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2026.01.21
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インドネシア・ルピア最安値、中銀の独立性懸念で、利下げに二の足
~「なんでもあり国家」の面目躍如か、財政運営への懸念に中銀の独立性への懸念も重なる状況に~
西濵 徹
- 要旨
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インドネシア・ルピアは、中銀副総裁の突然の辞任と、その後任候補に大統領の甥である現職財務副大臣のトマス氏が含まれたことをきっかけに、中銀の独立性への懸念が高まり、資金流出圧力から史上最安値を更新した。近年の法改正などを通じて中銀は物価安定に加えて経済成長支援を担う役割を負い、危機時には財政ファイナンスも容認されるなど、独立性が弱まる制度環境が整ってきた。理事会候補者は行政官や政党関係者であってはならないとされているが、後任候補のトマス氏はその条件に抵触しており、それでも政府高官が支持を表明するなどの動きがみられる。インドネシアでは、大統領選においても超法規的な対応がみられたことを勘案すれば、今後は中銀に対する景気下支え圧力が一段と強まる可能性がある。
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プラボウォ大統領は8%成長を掲げ、大規模な歳出拡大策を打ち出したが、これは過去数年の成長率を大きく上回る極めて野心的な目標である。財政悪化懸念を受けて政権は歳出削減に転じたものの、経済への悪影響と国会議員優遇への反発から反政府デモが激化し、財政運営を巡ってプラボウォ大統領と対立したスリ=ムルヤニ前財務相が更迭された。政府と中銀は新たな協定を結び、財政と金融の一体運営が進んだが、2025年度の財政赤字は法定上限に迫り、税収減も相まって財政運営への懸念が高まっている。
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副総裁の辞任と縁故色の強い後任人事の可能性は中銀の政策運営への不信を強めるなか、中銀は政策金利を据え置いた。インフレは目標内にあるものの、ルピア安による輸入物価上昇を警戒し、中銀は利下げ効果を見極めるため慎重姿勢を維持した。中銀は、世界経済の不確実性を認識しつつも、国内経済や成長見通し、対外収支は概ね堅調との認識を示した。ルピアと物価は中銀の安定化策により管理可能とし、先行きは経済・金融の安定と成長促進を両立する政策運営を目指す姿勢を示した。
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ペリー総裁は、ルピア安の背景を国内外の要因と説明し、為替介入を含むあらゆる手段で通貨安定を図る姿勢を強調した。副総裁選定は法に則って進められていると強調する一方、政府との緊密な連携を認めるなど、中銀の独立性に対する疑念は払拭されていない。外貨準備は現時点では適正水準にあるものの、過度な為替介入はリスクを伴うため、財政運営の透明性と中銀人事の信認確保が今後の重要課題となる。
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インドネシアの通貨ルピアの対ドル相場は、史上最安値を更新するなど資金流出圧力に直面している。きっかけは、1月19日に中銀副総裁のジュダ・アグン氏が2027年1月の任期満了まで1年余りを残して突如辞任したことにある。さらに、直後に政府は国会に3名の後任候補を提出しており、その1名にプラボウォ大統領の甥(姉の長男)で現在は財務副大臣を務めるトマス・ジワンドノ氏が含まれていたため、中銀の独立性に対する疑念が高まったこともルピア安に拍車をかけた。中銀を巡ってはここ数年、その独立性が毀損されかねない動きがみられる。2022年に成立した改正中銀法では、中銀の政策目標に従来からの物価とルピアの安定に加え、経済成長の支援が追加されるなど、金融政策を通じて景気を側面から支援する方針が示された。さらに、大統領が危機的事態を宣言した際に中銀が政府から国債の直接購入を認める、いわゆる「財政ファイナンス」を是認する内容も盛り込まれた。なお、一連の法改正では、理事会候補者が指名時点で行政官や政党メンバーであることを禁じており、トマス氏は財務副大臣であるのみならず、プラボウォ大統領が総合議長(党首)を務める最大与党グリンドラ党の財務担当を務めるなど、この問題に抵触する。にもかかわらず、政府内からはプルバヤ財務相が「辞めれば問題ない」、「トマス氏を支持する」と発言するなど前向きな姿勢が広がりをみせている。こうした動きは法治国家としてあるまじきだが、2024年に実施された大統領選において、憲法規定(40歳以上を立候補要件としたもの)に反してジョコ前大統領長男であるギブラン氏が立候補可能となり、当選したうえで副大統領に就任した。その意味では、インドネシアではこうした『超法規的』な動きは当たり前のことと捉えることもできる。そして、今後は中銀に対して景気下支えに向けた圧力がこれまで以上に高まるリスクも孕んでいる。

プラボウォ大統領は、自身の任期中に経済成長率を8%に引き上げる方針を示しており、ここ数年の平均が5%程度で推移していることに鑑みれば、3ptと大幅に押し上げることを意味する。こうしたなか、政権公約にジョコ前政権の肝煎り政策である新首都(ヌサンタラ)移転事業のほか、学校給食の無償化、公務員給与の引き上げ、低所得者向け現金給付と住宅建設、無償での健康診断の実施や病院増設、学校改築など、様々な歳出拡大に繋がる方策を示してきた。しかし、金融市場では政権によるバラ撒き政策が財政悪化を招くとの懸念が高まったため、政権は教育や福祉、公共投資関連などを中心に歳出削減に動いた。結果、幅広く経済活動に悪影響が出る一方、国会議員の厚遇が明らかになったことを機に反政府デモが激化する事態に発展した。これを受けて、プラボウォ大統領は事態収拾を図るべく、反政府デモの標的とされたスリ=ムルヤニ前財務相を解任したが、財政運営を巡って度々対立した同氏をこの機に乗じて更迭したと考えられる。さらに、政府と中銀が新たな協定を締結し、政権公約に掲げる事業進捗に向けて政府による中銀預金への金利を引き上げるなど、財政運営に対する不透明感や中銀の独立性を棄損し得る内容が盛り込まれた。こうしたなか、2025年度の財政赤字は695.1兆ルピア(GDP比2.92%)と法定上限(3%)に近い赤字となり(注1)、コロナ禍の影響が直撃した2020年度と翌21年度を除けば約20年ぶりの水準となった。なお、財政赤字が拡大した一因には、景気減速に伴い想定以上に税収が減少したことが挙げられるが、歳出増圧力が増すなかで財政運営に対する懸念はこれまで以上に高まっている。

前述したように、正統的な金融政策を志向するジュダ前副総裁の突然の辞任、そして、後任にプラボウォ大統領の甥であるトマス氏が就任する可能性が高まっていることは、中銀の政策運営に対する疑念を一段と強めている。こうしたなか、中銀は21日に開催した定例の金融政策委員会において、政策金利である7日物リバースレポ金利を4会合連続で4.75%に据え置くことを決定した。足元のインフレ率は中銀目標(2.5±1%)の範囲内で推移するなど落ち着いているものの、ルピア安に伴う輸入物価の押し上げがインフレ圧力を増幅させる動きが確認されている。こうしたことから、中銀はこれまで実施した利下げの効果を見定めるとともに、ルピア安圧力に直面するなかで様子見姿勢を維持したと考えられる。会合後に公表した声明文では、世界経済について「減速傾向にあり、不確実性が増している」との認識を示している。一方、同国経済について「依然として良好であり、経済の潜在力に見合う形での改善が必要」としたうえで、「今年の経済成長率見通しは+4.9~5.7%」と見通しを維持しつつ「財政政策と緊密な連携により強靭な景気を促す」とした。また、対外収支については「世界的な不確実性にもかかわらず強含みする」として、「2026年の経常赤字はGDP比▲0.9~▲0.1%に留まる」との見方を示した。そして、ルピア相場については「世界的な不確実性の高まりが影響を与えるも、中銀による安定化策が強化されている」としつつ、物価についても「インフレ率、コアインフレ率ともに、2026年、27年も目標域に留まる」との見方を示した。その上で、先行きの政策運営について「経済、金融の安定維持を目指しつつ、より高い経済成長を促すべく強化される」として、景気下支えを重視する考えを改めて示した格好である。

会合後に記者会見に臨んだ同行のペリー総裁は、足元のルピア安について「国際金融市場の動揺を受けて、銀行や企業によるドル需要が増えたことによるもの」との認識を示したうえで、「ルピア相場の安定に向けた取り組みに注力しており、為替介入を含むあらゆる手段を取る構えがある」との考えを示した。その上で、「先行きのルピア相場は安定化するとともに、強含みすると見込まれる」との見通しを示した。また、「輸入インフレは管理可能なものに留まっている」との認識を示すとともに、「インフレ率も、コアインフレ率もインフレ期待の低下や輸入インフレの低下も追い風に落ち着いた推移が続く」としている。前述した副総裁の選定プロセスについては「ジュダ氏の辞任を受けて、今月13日に指名手続きが開始された」としたうえで、「その後に法律に基づく形で大統領に3名の候補者を推薦し、その後に大統領は名簿を議会に提出し、うち1名に対して承認手続きに移ったもの」と説明した。そして、「一連のプロセスは中銀業務やその権限に影響を与えるものではなく、中銀の決定は集団的、かつ専門的に、適切なガバナンスの下で行われる」として、第三者の関与を否定した。しかし、「この決定は、安定を維持しつつ持続可能な経済成長を支援する政府の政策運営と緊密に連携して行われる」として、政府の意向の強さがうかがわれる。そして、「ルピア相場の動きは、地政学リスクやトランプ関税、米金利の上昇、FRB(米連邦準備制度理事会)の利下げ可能性の低下といった世界的要因、国内企業によるドル需要の高まりや財政運営や副総裁人事を巡る市場の懸念という国内要因によるもの」としつつ、「選定手続きは法に則る形で専門的に行われており、ルピア相場の防衛に向けて大規模介入も辞さない」とした。そして、「ルピア相場の安定に十分な外貨準備を有しており、介入に外貨準備を用いることも辞さない」との考えを示した。当面の政策運営について「インフレ期待に沿って動くとともに、低水準での推移が見込まれるなかで、景気下支えを図る観点から追加利下げ余地を探る」と追加利下げに含みを持たせたが、「そのタイミングはデータ次第」と明言は避けつつ、「現状はルピア相場をファンダメンタルズに沿う水準に強化することに注力する」とした。足元の外貨準備高はIMF(国際通貨基金)が金融市場の動揺への耐性の有無の基準として示すARA(適正水準評価)に照らして「適正水準(100~150%)」の下限をわずかに上回ると試算されるが、仮に過度な為替介入に動けばそうした状況が一変するリスクを孕んでいる。その意味では、金融市場が抱く財政運営、そして副総裁の選定プロセスの透明性向上に向けた取り組みが今後も求められることは間違いない。

注1 1月9日付レポート「インドネシア、財政悪化がルピア安を通じて金融政策の足かせに」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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