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2024.10.21
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マレーシア・アンワル政権、景気と財政健全化の「二兎」を追えるか
~25年度予算は歳出規模過去最大の一方、補助金削減や増税で財政赤字の縮小を目指す方針~
西濵 徹
- 要旨
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マレーシア経済は外需依存度に加え、中国経済への依存度も高く、中国の景気減速が足かせとなりやすい。他方、足下のインフレは落ち着いた推移をみせるなど内需を取り巻く環境は改善している。結果、7-9月の実質GDP成長率(速報値)は前年比+5.3%と堅調な推移をみせている。9月までの累計ベースの成長率は+5.1%と昨年(+3.6%)を上回るとともに、政府も成長率見通しを上方修正している。他方、リンギ相場は底入れするもインフレ圧力に繋がる材料は残り、中銀は様子見姿勢を維持する展開をみせるであろう。
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一昨年に発足したアンワル政権はコロナ禍で疲弊した経済の立て直しを優先する安全走行を目指してきた。来年は任期の折り返しを迎える一方で財政健全化が急務となるなか、先週公表した来年度予算案では歳出規模を過去最大とする一方、補助金削減や増税などによる歳入増で財政赤字をGDP比▲3.8%とする見通しを示している。政府が掲げる中期目標実現のハードルは依然高い一方、最低賃金を大幅に引き上げるなどインフレ圧力が強まる可能性がある。リンギ相場の底入れによる輸出競争力の低下が景気の足を引っ張る懸念もくすぶるなか、先行きの政策運営は外部環境により一層留意した対応が求められよう。
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マレーシア経済を巡っては、人口規模が約3,406万人(2024年)とASEAN(東南アジア諸国連合)のなかでも小さく、経済構造面で外需依存度が極めて高い特徴を有する。さらに、財輸出の約2割、外国人観光客の1割強を中国(含、香港・マカオ)が占めるなど、中国経済に対する依存度も高い。そして、財輸出に占める鉱物資源関連の割合も2割弱を占めており、国際商品市況の影響を受けやすい構造を有する。よって、このところの中国経済を巡る不透明感の高まりは、国際商品市況の調整の動きも相俟って外需の足かせとなる懸念がくすぶっている。他方、ここ数年はコロナ禍一巡による経済活動の正常化や商品高に加え、国際金融市場における米ドル高を受けたリンギ安も重なる形でインフレが上振れした。中銀は物価と為替の安定を目的に累計125bpの利上げに動いたほか、商品高の動きが一巡したことも重なり、一昨年末以降のインフレは頭打ちに転じるなど落ち着いた推移をみせており、内需を取り巻く環境は改善している。こうしたなか、7-9月の実質GDP成長率(速報値)は前年同期比+5.3%と前期(同+5.9%)から鈍化するも堅調な推移をみせており、前期比年率ベースでも+7.6%と前期(同+12.1%)から鈍化するも3四半期連続のプラス成長で推移していると試算されるなど、足下の景気は底入れの動きを強めていると捉えられる。分野別の生産動向を巡っても、世界的なサプライチェーン見直しの動きを反映した対内直接投資の活発な動きや公共投資拡充の動きなどを追い風に建設業の生産は旺盛な推移をみせるとともに、主力の輸出財である半導体をはじめとする電子部品関連を中心とする輸出の堅調さを反映して製造業の生産も底堅く推移している。一方、家計消費や外国人観光客の動向に連動する傾向があるサービス業の生産は鈍化しており、中国経済を巡る不透明感が景気の足かせとなる動きがみられるほか、異常気象の頻発を理由に農林漁業関連の生産も鈍化している。さらに、前期比年率ベースで2四半期連続のマイナス成長となるなど調整の動きが続いている鉱業部門の生産は引き続きマイナスで推移しており、原油や天然ガス関連の低迷が足かせとなっている。なお、9月までの累計ベースの経済成長率は+5.1%と昨年通年(+3.6%)を上回る伸びとなっており、政府(財務省)が先週18日に公表した経済白書においても、今年の経済成長率見通しを+4.8~5.3%と従来見通し(+4~5%)から上下限ともに上方修正するなど堅調さがうかがえる。さらに、来年についても堅調な外需のほか、インフレが落ち着いた推移が続くことに加え、財政、及び金融政策による景気下支えの動きも追い風に経済成長率は+4.5~5.5%となるとの見通しを示している。足下のインフレは落ち着いた推移をみせているほか、中銀にとって悩みの種となってきたリンギ相場を巡っても米ドル高の動きに一服感が出たことで底入れに転じているものの、様子見姿勢を維持する考えをみせている(注1)。上述のように異常気象の頻発を理由に農林漁業関連の生産が鈍化しているほか、足下においてはラニーニャ現象による悪影響も懸念されており、供給減を理由にインフレ圧力が強まる可能性がくすぶる。さらに、足下ではリンギ相場の底入れを促した米ドル安の動きが一巡するとともに、米ドル高圧力が再燃する動きもみられるなか、中銀にとっては様子見姿勢を維持せざるを得ない展開が続くと予想される。


一昨年に実施された連邦議会下院(代議院)総選挙では、いずれの政党も単独で半数を上回る議席を獲得できなったものの、その後の政党間による合従連衡を経て大連立によるアンワル政権が発足した。アンワル政権はコロナ禍で疲弊した経済の立て直しを優先事項に掲げるなど『安全走行』を志向する動きをみせており、上述したように足下の景気が着実に底入れの動きをみせていることは、そうした姿勢を反映しているものと捉えられる。こうしたなか、来年は5年となっている代議院の任期が折り返しを迎えるため、首相と財務相を兼務するアンワル氏にとっては経済の安定化を図るとともに、コロナ禍を経て財政状況が一段と悪化した流れに歯止めを掛けることが急務となっている。この背景には、コロナ禍の2021年に連邦議会は法定債務上限の水準をそれまでのGDP比60%から同65%に引き上げたものの、足下においてはこの水準をわずかに上回っていると試算されるなど、財政の立て直しが避けられない状況にあることがある。昨年に連邦議会は政府に対して財政規律の強化を求める法律を成立させており、向こう3~5年を目途に財政赤字の目標をGDP比3%以下、債務残高もGDP比60%以下に抑えることを盛り込んでいる。こうしたなか、政府が今月18日に公表した来年度予算案では、歳出規模を今年度比+3.3%の4,210億リンギと過去最大とする一方、増税や燃料に対する補助金の削減などを通じて財政赤字のGDP比を▲3.8%と今年度見通し(同▲4.3%)から一段と縮小させるとしている。アンワル政権は今年度から、コロナ禍対応を目的に軽油や電気、鶏肉などを対象に給付した一律補助金を停止する一方、生活必需品に的を絞る形にシフトさせてきたほか、来年半ばにはレギュラーガソリン(RON95)に対する補助金も廃止する方針を示している。さらに、歳入面では売上税とサービス税を段階的に拡大させるとともに、年間10万リンギを上回る配当所得に対する所得税導入のほか、グローバル企業を対象にした課税強化(グローバル・ミニマム課税)の実行も盛り込むとともに、今年8月に導入された電子インボイス制度による徴税漏れの縮小も税収増に繋がるとの見通しを示している。他方、2018年にマハティール元政権下で廃止されたGST(財・サービス税)については来年度予算案のなかでも言及がなく、上述した中期的な財政赤字の目標実現に向けたハードルは依然として高い状況は変わっていないと捉えられる。また、アンワル氏は来年2月から最低賃金を月1,700リンギと現行水準(1,500リンギ)から引き上げる方針を示しており、落ち着いた動きをみせるインフレを押し上げることも予想される。米ドル安を受けて底入れしてきたリンギ相場についても、足下では米ドル高が再燃していることを反映して状況が一変する動きをみせており、外部環境に揺さぶられる展開が続くことも予想される。他方、このところのリンギ高を受けた輸出競争力の低下は外需の足かせとなる可能性もあり、予想外の景気減速が財政面での圧迫要因となることにも留意する必要がある。そうした点でも、先行きの政策運営は外的要因に留意する必要を迫られることになろう。


注1 9月5日付レポート「マレーシア中銀、リンギ相場は大幅上昇も様子見姿勢を維持せざるを得ず」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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