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米金融緩和に支えられる株価上昇

~一時は日経平均株価4万5千円~

熊野 英生

要旨

株価水準は驚くほどに上がっている。これは、4月のトランプ関税不安が後退し、米金融緩和の期待があるから成り立つものだ。半面、日本からみれば、ファンダメンタルズの悪化と株価上昇の間にある乖離が広がっていく可能性があるから、居心地がよくない。米国のインフレ・リスクも、いずれ時間をおいて顕在化してくる点は要注意である。

目次

4月以降のリバウンドからの上昇

日経平均株価が9月16・17日と一時45,000円台をつけた。トランプ関税が企業収益を打撃するリスクが残っているのに、ずいぶんと楽観的なのではないかと感じた。

今、点検するべき点は、株価急落が起こった4月との比較だ。あのときの不安はどこに消えたのか。筆者は、まだ今でも潜在的リスクが隠れているとみる。そのインフレ・リスクが、今後の火種になっていくとも考えている。

まず、足下の株価上昇について振り返ってみよう。株価上昇の起点は、2025年4月のトランプ関税ショックになっている(図表1)。そこから上昇トレンドが始まり、45,000円への到達に至った。さらに、4~9月にかけてのトレンド線を延長すると、2025年末には株価5万円の到達を予想させる。さすがにそこまで持続性はないだろう。ただ今は、そのくらい異例の株価上昇が起こっているのだ。

図表
図表

筆者がこだわっているのは、現在と4月の違いである。簡単に整理すると、相違点は3つになると考えている。

(1)相互関税率が4月初の高い税率から大きく下がったこと。
(2)関税率引き上げが(今のところ)インフレ・リスクにつながらなかったこと。
(3)FRBに政治的圧力もかかり、景気悪化を重視した利下げに動いていること。

この間、米国株価は、FRBの金融緩和予想によって上がり、日本株の方もそれに連動して急上昇している。2024年初から2025年3月までは、日経平均株価に継続的な上昇トレンドはみられなかったが、その後、2025年4月以降は、米国株の上昇トレンドに日本株は強く連動している。特に、米半導体株指数との連動性は高く、ハイテク需要が高まると日本株には恩恵が大きい。

4月の懸念が消えた理由には、トランプ関税が相手国の報復関税を誘発して、関税戦争の様相になるという予想がなくなったことがある。トランプ大統領の勝利とも言うべきものだが、大統領自身が闘う意思を見せずに、すぐに90日の延期に踏み切ったことがある。その後、トランプ関税は各国とも概ね引き下げられた。

焦点は、(2)と(3)の先にある。関税率の引き上げは、米国物価を押し上げると予想されたが、それは時間がかかることがわかった。正確に言えば、米国の雇用悪化が先に起こり、その後でじわじわとインフレ圧力が高まっていく。FRBは、インフレ圧力が顕在化するまでは利下げの余地が生じる。そのため、米株価は上昇した。そこに加わったのが、(3)の金融緩和圧力である。政権側からミラン理事が送り込まれて、クック理事には解任要求が突きつけられている。パウエル議長も、2026年5月の退任前に主導権を失いかねない情勢だ。

筆者が火種だと考えるのは、米国でインフレ率が高まってきたときに、やはりFRBは利下げを遂行できなくなるという点だ。今後、ミラン氏や以前にトランプ政権下で指名された副議長・理事についても、やはり中央銀行のメンバーである以上は、インフレ・リスクを完全に無視はできない。追加的な利下げができなくなるまでの判断が遅れるとしても、いずれは株式市場が期待するような累次の利下げができなくなるだろう。そうすると、過度に織り込まれた金融緩和の予想が剥落して、株価も調整するだろう。じわじわと進んでくるインフレ・リスクが再浮上してくるところが、4月の株価急落後の上昇局面で潜在的な不安となっていると筆者はみている。

実体経済への重石

株価は、トランプ関税の条件緩和が進む度に上昇してきた。7月22日に日米合意の大枠が決まり、9月4日にはトランプ大統領が署名して合意文書が交わされた。9月16日には自動車関税が27.5%から15%に引き下げられて、8月7日以降に徴収した上乗せ分が日本の自動車メーカーなどに還付される。これらの措置は、一見すると、条件緩和に思えるのだが、実際は2025年3月以前に比べて最大15%もの重い関税率がかけられているので、状況が悪化していると認識すべきだ。トランプ大統領のディールは常に朝三暮四みたいなところがあって、脅しておいて条件緩和するが、後から考えるとこちらの状況は悪化している。決して、その点を錯覚してはいけない。

最近、筆者がよく言われるのは、ファンダメンタルズが悪化しているのに、なぜ株価だけが上がるのかという質問である。つまり、株価と実体経済の間にある開きがさらに大きくなっているという話だ。これを正当化する条件は、米国の金融緩和の予想が強まっていることにある。株式市場は、流動性相場になって上がっているという意味である。この流動性相場が継続的に成り立つためには、自己実現的に景気が良くなることが必要だ。

その一方で、金融緩和をする米国経済は成長するが、トランプ関税で輸出に下押し圧力がかかっている各国は、米国ほど利下げで応じる余地はないだろう。例えば、日本の場合、トランプ関税によって少なくとも4~9月の企業業績が悪化する。日銀は、年内のどこかで利上げを模索しているから、米国のように景気テコ入れはしない。米国経済が再拡大するとしても、15%のトランプ関税が足かせになって、日本企業の輸出拡大は出遅れる格好になるだろう。2025年内に亘って、日本経済と日経平均株価との乖離は広がることになる。目先の株価上昇を喜んでばかりはいられない。

円安シンドローム

ファンダメンタルズについては、トランプ関税によって、思ったほどは景気に打撃を受けていないとみられている。日本経済の実体と株価の間には乖離があると指摘したが、正確に言えば日本経済はまだ底堅いのである。

しかし、それはタイムラグの可能性がある。しばらくすればソフトデータだけではなく、ハードデータでも悪化が表れてくるだろう。8月の貿易統計は、対米輸出がかなり悪かった。米国向けの輸出数量は前年比▲12.0%の二桁マイナスだった(6月同▲1.6%、7月同▲2.3%)。8月の米国向け自動車輸出台数は前年比▲28.4%と減少が著しい。

おそらく、これまでは円安環境が大きなバッファーになって、自動車などは値上げをすぐには実行できなくても、何とか利益が稼ぐことができたのであろう。しかし、FRBが利下げをしていくと、じりじりと円高が進んでいく。

日本の場合、10月4日に自民党総裁選挙があって、先行きの不透明感が強い。金融緩和の維持に熱心な候補者もいて、それも円安環境を支えている。これまでも、石破政権が不安定だったことが、円安環境の維持に貢献していたと考えられる。様々な要因で、トランプ関税への痛み止めに効いていた。

今後、次期首相が決まり、日銀が年内利上げに意欲をみせていくと、FRBの利下げと相まって、円安環境は徐々に後退するだろう。2025年2月時点での輸出企業の採算レートは1ドル130円だったので、まだそこまでに余裕はあるものの、円安バッファーは小さくならざるを得ない。

こうした円安環境の消失は、いずれどこかで乗り越えるべき課題であったはずだが、米国発の流動性相場があまりに日本株を押し上げているために、その反動が大きくなる可能性がある。物価上昇が継続し、景気に不安が高まっていく状況は、スタグフレーションに似た環境である。日銀の年内利上げはできると思うが、2026年以降は前途多難になっていく可能性がある。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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