の政権の財政運営やEUとの関係についても不透明感が意識されている。

格下げのリスクも高まっている。大手格付け会社ムーディーズは現在、フランス国債の格付けを「Aa3」とし、今後の格下げ方向を示唆する格付け見通しを「ネガティブ」としている。10月2日には、議会で安定多数を確保することが難しく、2027年予算成立の見通しが不透明なうえ、大統領選挙後も政治的な分断が続けば財政再建が容易にならないとの見方を示している。次回の格付け判断は10月23日に予定されている。

より注意が必要なのは、フランスの問題が一国の財政不安にとどまらず、ユーロ圏全体の問題に波及する可能性である。フランスはユーロ圏でドイツに次ぐ経済規模を持ち、国債市場の規模も大きい。フランス国債への信認低下が続けば、イタリアなど財政余力の乏しい国にも国債売りが波及し、ユーロ圏内の金利格差が拡大する恐れがある。そうなれば、ECBはインフレ抑制のために金融引き締めを続ける一方で、加盟国間の金利差拡大(市場の分断化)を抑える必要にも迫られる。

第三の要因として、ドイツの政治リスクがある。9月に行われた旧東ドイツ地域の州議会選挙では、右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が4割前後の支持を獲得して第一党となった。AfDが大幅に議席を増やしたことで、同党との連立を拒否する既成政党が安定した州政府を樹立することが難しくなっている。

9月20日に選挙が行われたメクレンブルク=フォアポンメルン州では、AfDを政権から排除する形の州政府の発足に向けた協議が進んでいる。ただ、左派3党による連立が成立すれば、AfDは州議会で唯一の野党となり、州政府への不満や政権批判票の受け皿を事実上独占しやすくなる。一方、9月6日に選挙が行われたザクセン=アンハルト州では、AfD以外の政党だけでは安定した多数派を形成することが難しく、AfDが初めて州政府を率いる可能性がある。

問題は、こうした政治的な不安定化がドイツの構造改革を難しくすることだ。構造不況に陥ったドイツ経済は、財政政策の転換や輸出回復もあり、緩やかな回復軌道に戻りつつある。しかし、循環的な回復を持続的な成長につなげるには、高い労働コストや税・社会保険負担の軽減、労働供給の拡大、年金・社会保障制度改革、規制・行政負担の削減、デジタル化、インフラ投資の迅速化などの構造改革が欠かせない。

州議会選挙での相次ぐ敗北を受け、メルツ政権に対する評価は厳しさを増している。10月のARDの世論調査では、「メルツ首相の仕事に満足している」との回答は10%にとどまった。 CDU内にはメルツ党首(首相)の交代を模索する声も一部にある。メルツ首相の求心力低下とAfDへの支持拡大によって、給付削減や負担増、労働市場・年金改革など、国民に痛みを求める政策を実行する政治的資源が失われる恐れがある。

今後のユーロ相場を考えるうえでは、こうした欧州固有の下落圧力と、ECBの利上げ継続による上昇圧力との綱引きが重要になる。中東情勢を巡る不透明感が長期化し、冬場のガス需給逼迫や資源価格の高止まりが続けば、エネルギー価格の上昇が賃金やサービス価格に波及する「二次効果」への警戒が高まる。そうなれば、ECBは追加利上げを含む一段の金融引き締めを迫られ、米欧金利差の縮小を通じてユーロを下支えする可能性がある。ただ、ECBの利上げによって金利面ではユーロ買い材料が生じても、資源価格高騰による交易条件の悪化や実質所得の減少、景気下押しが同時に進めば、ユーロにとって必ずしも一方向の上昇材料にはならない。

むしろ、年末に向けては、フランスの2027年予算協議や格付け判断、来春の大統領選挙を巡る不透明感に加え、ドイツ州議会選挙後の政治不安がメルツ政権の改革遂行能力をどこまで損なうかが焦点となる。足元のユーロ安は単なる米国の金利高によるものではない。エネルギー輸入依存、フランスの財政不安、ドイツの改革停滞という欧州経済の弱点が、為替市場を通じて改めて意識され始めている。

以 上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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