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2025.02.25
欧州経済
ドイツ経済
ドイツの政治安定は辛うじて守られた
~次期政権の政策転換に期待も、債務ブレーキ見直しに不安要素~
田中 理
- 要旨
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- ドイツの連邦議会選挙は中道右派のCDU/CSUが勝利し、政権を明け渡す中道左派のSPDとともに大連立を組む可能性が高い。これは経済再生を目指すドイツにとってベストな組み合わせ。CDU/CSUが重視する規制緩和、減税、企業負担の軽減措置を進めつつ、SPDの主張を盛り込む形で歳出拡大や所得分配を強化し、債務ブレーキの見直しが進む可能性がある。最大野党となるAfDは債務ブレーキの改正に反対。左翼党は改正に賛成するが、国防費の増額に反対する。両党は改正を阻止可能な議会の3分の1以上の議席を持ち、財政柔軟化の不安要素となる。
23日に投開票が行われたドイツの連邦議会選挙(定数630)は、2021年の前回選挙で下野した中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)が28.5%の支持を集めて第一党の座を奪還し、極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)が前回から倍増の20.8%の支持を集めて第二党に躍進、ショルツ現首相が率いた中道左派の社会民主党(SPD)が16.4%で過去最低を更新、連立に加わる環境政党・緑の党が11.6%と何れも支持を落とし、昨年11月に連立を離脱したリベラル政党・自由民主党(FDP)は4.3%と議席獲得に必要な5%に届かなかった(図表1)。旧東ドイツの支配政党の流れを汲む左派政党・左翼党(Linke)は、選挙戦最終盤の富裕層増税の方針発表で巻き返し、8.8%と予想外に健闘した。左翼党出身の有力政治家が昨年1月に旗揚げした新興左派政党・ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)は、昨年秋の旧東ドイツ地域の州議会選挙で躍進したが、その後は失速が目立ち、結局、4.97%で議席獲得に必要な5%に僅かに届かなかった。

第一党の座を奪還したCDUのメルツ党首は、選挙後にAfDとの連立発足や閣外協力を改めて否定した。同党は今年1月に移民・難民規制を強化する動議を連邦議会に提出した際、AfDが賛成に回って動議が可決したことを受け、極右勢力と協力しないドイツ政治の長年の「防火壁」を破ったと批判されていた。世論調査で議席獲得に必要な5%のボーダーライン上にいた3党(左翼党、BSW、FDP)のうち、2党が脱落した結果、議席を獲得した政党には得票率を上回る割合の議席が配分された。第一党に返り咲いたCDU/CSUと政権を明け渡すSPDの合計議席は328と過半数(316議席)を上回り、二大政党が大連立を組んで政権を発足する可能性が高い(図表2)。

新議会は選挙から30日以内に召集され、新首相の議会での選出投票は正式な連立協議の終了後となる可能性が高い。連邦議会に議席を獲得する政党が増え、二大政党の議席占有率が低下傾向にあるため、ドイツでは近年、連立協議が長期化する傾向にある(図表3)。今回も協議の長期化が不安視されたが、政策調整がより難航する3党連立が回避され、大連立以外に過半数に届く連立の組み合わせがないため、連立協議は比較的スムーズに進む可能性が高まった。連立協議を主導するCDUのメルツ党首は投開票後、4月下旬のイースター休暇前の政権発足を目指すとしている。選挙前には、別の連立の組み合わせとして、CDU/CSUと緑の党による黒緑連立の可能性も取り沙汰されていたが、両党の合計議席は293にとどまり、過半数に届かない。ボーダーライン上にいたBSWが5%に届いていた場合、二大政党の合計議席が過半数を割り込んでいた可能性があり、その場合、政策調整が難しい3党連立が必要となっていた。連立協議がスムーズに進んだ場合も、政権発足には数ヶ月単位の時間を要する可能性が高い。ドイツでは100ページ超に及ぶ連立綱領を交わすうえ、最近の連立協議では、予備協議入り、連立協議入り、連立合意の受け入れの各段階で議員投票や党員投票を行う傾向にある。次期政権が発足するまでの間、ショルツ首相が暫定政権を率いる。

投票率は82.5%と前回(76.4%)を上回り、東西ドイツ統一後の最高を更新し、有権者の関心の高さが窺える。今回の選挙戦の重大争点は経済環境と移民問題の2つだった。長引く経済低迷による生活困窮と、移民や難民認定の申請者による相次ぐ暴力事件の発生を受け、ドイツでも他の欧州諸国と同様に、欧州連合(EU)に懐疑的で、反移民・反イスラム色の強い極右政党が躍進した。今回の選挙でAfDの得票率は20%を超え、2013年の結党以来で最多の支持を集めた(図表4)。昨年秋の旧東ドイツ3州の州議会選挙では、ブランデンブルク州で29.2%、ザクセン州氏で30.6%、チューリンゲン州で32.8%と3割前後の支持を集めた。CDU/CSUを含めた主要政党は、極右政党との連立や閣外協力を否定しており、次期政権での極右の影響力は限定的だが、最大野党として連邦議会での重要ポスト、予算配分、発言機会が増えることは確実だ。オランダやオーストリアの最近の選挙では、極右政党が第一党となっており、極右の更なる伸張を阻止するためには、経済立て直しや移民問題への対応において、次期政権が国民の期待に応えられるかが重要となる。

ドイツ経済の再建にとっては大連立がベストな選択肢と言える。大連立では、CDU/CSUが重視する規制緩和、減税、企業負担の軽減措置などを進めつつ、SPDの主張を盛り込む形で歳出拡大や所得分配を強化し、その両立を可能にするための債務ブレーキ(財政収支の均衡化を定めたルール)の見直しが進む可能性がある。基本法(憲法)に基づく債務ブレーキの見直しには、議会の3分の2以上の賛成が必要で、債務ブレーキの改正に反対する勢力が、3分の1の議席を獲得した場合、経済・産業の立て直しが行き詰まりかねない。最大野党となるAfDは債務ブレーキの改正に反対している。所得配分を重視する左翼党は、債務ブレーキの改正には賛成するが、国防費の増額に反対する。両党の合計議席は216で、債務ブレーキの改正を阻止可能な211議席を上回る。
政権を主導する可能性が高いCDU・CSUは、連邦議会選挙に向けた選挙公約(マニフェスト)で、税・社会保障負担の軽減、エネルギー価格の引き下げ、規制緩和、投資活性化などを通じて、中期的に2%成長の回復を目指すとしている。企業負担の軽減措置として、法人税率を現在の30%から25%に引き下げ、東ドイツの再建に充てる連帯税を廃止、減価償却と損失の税務処理の変更などを検討する。また、個人負担の軽減措置としては、所得税の最高税率が適用される課税標準額の引き上げ、所得税の基礎控除引き上げ、フルタイム労働者の時間労働や年金世帯の就労時の課税免除、社会保険料負担の軽減、外食費に対する付加価値税率の引き下げなどを掲げる。
エネルギー分野では、2045年までの気候中立、2030年までに電力消費量の80%を再生可能エネルギーで賄うなどの気候目標を維持するものの、市場原理を活用した気候保護を目指すとしている。電力税と送電網利用料の軽減を通じた電力価格の引き下げ、原子力発電の再開是非の検討や、代替エネルギー減を確保することなしに石炭火力発電所を閉鎖しないことなどを示唆している。また、新設の建造物にヒートポンプなどの設置を義務付ける暖房法を廃止し、技術中立的な低排出暖房の普及を促進する。次世代エネルギー技術の研究・開発を推進し、内燃機関車の新車販売禁止を撤回する方針を掲げる。
経済再生に向けては、税負担や行政事務負担の軽減、規制緩和を通じた民間投資の活性化、デジタル化、人工知能(AI)活用、研究開発、イノベーションの推進を通じて産業の再活性化を目指す。具体的には、供給増加を通じたエネルギー価格の引き下げ、サプライチェーン法の廃止、連邦デジタル省の創設、スタートアップ特区による起業支援、労働時間や在宅勤務の柔軟化、自動車産業の競争力維持に向けた支援、戦略技術や基幹インフラの保護、中国への過度な依存を減らすデリスキングを進める。
ドイツのシンクタンクの試算によれば、こうした政策の実行には約890億ユーロ、GDP比で2%に相当する財源確保が必要となる(図表5)。選挙公約では、失業手当の給付抑制、補助金の見直しなどで財源を捻出するとしているが、柔軟な財政運営の足枷となっている債務ブレーキの見直しが不可欠となろう。CDU・CSUの選挙公約では債務ブレーキを維持するとしているが、次期首相の最有力候補であるCDUのメルツ党首は、見直しに前向きな発言をしている。次期政権下の財政運営の軌道修正に期待したい。

CDU/CSUとSPDは、行政手続きの簡素化やエネルギー価格の引き下げで一致するが、その具体的な方法を巡っては意見対立が予想される。SPDはCDU/CSUが主張する法人税率の引き下げ、連帯税の廃止、高所得者に対する減税、原子力発電の再開検討、暖房法の廃止に反対する可能性があり、CDU/CSUはSPDが主張する最低賃金の引き上げ、低所得者減税、富裕層増税、資産課税の強化などに反対する可能性がある。また、両党はEUレベルで重要課題となる国防費の増額やウクライナへの平和維持部隊の派遣などを巡っても意見対立が予想される。万が一、連立協議が暗礁に乗り上げた場合も、CDU/CSUとAfDが連立協議を開始する国民的な合意は今のところない。別の連立の組み合わせがないことから、非多数派政権を発足するか、再選挙を行う以外にない(図表6)。

田中 理
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

