インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

ベトナム、成長率目標を「8%」に引き上げもハードルは極めて高い

~米中対立の狭間で様々な軋轢に晒される可能性に留意する必要がある~

西濵 徹

要旨
  • ベトナムでは12~19日に臨時国会が開かれた。臨時国会では政治、行政機能の効率化を目的とする法改正が承認されており、省庁再編が行われる。ここ数年の同国では「反腐敗・反汚職」運動による多数の政治家や政府高官の更迭が相次ぎ、許認可が滞る動きがみられる。省庁再編は行政コストの削減や効率性向上が期待される一方、一時的に行政機能が不全状態に陥るリスクが懸念される状況にある。しかし、反腐敗・反汚職に加え、公的部門の効率化を目指すラム体制の下で合理化が優先されたものと捉えられる。
  • 他方、同国経済は昨年米中摩擦やサプライチェーン見直しの動きを追い風に成長率が+7.09%と2年ぶりの高水準となり、政府や党が掲げる目標をクリアした。政府は今年の成長率目標を「+6.5~7.0%」としていたが、臨時国会ではこれを「+8%」に引き上げることを承認した。政府は2045年の高所得国入りを目指すなか、今回の目標引き上げはその土台作りとした上で、外需や対内直接投資がそのけん引役になるとしている。しかし、ここ数年は対米貿易黒字が急拡大しており、貿易赤字の縮小を目指す米トランプ政権が同国に矛先を向けるリスクは高まっており、成長率押し上げに向けたハードルは高まっているのが実情である。
  • 政府は成長率目標を引き上げる一方でインフレ抑制を目指す方針を示すが、米ドル高に伴う通貨ドン安圧力がくすぶるなかで物価抑制のハードルは高まっている。歳出増による財政悪化懸念がドン安圧力を増幅させるリスクもくすぶる。こうしたなか、政府はインフラ投資拡充へ中国からの支援受け入れを拡大させる一方、米国への配慮もうかがわせるなど、米中対立のなかで難しい対応を迫られる展開が続くと予想される。

ベトナムでは、今月12~19日の日程で臨時国会が開会された。臨時国会では、昨年末のベトナム共産党全国会議において政治、行政機能の効率化を目的に採択された政府組織法、地方政府組織法改正案、国会組織法改正案のほか、国会組織と政府組織の再編に向けた決議案が審議、可決された。なかでも最も注目を集めた中央省庁の再編を巡っては、現在の18省8機関から5省5機関を削減して13省3機関体制に整理統合されることとなる。具体的には、財政省と計画投資省、情報通信省と科学技術省、運輸省と建設省、天然資源省と農業農村開発省、内務省と労働戦傷病兵社会問題省を統合するほか、内務省から宗教関連業務を現在の民族委員会に移管して民族宗教省に格上げするなどの再編が行われる。ベトナムではここ数年、チョン前政権下での『反腐敗・反汚職』運動の下で多数の政治家や政府高官の更迭が相次ぎ、許認可を踏み止まる動きが相次ぐなど政府機能が不全状態に陥る動きがみられた。

昨年のチョン氏の薨去を受けて党書記長に就任したラム氏の下でも、前政権に引き続き反腐敗・反汚職の取り組みを維持する一方、行政コストの削減と効率性向上を目指す方針を掲げた。こうしたなか、上述のように昨年末の党全国会議において党組織のほか、政府や議会をはじめとする組織のスリム化に向けた方針が採択されるとともに、その実現を加速化させる動きをみせてきた。ただし、上述のようにここ数年は多数の政治家や政府高官が相次いで更迭されるなか、様々なプロジェクトの許認可が滞るとともに、その進捗に悪影響が出る事態が頻発している。よって、同国に進出する企業などの間では、省庁再編に伴う混乱を受けて行政機能が一時的に不全状態に陥る懸念のほか、各種の手続きや許認可などの遅延が生じることを警戒する向きがみられたものの、合理化があくまで優先された格好である。

一方、昨年の経済成長率は+7.09%と前年(+5.05%)から加速して2年ぶりの高成長となるとともに、政府が掲げる成長率目標(+6.8~7.0%)の上限を上回ったほか、同国政府に拠れば1人当たりGDPも4,700ドルとなり、2021年の党大会において掲げた目標(2025年時点の1人当たりGDPを4,700~5,000ドルとするもの)を1年前倒しで達成するなど、堅調な経済成長が続いている様子がうかがえる(注1)。なお、昨秋の通常国会においては今年の成長率目標を「+6.5~7.0%」とすることが承認されたものの、今回の臨時国会ではこれを「+8%」と大幅に引き上げることを承認するなど、一段の高成長を目指すことが示されている。仮に昨年の1人当たりGDPが4,700ドルであったとすれば、通貨ドンの安定を前提とした場合、今年の1人当たりGDPは5,000ドルを上回る計算となるなど、上述の党目標をも上回る経済成長の実現を目指していると捉えられる。さらに、党は2045年を目途にした高所得国入りを目指す方針を掲げており、その実現には高成長を実現する必要があるなか、成長率目標を管轄するズン投資計画相は今回の目標引き上げの狙いについて、来年に始まる共産党第14期体制の下で二桁成長を実現するための土台作りとしている。

上述のように昨年は2年ぶりの高成長を実現したものの、その背景には米中摩擦が激化する背後で同国からの対米輸出が押し上げられるとともに、サプライチェーンの見直しの動きを追い風に対内直接投資が活発化してきたことがそのけん引役になったことがある。ズン氏は成長率目標の引き上げについて、対内直接投資のさらなる活発化や、輸出や家計消費など内需拡大による工業生産の活発化により実現は可能との見方を示している。しかし、ここ数年の米中摩擦の動きに加え、サプライチェーンの見直しの動きを追い風に同国の対米貿易黒字額は急拡大しており、昨年は1,043億ドルと過去最高を更新している。こうした動きも追い風に、米国にとって同国は貿易赤字国の上位(国別では第3位)にあり、貿易赤字の縮小を目指すトランプ政権にとってその『標的』となりやすい状況にある。事実、トランプ1次政権の下では同国を経由した中国による『迂回輸出』が疑われる動きがみられたなかで米国は同国製品を対象にした制裁関税を発令するなど、その『照準』を同国に当てる動きがみられた(注2)。さらに、現時点において「トランプ2.0」では『例外なし』の対応をみせるとともに、関税障壁のみならず、非関税障壁にも焦点を当てるなど通商政策のハードルを上げる動きもみられる。こうした状況に鑑みれば、そのハードルは極めて高いのが実情と捉えられる。

図表
図表

なお、政府は成長率目標を大きく引き上げるものの、マクロ経済の安定を確保しつつインフレを抑える必要があるとの認識を示すとともに、今年のインフレ見通しを「+4.5~5.0%」とするなど、ここ数年の政府目標(+5%)以下に抑えるとの方針を示している。足下のインフレ率は政府目標を下回る推移が続いており、その背景には一昨年来のインフレ要因となってきた食料インフレの動きに一服感が出ていることが影響していると捉えられる。しかし、足下においては異常気象の頻発などを理由に食料インフレが再び顕在化する動きがみられるほか、ここ数年の国際金融市場における米ドル高の動きを反映して通貨ドン相場は調整の動きを強めるなど、輸入物価を通じたインフレも懸念される状況にある。さらに、上述のように経済成長率目標実現のハードルが高まっていることに鑑みれば、政府はその実現に向けて歳出増大に動くなど財政出動に向けた圧力が強まることが見込まれるものの、国会の経済委員会ではそうした状況が公的債務の増大を招くとともに、法定上限に達するリスクがあることを付言するなど難しい政策のかじ取りを迫られることが予想される。過去には公的債務の法定上限を巡る問題がインフラ投資をはじめとする社会資本整備の足かせとなる一因となってきたことに鑑みれば、今後もそうした懸念がくすぶることに留意する必要がある。他方、政府が公的債務の上限緩和に動くなど財政出動に向けた圧力を強めれば、財政運営への懸念が通貨ドン安を招くとともに輸入インフレへの警戒感が強まる事態も考えられるだけに、様々な面でバランスの取れた政策運営を志向することが求められる状況にある。

図表
図表

また、臨時国会では引き上げた成長率目標の実現に向けてインフラ投資の拡充を図るべく、海外からの支援受け入れを活発化させる方針も承認されている。具体的には、ここ数年は電力不足が幅広い経済活動の足かせとなる懸念が高まるなか、同国初となる原子力発電所の建設を2031年末までを目途に推進することが承認されている。さらに、ここ数年の米中摩擦の激化を受けて中国企業が同国に生産拠点を移転させる動きが活発化するなか、中国国境からハノイを経由して同国北部の港湾都市で北米向け輸出拠点となっているハイフォンを結ぶ鉄道整備に向けた協議が進められてきたなか、臨時国会において事業計画案が承認された模様である。鉄道整備に際しては中国からの融資に加え、一部は出資を見込むとともに、将来的には中国側の路線を雲南省まで延長させる計画もあり、経済面での中国との関係深化を目論む動きもみられる。他方、米トランプ政権で要職を務めるイーロン・マスク氏が率いる衛星通信会社のスターリンク社による衛星インターネットサービス事業が承認されるなど、米国に配慮した動きもみられる。とはいえ、ベトナム政府が掲げる『高過ぎる』目標は新たな弊害を招く可能性があるとともに、米中摩擦に伴う綱引きの動きを巡って同国が新たな舞台となることも考えられるなど、同国経済を取り巻く状況には不透明要因が山積する展開となることが予想される。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最近のレポート

関連テーマのレポート

関連テーマ