- 要旨
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2月14日に国会に提示される日銀人事が明らかになった。元審議委員の植田和男氏が新総裁、氷見野良三氏(前金融庁長官)、内田真一氏(日銀理事)の2人が副総裁の候補である。雨宮正佳氏が総裁に昇格する場合に比べて、刷新イメージが強まった。
新体制に移行
政府は、国会同意人事で、新しい日銀総裁に、1998~2005年にかけて2期ほど審議委員を務めた植田和男氏(共立女子大教授、東大名誉教授)を起用する。2月14日に国会に通知されて、3月に衆参両院で決定される運びだ。副総裁には、前金融庁長官の氷見野良三氏と、日銀理事の内田真一氏を充てる人事案だ。
本命視されていた雨宮正佳副総裁は、固辞したとされる。報道では、中曽宏前副総裁もまた固辞したとされる。黒田時代の執行部から刷新された方がよいという判断があったとされる。雨宮副総裁とともに知恵袋であった内田氏が残るので、全面刷新ではないが、それは仕方がない。植田氏は、日銀副総裁を務めた経験がなく、その点は組織運営に不安が残る。執行部は実務のトップであり、細かい調整事務にも関与しなくてはいけない。執行部は審議委員とは役割が違う。その部分は、内田氏がサポートすることになろう。今後、黒田路線からの修正が期待されるが、内田氏が主導して、過去との連続性をいくらか守るかたちになりそうだ。
和して同ぜず
新体制の3名をみて、「バランスの取れた人選」という声が相次いでいる。筆者もそう思う。思い出すのは2000年8月のことである。速水優総裁は、ゼロ金利解除を急ぎ、その会合では植田審議委員(当時)から反対票を投じられる。このとき、筆者は植田氏がその会合後も反対票を投じ続けるかに注目していた。当時、篠塚委員と中原委員の2人は反対票を入れていたからだ。植田氏もこの両名と同じく反対票を入れ続けるかと思った。しかし、次の会合から植田氏は賛成票を投じた。植田氏は和して同ぜずの人だと感じたことを今も記憶している。論語には、「君子は和して同ぜす、小人は同じて和せず」とある。日銀総裁には、この君子の資質が大切だと思う。
植田氏は、この人事案がメディアにオープンになった後のコメントで、「当面、現状の金融緩和を続ける必要がある」と答えている。その真意は、まさしく金融緩和に「和して」も、黒田路線には「同ぜず」なのだろう。筆者は、衆目が予想するのと同じように、植田氏は黒田路線の修正に着手していくとみている。
植田氏がバランス重視と言われる発端は、1990年代にある。かつて、後に副総裁になった岩田規久男氏が日銀に対して、マネーサプライ論争を仕掛けた。確か1992年の週刊東洋経済だった。日銀から誰が受けて立つかと言われて、翁邦雄氏が反論に立つ。植田氏は、その課程で2人の意見を仲裁する論考を発表した。植田氏は、学界と実務家の議論のずれをうまく接合して考えていたので、上手だと思った。1998年に新日銀法の下での初めての政策委員に選ばれたときも、筆者はマネーサプライ論争を仲裁したことの論功だと思った。
長所と短所
植田氏が日銀総裁として舵取りをするときには、長所と短所の両面があるだろう。
長所は、より論理性を重視しながら市場との対話を進めていくことだ。黒田時代は、最後の方は混乱していた。2022年12月の長期金利の上限引き上げは、「これは利上げではない」と事実上の利上げを否定した。その手前では、「2~3年は利上げをしない」と言っていただけに、私達は大いに戸惑った。よく言われるのは、中央銀行は緩和のときはサプライズ、引き締めのときは市場に織り込ませる、というセオリーである。2022年12月はそのセオリーから外れていた。
2023年1月には、共通担保オペの長期化で、長期金利の制御を試みた。見直しの動機は、指値オペの限界からだ。指値オペで長期国債を買い続けると、市場から長期国債を吸い上げ過ぎて、投資家は長期国債を買えなくなっていく。市場の流動性が低下する弊害が起こる。その説明も十分には行われなかった。
新体制に代わると、こうした状況を市場と対話しながら修正するチャンスが訪れる。学者出身の長所は、論理性を重視して、怪しげな論理に乗らないことだ。リフレの議論の論理的なところと、非論理的なところを峻別して、マーケットに日銀の意図を正しく伝えていくことができそうだ。現在の黒田総裁は、当初は原理主義だと言われた。しかし、その原理はリアルな金融とは相容れず、教条主義になったという批判がある。「量を増やせば緩和効果が生じる」というマネタリーベース拡大の方針は、すでに信じる人が少ない教義だ。そうした破綻論理をスクラップして、金利メカニズムを徐々に復活していく仕事が、植田氏の役割になるだろう。
短所の部分は、政治との対話力だろう。植田氏に対する岸田首相の信任が厚いとしても、政界には経済政策の考え方が異なる人は多くいる。今後、日銀が政策修正に着手すれば、きっと攻撃してくるだろう。もしも、雨宮副総裁がいれば、その対話能力が攻撃を鎮静化させていただろう。しかし、その役割はもはや期待できない。過去、白川方明総裁は、政治サイドから批判が強かった。筆者からみれば実直な人物だったが、彼がいくら丁寧に説明しても、風当たりは弱まらなかった。本当に不幸だったと思う。植田氏は、学者出身だという利点と裏腹に、政治との対話には苦労しそうである。「空気を読まない」ことは、長所でもあり、短所でもある。
目先の焦点
今後、国会同意人事を巡って、植田氏と2人の副総裁候補は、所信を尋ねられる。そこは卒なく乗り切るだろう。焦点はその後の4月末の決定会合である。山積する課題に対して、考え方を質される。物価情勢の検証、共同声明の見直し、出口戦略などの論点だ。そこをクリヤーに整理して、自らの意図を正確に伝えられるかが焦点だ。
筆者は、市場からの信頼感は割と短期間にでき上がると予想している。4月会合を踏まえて、物価見通しがそこで示したように変化していき、それに基づく政策修正が説得力を持つかどうかに注目したい。
熊野 英生
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