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歯車が狂い始めたトランプ政策

~通貨安批判より関税政策を改めよ~

熊野 英生

要旨

にわかに米景気が不安になってきた。徐々に米株価・米長期金利が低下している。トランプ関税は3・4月とさらに引き上げられる可能性がある。DOGEも政府内リストラを進めて、雇用情勢を悪化させそうだ。トランプ大統領は日本の通貨安誘導を疑うが、それはドル高の裏返しに過ぎない。今後、本格的に米景気懸念が台頭すると、ドル高は是正され、トランプ関税などかけている場合ではなくなる。早く気づいてほしい。

目次

通貨安誘導への批判

トランプ大統領が円安について吠えている。しかも、中国と日本を同列に扱ってである。3月3日にトランプ大統領は、日本の指導者や中国の習近平国家主席に電話したと明かし、「通貨を下落させたこと」に対し、「関税で埋め合わせる」と対抗措置をほのめかした。4月2日に発動を予定する相互関税を念頭に置いたものだと理解できる。

しかし、トランプ大統領は、各国の通貨安誘導よりも、トランプ関税が自国経済を弱めていることを心配すべきではないか。米株価・長期金利は下がってきている。仮に、景気がにわかに悪化していくと、意図せざる結果として、ドル高も是正されるだろう。そのときは、通貨安誘導などを警戒する必要もなくなるが、それはトランプ大統領にとってより深刻な事態である。軌道修正をするのならば今のうちだ。マーケットが発する悪いシグナルを見落とすべきではない。

円安の犯人は米国自身

トランプ大統領が、各国に対して通貨安誘導の疑いをかけるのは、トランプ大統領が腹を立てているドル高と裏返しの関係にある。ドル高になる大きな要因は、米長期金利の上昇である。トランプ関税の実施によってインフレ率が上がり、いずれFRBが利上げ姿勢に転じる予想になっていくから長期金利は上がっていくのだ。しかし、ここにきて、2月中旬くらいから米長期金利は徐々に下がってきている(図表1)。これは、景気悪化の予兆を示すものだと理解できる。

図表
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一方、1月中旬のトランプ大統領の就任後、しばらくはトランプ関税の実施に伴うインフレ懸念の方が強まっていたと思う。ドル高基調の流れであった。米景気も復調が進み、ソフトランディング期待が定着しつつあった。このときは、ドル円レートの推移も、日銀の2025年1月の追加利上げにも拘わらず、円高に進みにくいと感じられていた。

それが、ここにきて円高方向に為替レートが流れやすくなっている(図表2)。これは、前述のように米長期金利の低下を受けたものだろう。トランプ関税は、インフレ圧力を強める側面よりも、個人消費を冷やして景気悪化を招くという悲観的な見方が徐々に広がっていったと考えられる。

図表
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2月のISM製造業・非製造業景気指数では、総合指数こそ下がってはいないが、仕入価格は上がってきた。そうしたコストアップが企業マインドに悪影響を与える可能性はこれから高まる。2月4日に行われたのは、中国向けの追加関税10%である。3月4日は、それにメキシコ・カナダ向けの25%の関税が加わる(除く自動車)。ここに、3月12日の鉄鋼・アルミ、4月以降は相互関税など、いくつかの品目への関税引き上げが加わる公算が高い。中国向けも3月4日にさらに追加関税10%が加わり、毎月ごとにその引き上げ続く可能性もある。そうなると、2月の企業マインドはまだ大丈夫だとしても、3・4月と悪化に転じる可能性は否定できなくなる。

同じようなことが雇用にも言える。DOGEと称する政府効率化省が、政府機関に大規模なリストラを仕掛けている。2月から徐々にそうした雇用調整圧力が出始めている。人員削減の対象が3・4月と拡大していけば、雇用指標も安泰とはいかない。消費者マインドにも打撃を与える。

そうなると、米長期金利はますます下落基調を強めるだろう。トランプ関税は、他国にかけている体裁を取りつつも、実際は米国自身に跳ね返っているのだ。米国株が、欧州株などより大きく下がっていることは、トランプ関税の被害者が米国自身であるからだ。

もしも、本格的な景気悪化になれば、トランプ大統領の立場は苦しくなる。自分が旗を振ったトランプ関税が犯人だという図式になる。頼みのFRBはインフレ懸念がくすぶる中で、追加利下げはしにくいだろう。FRBが利下げに動けるには、今後、トランプ関税をしないことが条件になる。トランプ大統領は自縄自縛に陥る。

日銀はどう動くか?

トランプ大統領が3月3日に日本を名指しで批判し、通貨安誘導のあらぬ疑いをかけられたときは、日銀の追加利上げは早まると感じられた。5月初、6月、7月のいずれかの金融政策決定会合から、日銀はどれを選ぶのかということが問題になるとみられた。

しかし、米景気が悪化するシナリオに傾いていけば、植田総裁からすれば「ちょっと待てよ?」という具合になる。米景気の悪化によって、ドル高は是正されていき、円安の行き過ぎも緩和されていくからだ。早期の利上げをするのを躊躇するだろう。そして、トランプ大統領がどこでトランプ関税の打撃に気がつくかを様子見するだろう。

日銀の利上げは、5~7月のいずれかで実施されるとみられる(筆者のメインシナリオは7月)。そのタイミングは、米国経済次第という図式になってきている。万一、トランプ関税によって米国経済が本格的に失速ということになれば、7月までの利上げさえなくなる。その可能性はまだ小さいと思うが、予断を許さない状況になることには注意をしたい。

石破政権や植田総裁にとっての展開は、以前よりもずっと好転する流れに変わってきた。何より春闘が割りと強い結果になりそうだからだ。連合が集計した賃上げ要求額は上昇率が6.09%と前年よりも+0.24%ポイントも高い(前年同時期集計の上昇率5.85%)。前年の妥結額・初回集計は5.28%(最終集計5.10%)だった。もしかすると、今年の集中回答日(3月12日)を受けた初回集計(3月14日)は5%越えになり、定期昇給を含んだ賃上げ率は5.5%近くまで行くのではないかと思わせる。

国会でも、2025年度予算の修正案が衆議院を通過して、参議院を3月中に通る公算が高い。石破政権は、いくつかの難関を意外に上手に切り抜けている。これで春闘の見方が上方修正されれば、内閣支持率が上がり、夏の参院選での与党勝利の公算も見えてくる。米経済の失速さえなければ、日銀は順調に利上げを続けて、円安是正、物価安定に動ける。

そうしたシナリオを実現するためにも、トランプ大統領には早期にトランプ関税を引っ込めて、米景気不安に対処することを願いたい。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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