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2025.05.13
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米中が90日間の関税引き下げで合意
~米中貿易戦争は急展開で鎮静化へ~
前田 和馬 、 西濵 徹
5月10~11日のスイスでの閣僚協議を経て、米中両政府は4月初旬以降に引き上げた関税率のうち、双方の24%分を90日間停止し、大半を撤廃することで合意した。米国は対中追加関税を145%から30%(フェンタニル対策の20%+相互関税の一律10%)、中国は対米追加関税を125%から10%へとそれぞれ引き下げる。なお、米国による鉄鋼・アルミや自動車などへの追加関税は維持される。また、トランプ大統領と習近平主席は週末の電話会談に向けて調整中であり、米中は今後90日間において、中国の貿易障壁緩和や米国からの輸入拡大措置に関して協議を進める。
トランプ大統領は9日時点では「対中関税は80%が適切」とSNS上に投稿していた。今回の発表はこうした想定を大幅に上回るポジティブな展開とみられる。トランプ政権による対中強硬姿勢緩和の背景として、「対中関税145%は事実上の貿易停止措置に近く、中長期的に維持不可能な関税率であること」「関税前に輸入した各商品の在庫が5~6月以降に尽きると同時に、小売価格の大幅な値上げや輸入停止による品不足が顕在化し、米国家計の不満が急速に高まることが見込まれていたこと」「米国は8日に英国との貿易合意に達しており、各国との一連の通商交渉の一つと位置付ければ、中国に妥協したとの批判を避けやすいこと」などが挙げられる。
トランプ政権は4月上旬の相互関税発動後は更なる関税引き上げを抑制、各国との交渉モードに移行している。今回の米中合意により、米国の実効関税率は20.1%(2024年実績:2.4%)から16.0%へと低下すると試算される。
今後も米国が中国を含む各国との交渉を進めるに伴い、国や品目ごとの関税率の強弱が徐々に鮮明となるだろう。一部の国・地域とは交渉が膠着し、相互関税の上乗せ分が7月9日以降に発動されるかもしれない。例えば、トランプ大統領は米中合意後に早速、「EUは中国よりもひどい」と発言し、中国に次ぐ貿易赤字相手地域であるEU批判を強めている。また、鉄鋼・アルミニウムや自動車などの個別品目の関税率が25%、それ以外の品目は相互関税の一律10%に落ち着くのであれば、トランプ政権が重要と位置付ける品目の関税率が明確に高くなる。なお、半導体や医薬品への関税を巡っては、4月1日に国家安全保障を目的とした通商法232条に基づく調査が開始されており、大統領令発表から270日以内に調査が完了する予定だ。
米中貿易摩擦が大幅な緩和に至ったため、トランプ政権が景気後退懸念を背景に各国と早期の交渉妥結を望むインセンティブは低下したと考えられる。実際、4月29日にベッセント財務長官が日本・韓国・インドとの交渉が進んでいる旨に言及した一方、8日にラトニック商務長官はこれらの3か国との貿易交渉が早期にまとまらない可能性を指摘している。また、当面の米株式市場が大幅に調整する可能性は低いほか、7月30日公表の4~6月期実質GDP成長率は輸入急減を背景に表面上はプラス成長が見込まれる。このため、各通商交渉の目途としては主要国首脳が集結する6月15~17日のG7サミット(於カナダ)、トランプ政権が成果をアピールする機会となる米独立記念日の7月4日、相互関税の上乗せ分が失効する7月9日が意識されよう。
また、今回の米中合意は「米英合意が日本等の交渉のたたき台にならない」との見方を強めるものかもしれない。そもそも、米国は対英貿易収支が黒字である一方、日本を含む主要な貿易パートナーとは貿易赤字に陥っている。また、前述したように最初の合意を米中にしないことを目的に米英を急いだのであれば、米国の譲歩内容は英国だけに限られたものと捉えることもできる。実際、トランプ大統領は自動車の低関税輸入枠を巡って「英国は特別であり、(他国と)同じ取引はしない」と言及しており、米国消費者による自動車価格への不満が強まらない限り、日本が求める自動車関税等の撤廃を今後の交渉で実現するハードルは高いかもしれない。

トランプ関税をきっかけに米中が報復の応酬に動いた結果、米国は145%、中国は125%と互いに高関税を課す事態となった。仮にこうした高関税の応酬が定着すれば、中国の輸出に対する直接的なコストは名目GDP比4%を上回る水準に達すると試算される(図表2)。中国政府は、今春の全人代(第14期全国人民代表大会第3回全体会議)において、今年の経済成長率目標を「5%前後」と設定した。しかし、米国向けを中心とする輸出減によりそのハードルが高まることが懸念された。一方、今回の合意により、90日間の延期分を除いたベースでの直接的なコストは名目GDP比0.8%程度、仮に延期後に上乗せ分が発動された場合でも同1.5%程度に圧縮される(図表3)。したがって、中国政府にとっては成長率目標の実現可能性が高まっていると捉えられる。
中国政府は昨年後半以降、景気下支えを目的に財政出動を積極化させてきた。年明け以降も、個人消費の喚起を目的に耐久消費財の買い替え促進策を拡充し、企業にも大規模設備の更新投資を促進するなど、幅広く内需喚起を図る動きを強化させた。さらに、金融政策も世界金融危機直後以来となるスタンスの変更に動いている(「穏健」→「適度に緩和」)。そして、米中協議の直前には、中銀(中国人民銀行)が利下げや預金準備率の引き下げを含む全面的な金融緩和に舵を切るなど、景気下支えを一段と強化させてきた。
なお、1-3月の実質GDP成長率は前年同期比+5.4%、前期比年率ベースでも+4.9%と堅調な動きが確認された。これは、トランプ関税の発動を前に、米国向けを中心とする輸出に駆け込みの動きが出たことが影響した。よって、先行きはその反動により輸出が下振れすると見込まれた。しかし、足元の貿易統計では、対米輸出は下振れするも、米国「以外」の国や地域向けの輸出が拡大し、全体としてはその影響が相殺された。その一方、素材や部材、機械関連などの輸入は堅調に推移しており、今後の生産拡大を見越した動きもうかがえる。したがって、中国経済が抱える過剰生産能力を巡る問題が解消に向かうかは不透明である。そして、今回の合意により、今後は対米輸出の底入れが見込まれる一方、米国以外の国・地域向けの輸出をさらに活発化させることで、世界的な影響力のさらなる拡大を目指すことも予想される。その結果、経済成長率が上振れする可能性も考えられる。
中国の経済成長率が▲1pt下振れした場合、世界経済の成長率を▲0.2pt程度下押しすると試算されるため、中国経済の回復は世界経済にとって望ましいことは間違いない。その一方、米国が一連の関税措置により自ら信用を損なうなか、今後は中国の影響力が一段と増大する可能性は高まっている。

前田 和馬 、 西濵 徹
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