中国企業マインドは予想外の底堅さも、雇用を巡る状況に不透明感

~ゼロ・コロナ戦略の旗は降ろせないものの、「適度な」景気下支えの取り組みが進む展開が続こう~

西濵 徹

要旨
  • 中国では先月、北京冬季オリンピックが開催された。ただし、当局の「ゼロ・コロナ」戦略が幅広い経済活動の足かせとなった上、需要喚起効果も限定的なものに留まったとみられる。中国はワクチン接種が進んでいるものの、当局は今秋の共産党大会を前に新型コロナ禍の「制圧」を目指す姿勢を変えられない一方、足下では香港での感染爆発の余波を受ける可能性も高まるなど、引き続き厳しい状況に直面する懸念がくすぶる。
  • 当局のゼロ・コロナ戦略やオリンピック開催に伴う環境対策の悪影響は企業マインドに悪影響を与えると懸念されたが、2月は製造業、非製造業ともに企業マインドは改善するなど底堅さが確認された。国内向けを中心とする受注改善や生産拡大に向けた動きが確認出来る一方、マインドの改善にも拘らず雇用の回復は遅れている。雇用回復の遅れは家計消費など内需の足かせとなるなど、景気回復の重石となる状況が続く。
  • 今週土曜(5日)には全人代の開幕が予定されるなか、政府内では何らかの景気刺激策を用意する向きの発言も出ている。他方、足下では昨秋以降の金融緩和の効果が出る兆候もみられるなか、過去の景気刺激策による弊害も懸念される。よって、今年は緩やかな景気回復の実現に向けた取り組みに留まると予想される。

中国では先月、首都北京市と隣接する河北省張家口市を舞台に冬季オリンピックが開催された。一昨年以降の中国経済を巡っては、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染動向に揺さぶられている。なお、中国国内における新規陽性者数は他の国々と比較して極めて低水準で抑えられているものの、中国当局は『制圧』を目的とする『ゼロ・コロナ』戦略を維持するなど幅広く経済活動が制限される状況が続いている。さらに、冬季オリンピックの開催を前に開催地周辺においては『環境対策』を目的に工場の操業停止が行われるなど、製造業を中心に企業マインドが悪化する動きもみられた。このように中国当局が神経質な対応をみせている背景には、今秋に開催予定の共産党大会(中国共産党第20回全国代表大会)において習近平指導部が異例の3期目入りを目指すなど『政治の季節』が近付いていることも影響している。共産党大会における円滑な権力維持に向けては、北京冬季オリンピックの成功を通じた国威発揚の喚起が必要条件になるなか、中国当局は外部との接触を遮断する徹底したバブル方式により如何なる形でも大会の成功を収めることが必要であったと考えられる。なお、オリンピックの開催に伴う経済効果はその大宗を競技場など施設の建設が占めるため、開催そのものが直接的に景気を押し上げる効果は限定的である。しかし、今回の北京冬季オリンピックは観戦が大会関係者に限定されたため、結果的に需要を喚起する効果は抑えられており、全体的に景気に対する影響はマイナスが大きくなったと捉えられる。他方、欧米など主要国ではワクチン接種の進展を理由に経済活動の正常化を図る『ウィズ・コロナ』戦略が採られ、景気回復が後押しされているが、中国についてもワクチン接種は比較的進んでいる。中国国内で接種されるワクチンには効果などの疑問はくすぶるものの、先月27日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は85.48%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も87.89%と人口の9割近くがワクチンへのアクセスを確保しており、早期にワクチン接種を終えた人に対する追加接種(ブースター接種)比率も38.41%に達している。こうした状況ではあるものの、当局はあくまで『ゼロ・コロナ』戦略の旗を降ろすことが出来ない状況が続いており、1年のうち最も人の移動が活発化する春節(旧正月)連休も帰省が事実上制限されるなど、結果的に中国経済の足かせとなることが懸念される。さらに、足下においては香港が感染爆発状態に陥っており、隣接する深圳、上海などで香港からの来訪者を中心に感染が確認されるなど、再び感染動向が厳しさを増す可能性も高まっている。

図 1 中国国内における感染動向の推移
図 1 中国国内における感染動向の推移

なお、1日に政府機関である国家統計局が公表した2月の製造業PMI(購買担当者景況感)は50.2と好不況の分かれ目となる水準を維持するとともに、前月(50.1)から+0.1pt上昇するなど底堅い動きが確認されている。足下の生産動向を示す「生産(50.4)」は前月比▲0.5pt低下するなど生産は下振れしている一方、先行きの生産に影響を与える「新規受注(50.7)」は同+1.4pt、「輸出向け新規受注(49.0)」も同+0.6pt上昇しており、内需向けを中心に受注が底入れしている様子がうかがえる。なお、減産の動きが続いていることを受けて「完成品在庫(47.3)」は前月比▲0.7pt低下するなど在庫調整が進んでいる一方、先行きの生産拡大に向けて「輸入(48.6)」は同+1.4pt上昇しているほか、「購買量(50.9)」も同+0.7pt上昇するなど原材料の調達を活発化させる動きがみられる。他方、原油をはじめとする国際商品市況の上昇の動きを反映して「購買価格(60.0)」は前月比+3.6ptと大幅に上昇して4ヶ月ぶりの水準となっており、当局による事実上の製品価格への転嫁が制限されていることを勘案すれば、企業部門にとってはコスト増による業績圧迫要因となることが懸念される。さらに、受注動向の改善による生産拡大期待にも拘らず、「雇用(49.2)」は前月比+0.3pt上昇するも引き続き50を下回る推移が続くなど調整圧力がくすぶっており、家計消費など内需の回復の足かせとなる状況が続いている。

図 2 製造業 PMI の推移
図 2 製造業 PMI の推移

また、サービス業や建設業の企業マインドを示す2月の非製造業PMIも2月は51.6と好不況の分かれ目となる水準を維持するとともに、前月(51.1)から+0.5pt上昇するなど製造業と同様に底堅い動きをみせている。ただし、足下の生産活動は堅調さを維持しているものの、先行きの動向に影響を与える「新規受注(47.6)」は前月比▲0.2pt低下している一方、「輸出向け新規受注(48.1)」は同+2.1ptと大幅に上昇するもともに50を下回る水準で推移しており、受注動向の回復は道半ばの状況にある。さらに、国際商品市況の上昇に伴うコスト上昇圧力の高まりを反映して「購買価格(53.9)」は前月比+1.8pt上昇するなど、製造業と同様に企業部門にとり業績圧迫要因となることが懸念される動きもみられる。また、マインドの改善を受けて「雇用(48.0)」も前月比+1.1pt上昇しているものの、引き続き50を大きく下回る水準に留まるなど調整圧力がくすぶっており、非製造業における雇用創出能力が低下していることも家計消費など内需の足かせとなる可能性がある。分野別では「サービス業(50.5)」は前月比+0.2pt上昇しているものの、今年は例年の春節連休に比べて盛り上がりを欠いたことに加え、当局による『ゼロ・コロナ』戦略に伴う行動制限の影響で小売関連は弱含んでいるほか、昨年以降における不動産市場における調整圧力が重石となる形で関連サービスも低調な推移が続いている。他方、「建設業(57.6)」は前月比+2.2ptと大幅に上昇しており、インフラ関連を中心とする公共投資の進捗前倒しの動きに加え、一部の大都市部において不動産市況に底打ちの動きが出ていることもマインドを下支えしている。ただし、こうした動きは足下の企業行動が『政策頼み』の様相を一段と強めていることを示唆している。

図 3 非製造業 PMI の推移
図 3 非製造業 PMI の推移

一方、世界経済の動向との連動性がより高い民間統計である財新製造業PMIは1月に好不況の分かれ目となる水準を下回るなど景気減速が意識されたものの(注1)、2月は50.4と前月(49.1)から+1.3pt上昇して2ヶ月ぶりに好不況の分かれ目となる水準を回復するなど底入れが確認された。足下の生産動向を示す「生産(50.1)」は前月比+1.7pt上昇して辛うじて50を上回る水準を回復したほか、先行きの生産を左右する「新規受注(51.5)」も同+3.0pt、「輸出向け新規受注(48.3)」も同+1.8pt上昇しており、政府統計と同様に内需向けを中心とする受注の底入れが進んでいる様子がうかがえる。なお、生産底打ちの動きにも拘らず「完成品在庫(47.6)」は前月比▲0.9pt低下するなど在庫調整が進んでいるほか、先行きの生産拡大の動きを見据える形で「購買量(50.4)」は同+0.8pt上昇するなど、先行きに明るい材料もみられる。また、原油をはじめとする国際商品市況の上昇の動きを反映して「調達価格(54.6)」は前月比+2.0pt上昇するなどコスト増圧力に繋がっている一方、輸出財を中心に価格転嫁の動きが広がっていることを反映して「出荷価格(53.1)」も同+0.5pt上昇しており、コスト増の影響を幾分緩和する動きもみられる。ただし、マインドの堅調さにも拘らず「雇用(48.5)」は前月比+0.6pt上昇するも引き続き50を大きく下回るなど調整圧力がくすぶる状況は変わらず、雇用の回復の遅れが景気回復の足かせとなっている。

図 4 財新製造業 PMI の推移
図 4 財新製造業 PMI の推移

中国では今週土曜(5日)に全人代(全国人民代表大会)の全体会議が開幕し、昨年の経済運営の総括、及び今年の経済成長率目標や今年度予算など経済政策の運営方針を示す「政府活動報告」が公表される。昨年の経済成長率は+8.1%と10年ぶりの高水準となったものの、統計上のプラスのゲタは+6.3ptと試算されるなど『実力』は極めて低く、実態は踊り場状態が続いてきたほか(注2)、上述のように足下においても雇用の回復が遅れるなど景気の足かせとなる要因は山積している。全人代開幕を前に政府からは「消費喚起に向けて可能な限りあらゆる措置を講じる必要がある」(王文濤商務部長)といった発言がなされるなど、何らかの景気刺激策に動くとの見通しが高まっている。さらに、上述のように今秋に共産党大会の開催が控えるなど政治的に重要な時期を迎えていることを勘案すれば、財政及び金融政策を通じた景気下支えに対する期待は高まると見込まれる。他方、昨年末以降の中銀による金融緩和も追い風に資金繰りを取り巻く状況に改善の兆候がみられる上、過去においては過大な景気刺激策が素早い景気回復を促す一方、過剰債務など『灰色のサイ』と称される中国経済を巡る問題の元凶となってきたことを勘案すれば、緩やかな景気回復の実現に向けた取り組みに留めると予想される。その意味では中国経済の回復に過度な期待を抱くことは禁物と言える。

図 5 クレジット・インパルスの推移
図 5 クレジット・インパルスの推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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