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2022.08.23
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欧州ガス危機に新たなXデー?
~ノルドストリームのガス供給が再停止へ~
田中 理
- 要旨
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- ロシアが近く欧州向けのガス・パイプラインを再停止するとの報道を受け、欧州のガス価格やエネルギー価格が一段と高騰している。欧州各国は脱ロシア依存を加速するとともに、代替調達先の確保、省エネの取り組み、ガス貯蔵の積み増しなどの対応を急いでいる。こうした対策が奏功し、本格的なガス不足を回避できたとしても、ガス価格の高騰は避けられない。秋に向けて物価に一段の上昇圧力が及び、景気は後退色を強めよう。
ロシアの国営ガス会社は20日、ガスタービンのメンテナンスを理由に、8月31日から9月2日までの3日間、ロシアとドイツを結ぶガス・パイプライン「ノルドストリーム」を通じた欧州向けのガス供給を停止すると発表した。同パイプラインを通じた欧州向けのガス供給は、欧米による制裁の影響で修理した部品のロシアへの搬入ができないことを理由に(ロシア側はこう主張するが、EU側はロシアへの搬入を特例で認めるとしており、ロシア側が意図的に停止していると主張する)、6月中旬に通常の約4割に削減された後、定期メンテナンスのため7月12日から21日までの10日間供給が完全に停止された。メンテナンス終了後に通常の約4割の水準に一旦戻したが、別の部品の修理が必要になったとして、数日後には通常の約2割に削減された(図表1)。7月の定期メンテナンス時と同様に、メンテンナンス終了後にガス供給が再開されるかが不安視される。

ノルドストリームは通常、ロシアから欧州向けのガス供給の4割弱を占める。トルコ経由のガス供給は概ね通常通りだが、5月にポーランド経由のガス供給が完全に停止され、ウクライナ経由も通常の半分未満にとどまる。ロシアから欧州向けのガス供給は現在、通常の3割弱にとどまり、ノルドストリームが完全に止まると、これが2割程度に縮小する。
EUは5月にロシア産化石燃料依存の早期解消を目指す行動計画「リパワーEU」をまとめ、省エネ、エネルギー調達の多角化、再生可能エネルギーの移行加速を通じて、1840億立法メートルのロシア産ガスの削減を達成できるとしている(図表2)。また、ロシアが欧州向けのガス供給を停止・縮小する事態に備え、7月には来年春までに全てのEU加盟国が天然ガスの消費量を過去5年平均と比べて15%削減することでも合意した。ロシアへのガス依存度が高いドイツは代替調達先の確保を急ぐが、国内にLNGの陸揚げ基地を持たない。通常の陸揚げ基地と比べて費用や工期が抑えられる浮体式の陸揚げ設備の早期稼働に向けて急ピッチで準備を進めている。加えて、需要期である冬場のガス不足の回避に向けて、ガス貯蔵の更なる積み増し、省エネの徹底、ガスの入札制度の導入などに取り組んでいる(図表3)。ドイツ政府はEUの計画を上回るガス貯蔵目標を設定し、11月1日までに95%の貯蔵率達成を目指している。ロシアからのガス供給の縮小にもかかわらず、省エネの取り組みや貯蔵を優先していることもあり、8月21日現在の貯蔵率は80%を超えた。だが、95%の貯蔵率を達成したとしても、ロシアがガス供給を停止すれば数ヶ月でガス貯蔵は枯渇する。休眠中の石炭火力発電所を再開することや年内に廃炉予定の原子力発電所3基の稼働延長などが検討されている。ガス不足が現実のものとなった場合、ドイツは一般家庭や病院など向けに優先的にガスを供給する「配給制」を開始し、産業向けのガス供給が絞られる可能性がある。経済活動への打撃は避けられない。


本格的なガス不足が回避できたとしても、更なる価格高騰は避けられない。ノルドストリームが再び停止されるとの報道を受け、欧州のガス先物価格やエネルギー価格が一段と上昇している(図表4)。世界的な景気後退懸念などから、原油価格の上昇が一服しているが、ガス価格の一段の高騰や企業の価格転嫁の動きから、ECBの想定を上回って上昇するユーロ圏の消費者物価は、秋に向けて一段と上昇が加速する公算が大きい(図表5)。ドイツでは今月末に9ユーロで公共交通機関を乗り放題とする家計負担の軽減措置が終了する。経営難に陥ったガス輸入業者の救済策の一環で、10月からはロシア産ガス不足分の調達コストの一部が消費者に転嫁される。2024年3月末までの時限措置として、消費者は1KwH当たり2.419セントを追加で負担する。政府の試算によれば、年間の家計負担額は単身世帯で平均97ユーロ、2人世帯で194ユーロ、4人世帯で290ユーロに達するとされる。負担額の大きさは、ガス輸入業者の調達コストなどに応じて、3ヶ月毎に見直される。ドイツ政府は家計負担を軽減するため、ガス消費に係るVATの税率を従来の19%から7%に軽減するとともに、一部の消費者には燃料費の助成金を支給する。


産業活動や石炭輸送への影響が懸念されるドイツのライン川の水位は、先週、カウプの観測地点で就航危険水域とされる40センチを切った後、流域の降雨で週末にかけて水位が上昇し、22日には100センチ超に回復している。上流の水位変化や降雨予報などに基づく連邦水路海運庁の予報では、23日に150センチ台を回復した後、水位は再び低下が予想されている。今後の降雨次第だが、例年秋に向けて水位は一段と低下する(図表6)。ライン川流域には大手化学企業の工場や発電所が数多く立地し、水位低下もドイツ景気の先行きに暗雲を投げかけている。ドイツやユーロ圏の景気後退懸念や利上げペースの縮小観測を反映し、ユーロの対ドル為替レートは22日、再び1ユーロ=1ドルのパリティを割り込んだ。来月2日のノルドストリームの点検終了後にガス供給が再開されるか、ライン川の水位低下が最悪期を脱したかなど、神経質な展開が続くことになろう。

田中 理
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

