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英国は14年振りの政権交代へ

~労働党圧勝、保守党は結党以来の最低議席~

田中 理

要旨
  • 4日の英国総選挙は、野党・労働党が圧勝し、14年振りの政権交代が確実となった。保守党は結党以来の最低議席を更新した模様。保守党への不信感、労働党への安心感、保守票の分断と選挙制度が労働党の圧勝につながった。トラスショックの二の舞を避けるため、大規模な財政出動は困難な状況で、EUとの関係改善にも難しい交渉が待ち構えている。政権交代後も経済活性化に向けた即効薬がある訳ではない。金融市場は政治混乱の回避とEUとの関係改善に期待して労働党政権の誕生を好感しているが、そうした期待が萎む日も遠くはなさそうだ。

4日に投開票が行われた英国の下院(庶民院)選挙は、日本時間の5日の朝6時に発表された出口調査によれば、野党・労働党が410議席を獲得し、議会の過半数(326議席)を確保した模様。新興ポピュリスト政党・英国改革党(UKリフォーム)と右派票を分け合った与党・保守党は131議席に沈み、歴史的な大敗を喫した(図表1)。労働党が獲得した議席は、ブレア政権が誕生した1997年の総選挙時(418議席)に迫る大勝となった模様(図表2)。2010年に保守党に政権を明け渡して以来、労働党は14年振りの政権奪還を果たした。

図表1
図表1

図表2
図表2

労働党が圧勝した背景には、①選挙制度が有利に働いたこと、②長年の保守党の政権運営に対する倦厭感や不信感、③労働党の掲げる政策への安心感が挙げられよう。今回の選挙戦では、保守党への支持率が低迷するなか、労働党だけでなく、英国改革党(リフォームUK)やリベラル政党・自由民主党なども支持を集めた。英国改革党は英国のEU離脱(ブレグジット)と欧州懐疑主義運動の中心的な人物であるファラージ氏が率いる右派ポピュリスト政党で、保守党内の最右派票の一部を奪った。自由民主党は中道政党で、保守党に見切りをつけたが、英国改革党や労働党に投票したくない保守党内の穏健派の有権者の支持を集めた。英国の下院選挙は1選挙区につき1人の勝者が出る単純小選挙区制で争われるため、こうした右派票の分断は労働党に有利に働いた。また、左派寄りの有権者が多いスコットランドで圧倒的な強さを誇った地域政党・スコットランド民族党(SNP)が、党幹部やスタージョン前第一首相を巻き込むスキャンダルに揺れ、今回の選挙ではスコットランドの選挙区の多くを労働党が手に入れた。

保守党がここまで英国民の支持を失った背景には何があるのだろうか。保守党は伝統的に、市場経済を重視し、減税や規制緩和に積極的で、親ビジネスが売りの政党だ。富裕層や事業主、中高年層からの支持を集め、地方で強い。EUからの離脱の是非が問われた2016年の国民投票では、党内に離脱派と残留派が混在していたが、離脱決定後は離脱推進の立場を取ってきた。だが、EU離脱後の英国経済は低迷が続いている。離脱後の現実は、保守党の政治家が語っていた夢物語とは異なる。コロナによる経済活動の停止や歴史的な物価高が景気を下押ししたのは各国に共通するが、コロナ後の景気回復の足取りは主要先進国・地域の中でも見劣りする(図表3)。また、トラス前首相の就任時は、財源の裏付けがない大規模減税を発表し、金融市場の動揺を招いた(トラスショック)。今回の労働党が掲げる経済政策運営が保守党と似通っていることもあり、「経済ならば保守党」の前提が崩れた。首相や党幹部がコロナの行動制限に違反したスキャンダル(パーティーゲート)、お家騒動を繰り返し、14年間で5人の首相と7人の財務相が入れ替わる政権運営の迷走も、有権者の保守党離れを引き起こした。

図表3
図表3

対する労働党は、労働組合を支持母体とし、低所得者や都市部の労働者、若者の支持を集める。2019年の前回総選挙では、筋金入りの社会主義者と称されたコービン前党首の元で、鉄道や電力など基幹産業の再国有化、財政緊縮路線の見直し、富裕層課税の強化や量的緩和を通じた財源捻出(人々のための量的緩和)などを主張したが、「離脱実現」を掲げたジョンソン元首相が率いる保守党に惨敗した。その後に就任したスターマー現党首は中道路線に回帰。今回の選挙では、経済成長の促進、クリーンエネルギーの推進、国民保険サービス(NHS)の再建、地域社会の安全確保、教育機会へのアクセス改善などを訴えた。

公約(マニフェスト)では、希望を回復し、混乱に終止符を打ち、新たなページをめくり、国を再建する「変化」を掲げたが、その政策の中身は保守党との類似性が目立つ。変化のための第一歩として取り組むのは、①経済安定:厳格な歳出ルールの下で、税金、インフレ、住宅ローンを可能な限り低く抑え、経済成長を実現する、②NHSの待ち時間短縮:租税回避や非居住者への課税免除制度の縮小を財源に、夜間や週末の診療予約を毎週4万件増やす、③新たな国境警備隊の創設:数百人の新たな専門捜査官を配置、テロ対策の権限を強化し、小型ボートで英国を目指す不法入国業者を撲滅する、④グレート・ブリティッシュ・エナジーの設立:エネルギー料金の引き下げとエネルギー安全保障を強化するため、クリーンエネルギー公社を設立する、⑤反社会的な行動の取り締まり:歳出見直しを財源に治安対策を強化、違反者への厳しい罰則を設け、青少年が集う地域の新たなネットワークを構築する、⑥6500人の教師を新たに採用:私立学校への税優遇措置を廃止することを財源に、子どもの人生・仕事・将来のために主要科目の教員を増員する。

経済の立て直しに向けては、

  • 新たな産業戦略を導入し、英国が強みを持つ優れた研究機関、専門サービス、高度製造業、クリエイティブ産業を支援し、金融サービスのイノベーションを促進する
  • 公共投資を促進するためのナショナル・ウェルス・ファンドを設置し、港湾インフラの改善、サプライチェーン構築、ギガファクトリーの設置、鉄鋼業の再建、炭素回収の導入、グリーン水素の製造支援などに資金を提供する
  • 法人税、国民保険料の従業員負担分、所得税、VATの増税の可能性を排除する
  • 国家インフラ・サービス変革局を設置し、産業戦略や地域開発の優先事項に沿ったインフラ戦略を策定、大規模通信ネットワークを強化し、道路網や鉄道などの交通インフラを再建する
  • 保守党が進めた内燃車の新車販売禁止の導入時期の先送りを撤回し、2030年に前倒しする
  • 人工知能分野や新たなデータセンターの計画を支援、イノベーション推進、新興企業への資金調達を支援する
  • 未利用地の開発や承認プロセスの迅速化などを通じて、150万戸の手頃な価格の住宅を建設する
  • 地域経済の立て直しに向けて、交通、成人教育、技能、住宅、開発、雇用支援などの分野での地域への権限移譲を拡大、地域開発、インフラ整備、産業支援を強化する
  • ポイント制移民制度の改革やビザの適切な運用を通じて、海外からの移民労働者への過度な依存を見直す
  • 就労強化に向け、雇用支援サービスを改革するとともに、若者への職業訓練、実習制度、就職支援を強化する
  • 生活費を考慮した最低賃金を設定する

などのメニューが並ぶ。

残留派が多数を占めた労働党政権が誕生することで、EUとの関係改善に期待を寄せる声も少なくない。離脱前の英国は、通貨統合の適用除外(オプトアウト)やEU予算の拠出負担の減額などで例外的な地位が認められていた。英国がEUに再加盟する場合、こうした特権は剥奪され、普通のEU加盟国として参加することになる。労働党に所属する議員の大半が残留支持だったのに対して、労働党を支持する有権者は残留派と離脱派が混在している。労働党はEUの単一市場や関税同盟への再参加を否定している。離脱が失敗だったと考える英国民が増えたからと言って、すぐにEU再加盟の機運が広がるとは考えにくい。英国とEUが離脱に当たって締結した協定を見直す場合、EU市場へのアクセス改善と引き換えに、EUルールの部分的な受け入れなどを求められる。まずはEUとの非関税障壁の軽減や安全保障分野での協力強化を模索する方針とみられる。

トラスショックの二の舞を避けるため、大規模な財政出動は困難な状況で、EUとの関係改善にも難しい交渉が待ち構えている。政権交代後も経済活性化に向けた即効薬がある訳ではない。金融市場は政治混乱の回避とEUとの関係改善に期待して労働党政権の誕生を好感しているが、そうした期待が萎む日も遠くはなさそうだ。下野する保守党の動きにも注目が集まる。歴史的な大敗を喫した保守党は、党の立て直しに向けて労働党との政策距離を置く右傾化が進みそうだ。政治家を引退したジョンソン元首相が補欠選挙で復権の機会を窺っているとの噂が絶えず、党内には英国改革党との合流に前向きな勢力もいる。

EU離脱後の英国は、より幅広い国や地域との経済・安全保障関係の強化を目指し、オーストラリアやニュージーランドと自由貿易協定(FTA)を締結、米国・オーストラリアとの安全保障分野での連携を強化し(AUKUS)、先端技術分野では日本との協力も検討、日本も加わる環太平洋パートナシップ協定(TPP)に加盟し、インドともFTA交渉を続けてきた。労働党政権誕生後も日本と英国が最重要のパートナーであることに変わりはないが、インド太平洋地域を重視した保守党政権と異なり、マニフェストにアジアやインド太平洋地域に関する言及は僅かで、日本に関する言及はない。労働党政権の外交・対外関係の重心がインド太平洋から、英米関係やEU関係にシフトする可能性がある。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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