ケニア大統領選、ルト副大統領が僅差で勝利も、暴動に発展の可能性

~過去の大統領選同様に治安悪化懸念の一方、関係深化に向けた取り組みを注視する必要は高い~

西濵 徹

要旨
  • アフリカのケニアで9日に大統領選が行われた。同国は政治的安定も追い風に東アフリカ随一の存在感を示す一方、近年は一帯一路を追い風に中国との関係も深化してきた。足下ではウクライナ情勢悪化による商品高などがインフレを招くなか、中国からの債務急増や中国人労働者の流入が問題となるなか、大統領選では中国との関係が主要テーマとなった。なお、いずれの候補が勝利しても中国との関係は切り離せないなど難しい状況にあるなか、15日に選管は副大統領のルト氏が僅差で勝利したことを公表した。ただし、過去の大統領選では選挙結果を理由に大規模暴動が発生しており、今回も同様の事態に陥る可能性がある。他方、同国はわが国とも歴史的に関係が深く、事態収拾後を見据えた関係深化の方策を探る必要があろう。

アフリカのケニアでは9日、5年に一度の大統領選が行われた。ケニアはサブサハラ(サハラ砂漠以南のアフリカ)地域でナイジェリア、南アフリカ、アンゴラに次ぐ4番目の経済規模ながら、元々英国の植民地であったことも影響して独立後も欧米諸国と関係が深いほか、東アフリカにおいて政治が比較的安定しており、周辺国から多数の難民を受け入れるとともに、和平調停に積極的に関与するなど重要な役割を果たしてきた。また、同国のモンバサ港は東アフリカ最大の貨物取扱量を誇り、歴史的に中東とアフリカを結ぶ拠点となってきたほか、首都ナイロビは東アフリカ経済の中心地であるとともに、周辺国に比べて工業化が比較的進むなどの特徴を有する。他方、アフリカ諸国のなかには経済構造面で鉱業部門への依存度が高い国が少なくないものの、ケニアは鉱物資源の種類及び生産量はともに比較的小さいなど資源国ではなく、GDPの約2割を農業が占めるなど農業国と捉えられる。こうした経済構造ながら、近年は5~6%という堅調な経済成長を実現させる一方、コロナ禍を受けて一昨年は▲0.3%のマイナス成長となるなど影響を免れなかったものの、その後はワクチン接種率が世界的にも極めて低いにも拘らず経済活動の正常化が進められたことで景気回復が進んでいる。一方、原油をはじめとするエネルギー資源のほか、穀物などの食料品を海外からの輸入に依存しており、ウクライナ情勢の悪化を受けたこのところの幅広い国際商品市況の上振れの動きを反映して足下のインフレ率は加速している。さらに、足下の国際金融市場においては世界的なインフレを理由に米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀がタカ派傾斜を強めるなか、世界的なマネーフローが変化しており、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国に資金流出が集中する動きがみられる。同国金融市場は国際金融市場に対して開かれた存在ではないものの、経常赤字と財政赤字の『双子の赤字』を抱えるなど経済のファンダメンタルズは脆弱な上、近年は中国が主導する一帯一路政策に伴う中国からの支援拡大を追い風に対外債務が急拡大する動きがみられる。結果、通貨シリングの対ドル相場は調整の動きを強めており、輸入物価を通じてインフレのさらなる昂進を招く懸念が高まっているほか、足下のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標域の上限を上回る推移が続いている。上述のように足下の同国経済はコロナ禍からの回復が進んでおり、その背後には中国からの支援拡大の動きも影響としたとみられる一方、インフレ昂進の動きは家計部門の実質購買力の重石となるなど景気回復の動きに冷や水を浴びせることが懸念される。さらに、インフレ昂進を理由に中銀は5月に約7年ぶりとなる利上げ(7.00→7.50%)実施に動いたものの、その後もシリング相場は調整局面が続くなど物価上昇圧力となることが懸念されるなか、一段の金融引き締めを迫られることも予想されるなど景気の足かせとなる可能性もくすぶる。こうしたなか、大統領選においてはケニヤッタ現政権下で中国からの借り入れが急拡大したことに加え、この動きに呼応する形で中国人労働者が急拡大したことが社会問題となるなか、事実上の2名による一騎打ち状態となったなかで2名の候補者はこの問題に関する舌戦を演じてきた。

図 1 実質 GDP 及び成長率(前年比)の推移
図 1 実質 GDP 及び成長率(前年比)の推移

図 2 インフレ率とシリング相場(対ドル)の推移
図 2 インフレ率とシリング相場(対ドル)の推移

ケニヤッタ氏は現行憲法規定(3選禁止)に基づく形で出馬することが出来ず、ケニヤッタ氏の下で副大統領を務めたウィリアム・ルト氏と、キバキ前政権の下で首相を務めたライラ・オディンガ氏による事実上の一騎打ちとなった(計4名が出馬)。なお、ルト氏はケニヤッタ氏の後継者と目されていたものの、次第に政権運営を巡って対立が鮮明になってきたほか、その後も両者の溝が一段と広がる事態となった。他方、オディンガ氏とケニヤッタ氏を巡っては、2013年と2017年の大統領選で一騎打ちを演じたほか(ケニヤッタ氏が勝利)、2017年の大統領選では開票を巡る不正行為を理由とする異議申し立てを受けて一旦は無効とされたものの、その後に実施された再選挙でもケニヤッタ氏が勝利を収めるなど長年の政敵として知られる。こうした状況から、最終的にケニヤッタ氏はオディンガ氏を支援する異例の事態となるとともに、世論調査では両者の接戦が予想されてきた。選挙戦においては、ルト氏は現職の副大統領としてインフレ対策に苦慮していることも影響して、近年の中国からの支援拡大とともに増大する中国人労働者対策を強化するとの主張を展開してきた。他方、オディンガ氏はケニヤッタ氏の支援にも拘らず、ケニヤッタ現政権下で中国からの債務が急拡大している上、足下では急拡大する返済に苦慮する状況に直面していることを受けて中国を含む債権者との債務交渉を行うとの主張を展開した。このように両候補が中国に対する姿勢を強めている背景には、直近の世論調査で9割弱の国民が中国からの借り入れが過大との認識を示している上、中国からの支援に関連する汚職及び不正などの疑惑が取り沙汰されていることも影響している。他方、足下の同国経済にとって中国は切っても切り離せない状況にあり、いずれの候補が勝利した場合においても中国との関係構築が最大の課題となることは間違いない。こうしたなか、選挙管理委員会は15日にルト氏の得票率が50.49%、オディンガ氏の得票率が48.85%であったこととして僅差でルト氏が勝利した旨を公表した。ただし、オディンガ陣営からは早くも集計結果を巡る不正を主張するとともに、敗北を認めず異議申し立てを行う考えを示しているほか、選管内部からも集計結果に責任が持てないとの考えが示されるなど混乱も予想される。上述のように、2017年の大統領選では開票作業を巡る不正を理由とする異議申し立てをきっかけに1000人以上が死亡する暴動に発展するなど治安情勢の悪化に繋がったが、今回の結果を受けて早くも同国西部で抗議行動が一部で暴徒化する動きもみられるなど、全国的な暴動や混乱が再燃する可能性も出ている。同国は東アフリカのなかで政治が比較的安定してきたほか、そのことも追い風にわが国とも良好な関係を構築してきた一方、近年は中国が存在感を高めるなかで如何に関係を深化させるかが課題となっている。早期の事態改善を期待する一方、冷静に事態収拾後を見据える形で関係深化の方策を探ることが必要になるであろう。

図 3 対外債務残高の推移
図 3 対外債務残高の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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