- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- FRBは関税インフレを無視できる?
- US Trends
-
2025.08.26
米国経済
米国経済全般
米国金融政策
トランプ政権
トランプ関税
FRBは関税インフレを無視できる?
~2025年ジャクソンホール会議レビュー~
前田 和馬
- 要旨
-
-
パウエル議長はジャクソンホール会議の講演にて雇用の下振れリスクを強調し、9月FOMCにおける利下げの可能性を示唆した。一方、引き続きデータ次第の姿勢を示し、連続的な利下げに関しては慎重な姿勢を示した。
-
Nakamura et al.(2025)では、最適な金融政策が中央銀行への信頼性やショックの種類によって異なる可能性を指摘する。関税引き上げがあくまで一時的な供給ショックであり、インフレ期待が安定している場合、FRBが関税インフレを重視せずに継続的な利下げを進めることが正当化される。
-
9月FOMCでは0.25%ptの利下げがメインシナリオとみられるが、一部参加者が0.5%ptの利下げ、或いは据え置きを主張することで全会一致の決定とならないなど、政策スタンスを巡る見解の相違がより鮮明になる可能性がある。
-
パウエル議長はリスクバランスの変化を強調
パウエルFRB議長はカンザスシティ連銀主催のジャクソンホール会議(8月21~23日)に登壇し、9月FOMC(9月16~17日)における利下げの可能性を示唆したものの、「政策調整のときが来た」と述べた2024年ほどの強いメッセージは発しなかった。
足下の景気認識では「労働市場は最大雇用に近い状況にあり、インフレ率は引き続き幾分高止まりしている」との従来認識を維持した一方、先行きを巡る「リスクのバランスは変化しているようにみえる」と述べた。7月FOMC議事要旨では「大半の参加者が雇用下振れよりもインフレ上振れのリスクが大きい」と指摘したのに対して、同講演におけるパウエル議長は「インフレと雇用の双方のリスク」を注視する姿勢を示した。また、労働力の供給と需要の双方が移民流入の減少を背景に著しく減速した状況を「奇妙な均衡」と呼び、雇用の下振れリスク、すなわち急速な解雇と失業率の上昇のリスクが高まっていることを強調した。
今後の金融政策を巡っては、「金融環境は引締め的であるため、基本的な見通しとリスクバランスの変化を踏まえると、政策調整が必要となる可能性がある」と述べ、9月FOMCにおける利下げの可能性を示唆した。一方、「失業率やその他の雇用指標は安定しており、政策スタンスの変更を検討するうえで慎重に進められる」や「金融政策はあらかじめ決められたものではなく、データ・経済見通し・リスクバランスの評価を勘案して決定される」と述べるなど、9月FOMC後も積極的に利下げを行うとの見方をけん制した。
足下のFF金利先物は9月FOMCにおける0.25%ptの利下げ確率を83%と予想している(8月25日時点)。8月分の雇用統計(公表日:9月5日[9日にベンチマーク改定])及び消費者物価指数(同、9月11日)に大きなサプライズがなければ、FRBは2024年12月以来の利下げに踏み切る可能性が高い。
なお、パウエル議長は講演の後半で5年おきの戦略レビューの結果に関しても言及した。前回2020年の戦略レビューではそれまでの「低インフレ・低成長・低金利」を踏まえて、金融緩和のバイアスを強めたものの、今回の戦略レビューでは足下のインフレ高進を踏まえてこうした政策スタンスをほぼ撤回するかたちとなった。具体的には新たな声明において、ゼロ金利制約に関する記載を概ね削除したほか、インフレ+2%目標からの上振れを許容する「柔軟な平均インフレ目標(FAIT)」や「メイクアップ戦略」を撤廃し、柔軟なインフレ目標へと復帰した。また、最大雇用からの「不足」に対処するとの表現を削除し、「最大雇用の評価に基づいて」政策判断を行うとするなど、労働市場の過熱と冷却の双方に配慮する姿勢を示した。
Nakamura et al.(2025)は更なる利下げを示唆?
パウエル議長は今後の利下げペースを巡って、引き続き「データ次第」の姿勢を維持している。一方、ジャクソンホール会議で同時に報告されたNakamura, Riblier, and Steinsson(2025)の「Beyond the Taylor Rule」は、中央銀行の独立性とインフレ期待の安定という条件が満たされていれば、関税インフレによる継続的な利下げ余地を示唆しているように見受けられる。
同論文においては、最適な金利水準を示唆するテイラールールと比べて、FRBが政策金利をより緩やかに引き上げることが適切な可能性を指摘している(注1)。具体的には2021年後半以降のインフレ局面でFRBの利上げが遅れたとの批判に対して、「①金融市場の利上げ織り込みによる2年金利や5年金利の上昇が、政策金利引き上げに先んじて金融引き締め効果を持ったこと」、「②コロナ後はサプライチェーン混乱によってインフレが生じたのみならず、不確実性の高まりによる自然利子率の低下が生じた可能性があること(自然利子率が下がれば、金利据え置きでも引き締め効果が生じる)」、及び「③政策金利の変更が実体経済に影響を及ぼすのに6~12か月のラグがあると仮定すると、一時的なショックは見過ごすべきであること」を挙げている。
後者2つに関して足下の米国経済の局面と照らし合わせると、まず、移民の流入減少が潜在成長率(自然利子率)の低下を招いている場合、金利据え置きでも金融引き締め効果(=政策金利-自然利子率)が強まっている可能性があるため、利下げによって引き締め度合いを調整することが必要となるかもしれない。加えて、関税の物価への影響が(FRBの基本シナリオ通りに)「一時的」に留まるのであれば、政策の波及ラグを踏まえる限り、こうした関税インフレは無視した方が良い。すなわち、足下の雇用下振れリスクを踏まえて、「引締め度合い」を中立的に戻す利下げが正当化されうる。
ただし、こうした考えはあくまで「中央銀行の信頼性」が保たれ、中長期的なインフレ期待が安定しているとの前提条件がある。すなわち、FRBが本来的には関税インフレをそれほど重要視していなくても、物価の安定に努める強い姿勢を示さなければ中銀の信頼性は保てないため、先行きの積極的な利下げに確約は与えがたい。また、同論文は「(中銀の信頼性という)価値ある資産は、築き上げられる時よりも壊れるのがはるかに早い」と締められており、トランプ政権によるFRBへの攻撃がより一層激化する場合、インフレ期待が不安定となるリスクに懸念を示している。
FOMCメンバーの政策スタンス
直近の発言を踏まえたFRB高官の政策スタンスは以下の4つのグループに分けられる(図表3)。9月FOMCでは0.25%ptの利下げがメインシナリオとみられるが、0.5%ptの利下げ、或いは据え置きを主張するFOMCメンバーが出る可能性があるなど、政策スタンスを巡るメンバー間の見解の相違がより鮮明になる状況が想定される。
① 利下げ積極派
より積極的な利下げを主張するグループであり、第一次トランプ政権で指名されたウォラー理事とボウマン理事、及びこれから就任予定のミランCEA委員長で構成される。関税によるインフレへの影響は一時的と強く考えており、FRBは雇用の下振れリスクに対処すべきと考える。ウォラー・ボウマン両理事は6月時点で2025年に3回の利下げを主張していたとみられる。また、足下の雇用減速を踏まえると、9月FOMCにおける0.5%ptを含む、年内1%pt以上の利下げを主張する可能性がある。
② 利下げ支持派
インフレの上振れリスクを否定しないものの、雇用の下振れリスクをやや強調するグループであり、ボストン連銀のコリンズ総裁やサンフランシスコ連銀のデイリー総裁が含まれるとみられる。関税引き上げによる経済や物価への影響が完全に明確になるまで待つことは、FRBが後手に回るリスクがあると考えている。
③ 中立派
パウエル議長を含む最も人数の多いグループとみられる。足下の雇用・経済環境は堅調と考えているものの、インフレの上振れリスクと雇用の下振れリスクの双方を注視している。また、基本的にはデータ次第の政策判断を重視しており、9月公表の雇用統計及び消費者物価指数に大きなサプライズがなければ、9月FOMCにおける利下げを支持するとみられる。
④ 利下げ慎重派
関税による経済・物価への影響を見極めるために、もう少しデータを確認すべきとのグループであり、セントルイス連銀のムサレム総裁やカンザスシティ連銀のシュミッド総裁が含まれる。6月時点では「年内利下げナシ」との考えを持っていたとみられ、足下の経済・雇用状況が堅調との認識を踏まえると、9月FOMCにおいても据え置きを主張する可能性がある。

【注釈】
- 一般的なテイラールールではインフレ目標(2%)からの上振れ幅以上に名目金利を引き上げることが示唆されるが、同論文においては最適な金融政策がインフレ上振れに対して1対1で金利を引き上げることに必ずしもならない3つの理由を挙げている。
前田 和馬
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

