- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- シンガポール通貨庁、貿易摩擦緩和を好感し、3会合ぶりの現状維持
- Asia Trends
-
2025.07.30
アジア経済
アジア金融政策
シンガポール経済
為替
トランプ関税
シンガポール通貨庁、貿易摩擦緩和を好感し、3会合ぶりの現状維持
~当面は現状維持が続く可能性も、トランプ関税の行方に左右されるリスクに注意する必要がある~
西濵 徹
- 要旨
-
- シンガポール通貨庁(MAS)は、30日の定例会合で3会合ぶりに金融政策を据え置いた。MASは年明け以降に1月と4月と連続で緩和措置を講じたが、足下の通貨SGドルは米ドル安を追い風に堅調に推移している。また、足下のインフレ率は低水準で推移しており、さらなる緩和も視野に入る状況にある。
- 他方、MASはトランプ関税による悪影響を警戒して緩和に舵を切ったものの、足下の景気は貿易摩擦の緩和も追い風に堅調さがうかがえる。MASは世界経済の急減速リスクが後退しているとの認識を示している。今後の政策運営は物価や貿易環境を注視しつつ、現状維持が見込まれる一方、トランプ米政権の動向に左右されるリスクに注意する必要がある。
シンガポール通貨庁(MAS)は30日、四半期に一度の定例の金融政策委員会を開催し、金融政策を3会合ぶりに据え置く決定を行った。MASは、金融政策の調節手段に通貨SGドルの名目実効為替レート(NEER)の政策バンド(許容変動幅)の中央値、幅、実勢上昇率(傾き)を用いる独自の手法を採用している。なお、MASは1月の定例会合において「実勢上昇率(傾き)をやや緩やかにする」とし、4月の前回会合でも同様に「実勢上昇率(傾き)をやや緩やかにする」と2会合連続で緩和方向にシフトしてきた(注1)。MASは足下の状況について、過去2回の金融緩和にもかかわらず、米ドル相場の調整を反映してNEERは変動幅の上限近傍で強含みする展開が続いていると指摘している。

同国では、2022年後半にインフレが一時14年ぶりの高水準となるも、その後は商品高が一巡したことに加え、SGドルの実質的な上昇に伴う輸入物価の下押し効果も重なり、インフレは落ち着きを取り戻している。直近6月のインフレ率は前年同月比+0.8%、コアインフレ率も同+0.6%とともに4年ぶりの低水準で推移するなど安定している。よって、MASにとっては一段の金融緩和に動きやすい環境にあると捉えられる。なお、年明け以降にMASが断続的な金融緩和に動いた背景には、トランプ米政権の政策運営が世界経済、ひいては経済構造面で貿易依存度が極めて高いシンガポール経済への悪影響を警戒したことがある。米国は同国に対する相互関税を一律分と同じ10%としており、直接的な影響は限定的と見込まれる。その一方、米国は中国のほか、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国をはじめとする周辺国に軒並み高い関税を課す方針を示すなど、世界貿易の萎縮が同国の貿易環境を急速に悪化させる懸念が高まった。その後に米国は関税の上乗せ分を一時停止して各国と個別に協議を行うほか、中国との間では貿易戦争状態に突入するも、互いに報復関税の撤廃や上乗せ分を停止した上で協議を行うなど、最悪の事態は回避されている。よって、その後の世界貿易はトランプ関税の発動を前にした駆け込みの動きが活発化して底入れの動きを強めており、シンガポールの輸出も押し上げられている。

結果、1-3月の実質GDP成長率はマイナスとなったものの、4-6月(速報値)は前期比年率+5.55%と2四半期ぶりのプラス成長に回復し、中期的な基調を示す前年同期比ベースも+4.3%と伸びが加速している。同国政府(貿易産業省)は今年4月、今年の経済成長率見通しを+0~2%と従来見通し(+1~3%)に下方修正したものの、今年前半の経済成長率は+4.2%と見通しを大きく上回る伸びとなっている。こうした状況について、MASは「4月以降に通商摩擦の動きが全般的に緩和している上、金融環境の改善も重なり、短期的に世界経済が急減速するリスクは後退している」との認識を示している。その上で、今回の決定について「年明け以降に2回の金融緩和に動いており、中期的な物価を巡るリスクに対応する適切な状況にある」との考えを示している。なお、足下の商品市況は引き続き落ち着いている上、金融市場では米ドル安の動きも追い風にSGドル相場は堅調に推移するなどインフレ圧力が高まりにくい状況にある。よって、トランプ関税を巡る不透明感が一段と後退すれば、MASは現状維持を続ける可能性が見込まれる一方、その動向はトランプ氏の一挙一動に左右されるリスクに注意する必要がある。

注1 4月14日付レポート「シンガポール通貨庁、景気の急ブレーキ確認で一段の金融緩和」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
-
経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
執筆者の最近のレポート
-
中東情勢緊迫化による原油高を受け、アジアではどういう動きが出ているか ~需要抑制、省エネキャンペーン、代替燃料・電化前倒し、脱石油への取り組み加速の動きも~
アジア経済
西濵 徹
-
台湾・3月輸出額は過去最高額を更新(Asia Weekly(4/6~4/10)) ~台湾、タイ、フィリピンで原油高がエネルギー価格を大きく押し上げる動き~
アジア経済
西濵 徹
-
中国、企業はインフレに直面も、家計はデフレ圧力を脱せず ~中東情勢悪化による原油高の一方、家計部門は雇用不安と不動産不況の「呪縛」が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
韓国中銀、李昌鏞総裁最後の定例会合は「様子見」を強調 ~中東情勢は物価や景気にリスク、金融市場の動向をみつつ様子見姿勢が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
ベトナムの高成長目標に暗雲、1-3月GDPは前年比+7.83%に鈍化 ~イラン情勢、強権姿勢への懸念はあるが、金融市場は「その後」を見据える動きも~
アジア経済
西濵 徹
関連テーマのレポート
-
台湾・3月輸出額は過去最高額を更新(Asia Weekly(4/6~4/10)) ~台湾、タイ、フィリピンで原油高がエネルギー価格を大きく押し上げる動き~
アジア経済
西濵 徹
-
韓国中銀、李昌鏞総裁最後の定例会合は「様子見」を強調 ~中東情勢は物価や景気にリスク、金融市場の動向をみつつ様子見姿勢が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
ベトナムの高成長目標に暗雲、1-3月GDPは前年比+7.83%に鈍化 ~イラン情勢、強権姿勢への懸念はあるが、金融市場は「その後」を見据える動きも~
アジア経済
西濵 徹
-
インド中銀、景気見通しを下方修正も、様子見姿勢を維持 ~様子見姿勢継続も、見通しの再修正の可能性は残り、市場もイラン情勢の動向に左右される~
アジア経済
西濵 徹
-
ニュージーランド中銀は様子見維持も、将来的な利上げに言及 ~「タカ派」姿勢はNZドル相場を下支えする可能性も、引き続き中東情勢次第~
アジア経済
西濵 徹

