- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- 日銀の追加利上げをどう説明するか?
- Economic Trends
-
2025.12.17
日本経済
経済財政政策
金融政策・日銀
景気全般
高市政権
日銀の追加利上げをどう説明するか?
~ケインズ型サプライサイド政策との対峙~
熊野 英生
- 要旨
-
日銀の利上げがどうして必要なのかについて、財政政策とのポリシー・ミックスで考えてみた。財政拡張で、長期金利上昇、円安・物価上昇という副作用が生じる部分を、日銀が金利正常化で抑え込みながら、中長期的なサプライサイド政策による供給力の強化を通じた物価抑制へ導いていく。バランサーとして日銀は、政策の一翼を担っていくことが期待される。
異形の経済政策
高市首相が国会で補正予算について説明しているのを聞いて、気づいたことがある。一般会計18.3兆円もの大型補正予算を組んでいることの説明は、サプライサイドの強化を目的にしていると主張している。筆者などは、物価高対策を目的とした完全なケインズ政策だと思うが、首相の説明は「成長のための支出を行っている」という内容で一貫している。これまで科学技術や経済安全保障の担当相を経験してきて、経済成長をテクノロジー振興を通じて促したいと考えているようだ。しばしば「単なるリフレだ」と一刀両断に判別する有識者がいるが、たぶん首相自身はそう考えていないと思う。そうした意味で、17分野の重点投資分野は実のところ、サプライサイド政策の視点で盛り込んでいる。しかし、18.3兆円の中身は、公共事業や与野党が要求する減税・給付措置もてんこ盛りになっているから、結局はケインズ政策だとみなされる。つまり、ケインズ型サプライサイド政策なのである。かつて、米国のレーガン政権は、反ケインズ型サプライサイド政策と呼ばれたが、高市政権はそれらとも異なるタイプである。
問題なのは、インフレ下でケインズ型の政策運営を実行しようとしているので、長期金利上昇、円安・物価上昇という副作用が極めて大きい点である。ケインズ型サプライサイド政策を側でみている植田総裁は、高市政権の政策発動と同時に、金利正常化を進めることで、円安・物価上昇の弊害を抑え込みたいと考えているに違いない。長期金利上昇についても、インフレ期待を大きくさせないことで相対的に金利上昇を抑制できる。自分たちが副作用対策は受け持つという考え方で、金融政策運営をしようとしているのが日銀の立場であろう。これはポリシー・ミックスの考え方としては一理ある。
日銀の利上げ効果
ケインズ政策をインフレ下で打てば、物価上昇が加速することは必定である。それでは、かえって家計向けの物価高対策や中小企業の価格転嫁の促進にはマイナスである。日本は輸入インフレによって、食料品やエネルギー価格が押し上げられてきた。日銀や通貨当局にとっては、1ドル160円近い円安は容認できない。そこで、日銀の追加利上げは正当化される。
それに所得分配の観点でも、預金金利の引き上げは高齢者の利子収入を増やしていく。公的年金がマクロ経済スライドで先細りしていく中では、利子・配当収入など財産所得が増えなくては、年金生活者には展望が描けない。政府が配る給付金などは一時しのぎなので、利上げで財産所得を増やすことは、継続的な所得テコ入れをしていると考えた方がよい。
中小企業には、日銀の利上げが利益を下押しする影響はあるとしても、目下のコストプッシュ圧力が円安是正で和らげられれば、それは来春の賃上げの余力を生み出せることになる。中小企業の新陳代謝も進みながら、価格転嫁が進められる先は利益拡大を図っていくことになるだろう。
中長期的な成長を目指す
上記の図式を簡単な需要・供給曲線の変化で示してみたい。まず、ケインズ型サプライサイド政策は、需要拡大を後押しして需要曲線を上方シフトさせる(図表1)。経済成長も進むが、物価上昇も加速する(A→B)。

日銀は、物価上昇圧力を抑え込むために追加利上げをする。需要曲線は少し下方シフトするが、物価は下がる(B→C、図表2)。その効果は円安是正によるコストプッシュ圧力の減圧にも効くため、サプライサイドにも時間をおいて好影響を与える。また、高市首相が念頭に置いている、科学技術振興などを通じた供給力の強化も時間をおいて出て来るだろう。その場合、供給曲線は、右にシフトする。この供給力強化は、物価上昇の抑制にも寄与する(C→D)。この供給力強化が1人当たり就業者の生産性上昇につながれば、後々、分配を通じて所得増加にもつながっていく。

やや理想形を語りすぎた感はあるが、日銀の役割は物価上昇という副作用が増大しないように、政策コントロールをして、景気拡大が短命に終わらないようにバランスを取ることだ。
おそらく、高市首相は、設備投資や研究開発投資を増やせば、短期的には需要増加が加速して、後から供給が付いてくるという原理をあまり認識していない。この原理を無視すると、副作用である物価上昇などが一気に噴出して、サプライサイド強化のプランは転覆する。インフレ下での需要刺激はスピードが出すぎて、政策運営を不安定化させる。日銀はそこで政策運営のバランサーになるのである。
残された財政再建
インフレなき経済成長をポリシー・ミックスを通じて達成できそうな展望が見えてきたが、残された問題は財政再建である。政府が過剰な歳出拡大をすれば、長期金利は上昇し、それによって供給力強化は進みにくくなる。単なる需要刺激の部分はやめておいた方がよい。
もしも、J.M.ケインズが生きていたならば、需要刺激を数年間ずっと続けろなどとは絶対に言わなかっただろう。需要刺激は、デフレ脱却のために最初だけ行って、後は官民のサプライサイド強化のための予算策定に集中したことだろう。
与野党の減税・給付金などは棚卸しして、中長期的な供給力の強化に資するかどうかを厳しく吟味して、予算規模を縮減する方が賢明である。中長期の成長を重視するのならば、本当に有効な対策を吟味して、ばらまきの思惑を排除する規律も必要になる。
基礎的財政収支の黒字化は、政府債務残高が膨らんでいる現状では必要だから、単年度での達成を吟味した方がよい。すでに長期金利が上昇しており、たとえ政府債務の元本返済だけを念頭に置いたとしても、自然増収のかなりの部分が利払費の増加に食われてしまう。仮に、長期金利が名目成長率を超えると、債務規模が大きい場合は危険な状態になる(債務の持続性が疑われる)。だから、税収の自然増収だけで政府債務残高が大きく減らせるというのは幻想である。利払費の増加をなるべく小さくするためには、元本部分の圧縮は不可欠ということになる。ケインズ型サプライサイド政策はいずれ、歳出節約型サプライサイド政策へと衣替えする必要に迫られるだろう。
熊野 英生
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

