インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

トランプ関税の矛先がインドへ、本当の狙いはBRICSか?

~米印関係の行方はBRICSの在り様に影響を与える可能性、新興国を巡る状況が複雑化する懸念も~

西濵 徹

要旨
  • トランプ米政権は、安全保障上の脅威への対応や貿易赤字の削減を目的に関税政策を駆使している。当初は米国との協議が進んでいるとみられたインドには25%の相互関税に加え、ロシア産原油の輸入拡大を理由に25%の追加関税を課すなど標的となっている。トランプ氏がインドへの圧力を強める背景には、平均関税率の高さや非関税障壁の高さ、農産品市場の開放への抵抗などが影響した可能性がある。インド経済への直接的な影響は限定的とみられるが、米国との関係悪化や中長期的な潜在力の行方に影響を与える可能性がある。
  • また、トランプ氏はBRICSの「反米的な」政策を問題視しており、関税政策を通じて圧力を強める動きをみせる。仮にBRICS内の結束強化に加え、中国やロシアなどが主導する形で反米色を強めれば、新興国のなかでBRICSの求心力が高まった流れが変化する可能性がある。また、トランプ関税の真の狙いがBRICS包囲となる可能性もあり、新興国を巡る状況が一段と複雑化することも考えられる。

インドが、いわゆる『トランプ関税』の標的となっている。トランプ米政権は、安全保障上の脅威への対応として自動車や自動車部品、鉄鋼製品、アルミ製品に追加関税を課している。さらに、貿易赤字の削減を目的にすべての国に一律10%、一部の国や地域に非関税障壁に応じて税率を上乗せする相互関税を導入している。米国は今年4月に相互関税を発表した際、インドに対しては上乗せ分を含めて26%とし、アジア新興国のなかでは比較的低水準に留めた。これは、トランプ氏の就任直後にインドのモディ首相が訪米し、両国の間で貿易協定の締結交渉を開始することで合意するなど良好な関係が構築されていることが影響しているとみられた。さらに、その後もバンス米副大統領が訪印し、貿易協定の締結に向けた交渉が大枠合意に至ったことが明らかにされるなど、両国間の通商協議が円滑に進んでいる様子もうかがわれた。報道などにおいても度々協議の進展が伝えられる動きがみられたものの、現実には英国をはじめとする国々や地域が米国との間で通商合意に至るなど、インドの協議はこう着状態が続いてきた。

この背景には、インドの平均関税率はWTO(世界貿易機関)に拠れば16.2%(2024年時点)と世界的にみて高水準であり、非関税障壁も大きいことがある。さらに、米国が協議を通じて農産品や酪農品の市場開放を求める動きをみせるなか、インド政府がそうした要求に強い抵抗を示したことも影響している。インドでは、昨年実施された総選挙において、モディ政権を支える最大与党のBJP(インド人民党)は、支持基盤である農村票が集中するいわゆる『ヒンディーベルト』と称される農村地帯で議席を大きく減らした。仮に米国との協議を経て市場開放に動けば、BJPは支持基盤を失うことも懸念されるなか、モディ政権は消極姿勢を維持せざるを得ず、農家に対する保護政策を強化している。そして、インド政府は米国の自動車や自動車部品に対する追加関税に関連してWTOに報復関税を通知したほか、鉄鋼製品やアルミ製品への追加関税にも対抗措置を通知するなど、米国と協議を進める一方で対抗策を取った。なお、インドがこうした姿勢をみせた背景には、米国の通商協議を巡って一貫して強硬姿勢を維持した中国が米国からの譲歩を引き出すことに成功したことが影響した可能性がある。

また、トランプ氏はインドが加わるBRICSがロシアや中国などが主導する形で『反米的な』姿勢を強めていることに反発してきた。トランプ氏は就任前後からBRICSが検討しているとされる共通通貨構想のほか、米ドルに代わる決済手段として共通の越境決済システムの構築を目指す動きに『脅し』を掛ける動きをみせてきた。こうしたなか、トランプ氏はBRICSによる反米的な政策に同調する国に対して追加関税を課す方針を示したほか、BRICSの一員である南アフリカ(注1)や、ブラジル(注2)に相次いで高い関税を設定するなど圧力を強めている。さらに、ウクライナ戦争の早期停戦を目的に、ロシアが停戦に応じない場合にロシア製品を輸入する国に米国が最大100%の追加関税を課す『2次関税』に動く方針も示した(注3)。こうしたなか、インドはBRICSの一員である一方、米国とも良好な関係を築いてきたため、インドを明確な標的とする事態は避けられてきた。

他方、トランプ氏は国際紛争に積極的に介入することにより、米国の存在感を誇示する動きをみせている。インドでは、隣国パキスタンとの係争地であるカシミール地方のうち、インド政府が直轄地とするジャンムー・カシミールにおいて、今年4月末にパキスタンを拠点にインドから同地域の独立を主張するイスラム過激派組織が発砲事件を引き起こしたことをきっかけに、インドは国境を封鎖した。さらに、インドはパキスタンからの入国者へのビザ(査証)を無効とし、両国を流れる河川の水資源配分に関する条約の効力停止を通告し、パキスタンもインドとの貿易を停止させた。そして、インド軍がパキスタンのテロ拠点に対する空爆を実施し、パキスタン軍も報復措置に動くなど、核保有国である両国の緊張状態が高まる動きがみられた。なお、その後は両国間協議を経て停戦合意に至ったものの、トランプ氏はSNSにおいてこの合意が自らの成果であることを誇示するとともに、パキスタンに接近する動きをみせており、インドにおいてはこうしたトランプ氏の動きに対する反発が少なくないとされる。こうした事情もインドが米国との協議で強硬姿勢をみせる一因になっているとみられる。

そして、上述のようにトランプ氏はウクライナ戦争の早期終結を目指すなか、欧米などはロシアに対する経済制裁を強化する一方、中国とインドはロシア産原油の輸入を大幅に拡大させており、結果的にロシアの継戦能力維持の一助となってきた。一方、米国と中国の協議を巡っては、中国にとって交渉の『切り札』となっているレアアースの扱いなどで不透明な状況が続いており、米国にとってはロシア産原油を巡って中国を標的とすることのハードルが高いのが実情である(注4)。そうした事情も影響して、米国はインドに対する相互関税を25%とした上で、ロシア産原油や兵器を購入していることに対するペナルティーとして25%の追加関税を課し、計50%とする決定を行った。なお、インドの対米輸出額は名目GDP比2.2%程度であり、仮に50%の追加関税が課された場合も、今年度の実質GDP成長率の押し下げ効果は▲0.4ptと試算されるなど、同国が新興国のなかでも比較的高い経済成長を実現していることに鑑みればその影響は限定的と捉えられる。しかし、米国との関係悪化は対内直接投資の行方に影響を与えるとともに、中長期的な視点で生産性の向上が不可欠なインド経済にとって潜在成長率の押し上げの動きを阻害することも考えられる。

一連のトランプ氏の動きの背後では、BRICSに加盟する国々が結束を強める動きをみせており、世界経済を巡って分断の動きがこれまで以上に進むことも考えられる。なお、BRICSの主要加盟国である5ヶ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)を巡っては、ウクライナ戦争以降にロシアが貿易関係を深めているほか、輸出に占める鉱物資源関連の割合が高いブラジルも相対的に高い一方、枠内における貿易関係は必ずしも高くない状況が続いてきた。しかし、今後は貿易や投資といった分野で関係深化が進むほか、検討されている共通通貨や決済システムなどの分野でも関係強化を図る動きが進むことも予想される。そして、トランプ氏が関税政策を通じた本当の狙いがBRICSとなる可能性が高まることも考えられる。ただし、これまでBRICS内では各国の間で微妙なパワーバランスを取り合う展開が続いてきたものの、仮にここ数年議論をリードする動きを強める中国やロシアなどが主導権を握ることで反米色を強めれば、これまでグローバルサウスと称される新興国の間でBRICSへの求心力が高まってきた流れが変化する可能性もある。新興国を巡る動向が一段と複雑化することに注意を払う必要がある。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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