インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

市場はリスク選好を強めるなかで新興国に死角はないか

~リスク選好を強める前提に注意、当局者の動向を注視する必要性は依然として高い~

西濵 徹

要旨
  • 世界経済や金融市場はトランプ米政権の政策に翻弄されている。関税政策をきっかけに、米中の貿易戦争に発展したが、その後の協議を経て緊張状態は緩和されている。しかし、ウクライナ戦争に関連した2次関税、BRICS諸国に対する高関税など米国は圧力を強めており、世界経済の分断が進む可能性がある。
  • アジア新興国に対する相互関税は、その後の協議を経て当初の水準から引き下げられており、悪影響も一定程度緩和すると見込まれる。しかし、今後は駆け込み需要の反動やサプライチェーンの見直しなどもあり、世界貿易の縮小が見込まれる。これにより世界経済はけん引役を失い、減速する可能性も高まる。
  • 一方、金融市場では米中関係の悪化回避やトランプ政権による景気下支え、さらにFRBの利下げ期待も重なり、リスク選好が強まっている。また、ドル安が進むなかで新興国通貨は上昇している。新興国の物価は安定するなか、新興国中銀は景気下支えへ金融緩和に動き、通貨の安定も後押ししているとみられる。
  • しかし、こうした楽観的な見方には注意が必要である。米国の関税政策による物価上昇はこれから本格化し、雇用悪化も政策の失敗に拠るところが大きい。FRBの動きは市場のリスク選好に影響を与えるとともに、新興国を巡る状況に影響を与える可能性がある。よって、今後の当局者の動向を注視する必要がある。

このところの世界経済や金融市場は、トランプ米政権の政策運営に翻弄される状況が続いている。米国は、安全保障上の脅威への対応や貿易赤字の是正を目的に関税を用いるとともに、相手国との協議による『ディール(取引)』を通じて米国に有利な環境の構築を目指している。これに対して、中国はトランプ関税に対する報復措置に動いた結果、米中は互いに高関税を課す関税戦争に発展した。しかし、5月のジュネーブ協議を経て米中は報復措置を撤廃するとともに、関税の上乗せ分や輸出規制を90日間停止して追加協議を行うことで合意した。さらに、6月のロンドン協議では、ジュネーブ合意での合意事項を確認した上で、追加的な了解事項でも合意したことが明らかにされた。そして、今月12日に90日間の停止期限が迫るなか、7月末のストックホルム協議で関税の上乗せ分や輸出規制の一時停止措置を追加で90日間延長することで合意し、その後にトランプ氏は内容を定めた大統領令に署名した。したがって、足元の米中関係は貿易戦争が回避されるなど、最悪期を過ぎていると捉えられる。

その一方、トランプ氏はウクライナ戦争の早期終結に向けて、ロシア産原油を輸入する国に追加関税(2次関税)を課す方針を示している。ウクライナ戦争をきっかけに、欧米などはロシアへの経済制裁を強化したものの、中国やインドなどはロシア産原油の輸入を拡大させており、結果的にロシアの継戦能力が維持されてきた。よって、トランプ氏は2次関税を通じてロシア産原油への需要を抑えることにより、間接的にウクライナ戦争の終結を促すことを目指したものと捉えられる。さらに、米国はインドに対する相互関税を他のアジア新興国に比べて高い25%とした上で、ロシア産原油や兵器輸入を拡大させたことへのペナルティーとして関税を25%上乗せし、50%とする大統領令に署名するなど圧力を強めている。また、米国は南アフリカやブラジルなど、BRICSに加盟する国々に軒並み高い関税を課す方針を示すなど圧力を強める一方、そうした事態を受けてBRICS諸国が結束を強める動きが確認されており、世界経済は分断の様相を強める可能性が高まっている。

一方、アジア新興国に対する相互関税は概ね20%前後で合意されており、当初懸念された相互関税による悪影響は一定程度緩和することが期待される。しかし、これまでは相互関税の一律分(10%)のみ課されるなかで、上乗せ分の発動を前にした『駆け込み』の動きが確認されていることを勘案すれば、先行きはその反動が出ることは避けられない。さらに、新たな税率の下で世界的にサプライチェーンの見直しの動きが出ることも予想され、世界貿易の在り様を大きく変化させることが考えられる。そして、関税による物価上昇を受けて米国経済の勢いに陰りが出ることも予想されるとともに、世界貿易の萎縮が世界経済の重石となることも見込まれる。新興国経済を巡っては、近年のグローバル化の進展による世界貿易の拡大の動きを追い風に経済成長を実現してきた側面があるなか、先行きについてはその進展度合いに陰りが出ることが景気の足かせとなる可能性もある。よって、先行きの世界経済については全体として目立った『けん引役』が不在となる可能性も考えられる。

こうした状況にもかかわらず、金融市場においては米中関係の悪化が避けられていることを好感する様子がうかがえる。さらに、トランプ米政権は景気下支えを目的とする所得税減税のほか、国境対策の強化といった『看板政策』を推進するとともに、FRB(米連邦準備制度理事会)の政策運営に介入すべく圧力を掛ける動きもみられる。一連の動きも影響して、トランプ政権が発足して以降の金融市場では米ドル安が進展しており、金融市場におけるリスク選好が改善していることも追い風に新興国通貨は高止まりしている。ここ数年の金融市場では米ドル高が続き、多くの新興国が資金流出懸念に直面してきたことを勘案すれば、足元の状況は大きく変化していると捉えられる。そして、足元では多くの新興国で物価は落ち着いた動きをみせており、米国の関税政策による外需低迷が懸念されるなか、中銀は景気下支えに向けて金融緩和に舵を切る動きをみせている。上述のように、米ドル安の動きを反映して多くの新興国通貨が上昇していることも、中銀にとって金融緩和のハードルが低下する一因になっている。

ただし、足元の金融市場はFRBによる利下げを織り込むとともに、そうした見方を反映してリスク選好を強めていることに注意する必要がある。米国において相互関税の影響が物価に反映されるのはこれからである上、すでに川上の企業部門においてはその兆候が顕在化しつつあることに留意する必要がある。さらに、米国では過去に遡って雇用統計が下方修正されているが、これはトランプ米政権による『政策の失敗』に拠るところが大きく、FRBの領分である金融政策によって事態打開を図る類のものとは異なる。仮にFRBがそうした見方に基づいて政策運営を断行する動きをみせれば、上述のように利下げを織り込む形でリスク選好を強めてきた流れが大きく変化することも考えられる。そうした金融市場を取り巻く環境の変化は、新興国により大きく影響を与えることも予想されるだけに、当局者の動きにこれまで以上に注意を払う必要性が高まっている。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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