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2023.05.22
アジア経済
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いつかみたインドの紙幣廃止措置も、今回は異なる様相をみせている
~実体経済への影響は限定的な模様、「斜めから」みれば別の効果を目指している可能性に要注意~
西濵 徹
- 要旨
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- インド中銀は19日、市中に流通する最高額紙幣(2000ルピー)の流通を停止する方針を明らかにした。同国では2016年に高額紙幣廃止をきっかけに経済が混乱した経緯がある。当時は流通する紙幣の約9割が廃止対象となり、物理的な紙幣不足が混乱を増幅させた。しかし、今回の対象紙幣は流通紙幣の1割強に留まる上、流通量もピークの半分近くに留まるなど利用そのものが減っている模様である。さらに、前回の紙幣廃止の混乱やコロナ禍を経て電子決済システムの普及が爆発的に進んでおり、実体経済への影響は限定的なものに留まるとみられる。他方、昨年来の中銀による利上げにも拘らず国内信用の伸びは高止まりするなど需給ひっ迫が懸念される状況が続いており、タンス預金のあぶり出しは金利上昇圧力の緩和に繋がる可能性はある。足下のインフレ率は頭打ちしているが、経済のファンダメンタルズの脆弱さを理由にルピー相場は上値が重く、輸入インフレが再燃するリスクはくすぶる。なお、前回の高額紙幣廃止は野党を中心に政治資金集めに影響を与えたとされており、実は次期総選挙が近付くなかでの「一手」とも捉えられる。
インド中銀(準備銀行)は19日、市中に流通するうち最も高額な紙幣である2000ルピー紙幣について、その流通を停止する方針を明らかにした。なお、同行は過去にも2016年に、偽造紙幣といわゆる『アングラマネー』のあぶり出しを目的に当時の高額紙幣であった500ルピー、及び1000ルピー紙幣の廃止と回収を行う方針を明らかにした経緯がある(注1)。当時は廃止となった紙幣の対象が市中に流通する紙幣の9割弱に上ったため、物理的な紙幣不足を理由に経済が大きく混乱したほか、その後に同行は新たな500ルピー紙幣の発行を開始するとともに、流通通貨の補充を加速する観点から今回の廃止対象となる2000ルピー紙幣が発行された経緯がある。他方、新紙幣の切り替えに銀行を介在させたことを受けて、多くの国民が銀行取引を有さない状況が続いたなかで銀行へのアクセス改善により金融包摂の動きが広がるなどの副次的効果が生まれた。さらに、同国では2010年に導入された個人認証番号制度(アーダール)と預金口座が紐付けされたことも重なり、コロナ禍に際しては政府が貧困層などを対象とする現金支給の実施が可能となるなどの効果も生まれた。また、コロナ禍を経た生活様式の変化を追い風に、同国においてもスマートフォンや携帯電話などを通じた電子決済システムの普及が爆発的に進むなど、いわゆる『現金離れ』の動きが進んでいる。結果、物理的な紙幣不足を理由に発行された2000ルピー紙幣の印刷は2018-19年度に終了しており、使用頻度の低さも影響して現時点において市場に流通している2000ルピー紙幣の大宗は耐用年数(中銀は4~5年と想定)を超えている。さらに、足下における2000ルピーの流通額は36.2億ルピー相当とピーク(2017-18年度末時点の67.3億ルピー)の半分近くに留まるとともに、流通紙幣全体の1割程度に留まる模様である。こうしたことから、今回の中銀の決定は『クリーン紙幣政策(良質な紙幣の普及を目指す政策)』に則ったものとしている。中銀は今後の対応について、2000ルピー紙幣は法定通貨として引き続き支払いに利用可能とする一方、今年9月末までに銀行への預け入れや交換を終えることを推奨するとして『タンス預金』のあぶり出しを目指している様子もうかがえる。具体的な交換については、2014年に実施した旧紙幣廃止措置(2005年以前に発行されたすべての紙幣の流通を廃止して新紙幣への交換を進めた措置)に倣うとの考えをみせており、短期的にみれば銀行セクターにおける預金拡大の動きが進む可能性も予想される。なお、同国においては昨年来の商品高や通貨ルピー安による輸入インフレも重なりインフレが顕在化したため、中銀が物価抑制を目的に断続的、且つ大幅利上げを余儀なくされた。しかし、足下においては世界経済の減速懸念を受けた商品市況の調整に加え、同国がロシアからの割安な原油輸入を拡大させていることも重なりインフレ率は頭打ちの動きを強めている。他方、中銀は昨年5月以降に累計250bpの利上げを実施してきたものの、経済活動の正常化を受けた旺盛な需要が続いていることを追い風に国内信用の伸びは加速する展開が続くなどインフレに繋がりやすい状況にある。中銀は今年4月の定例会合で利上げ局面の休止を決定したものの(注2)、銀行セクターを巡っては利上げ圧力に晒される一方で旺盛な資金需要や流動性ひっ迫が懸念されるなかで預金の調達を加速させる動きをみせてきた。今回の中銀の決定により銀行セクターにおける預金拡大の動きに繋がれば、預金金利に対する上昇圧力が和らぐとともに、高止まりが続く短期金利の緩和に繋がることも期待される。ただし、足下の国際金融市場においては、上述のようにインフレこそ鈍化しているものの、経常赤字と財政赤字の『双子の赤字』が慢性化するなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さを理由に通貨ルピー相場は上値の重い展開が続いており、輸入インフレ圧力がインフレの再燃を招く懸念はくすぶる。したがって、今回の高額紙幣廃止を巡っては、上述のように対象となる紙幣が流通紙幣の1割に留まるなど実体経済への直接的な影響は限定的なものに留まると見込まれる一方、金利抑制を目指す効果についても一時的なものに留まると捉えられる。他方、同国では来年に次期総選挙が実施されるなど『政治の季節』が近付いているが、前回の高額紙幣廃止ではアングラマネーのあぶり出しには事実上失敗する一方、地域政党などが政治資金集めに苦慮するといった影響が顕在化した模様であり、結果的に前回総選挙においてモディ政権を支える与党BJP(インド人民党)が地滑り的な大勝利を収める一助になったとの見方もある。その意味では、このタイミングで中銀が改めて高額紙幣の廃止に動いた背景を巡っては、事情を『斜めから』みればそうした可能性にも注意を払う必要があると考えられる。



注1 2016年12月27日付レポート「インド、高額紙幣廃止の影響と展望」
注2 4月6日付レポート「インド中銀、「今回だけ」の利上げ休止も経済には困難が山積」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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