インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

タイの2021年の成長率は+1.6%、「ポスト・コロナ」へ着実に前進

~議会下院の任期は残り約1年に迫るなか、経済のみならず政治にとっても重要な時期に~

西濵 徹

要旨
  • 昨年のASEANはデルタ株による新型コロナ禍の影響が直撃し、タイではサプライチェーンの混乱や外国人観光客の激減が経済の混乱に繋がった。ただし、ワクチン接種が進むとともに、昨年末にかけては感染動向が改善したことで人の移動も底入れするなど景気回復を示唆する動きが確認された。なお、足下ではオミクロン株による感染拡大が直撃しているが、政府はワクチン接種の進展も理由に「ウィズ・コロナ」戦略を維持している。政府及び中銀による景気下支えも追い風に、タイ経済は「ポスト・コロナ」に向けて前進している。
  • 昨年末にかけての感染動向の改善や世界経済の回復を受け、昨年10-12月の実質GDP成長率は前期比年率+7.46%と3四半期ぶりのプラス成長に転じた。財輸出を中心に外需が底入れしたほか、設備投資も底打ちするとともに、ペントアップ・ディマンドの発現も相俟って家計消費も拡大するなど、内・外需双方で景気は底入れしている。外国人観光客に対する規制緩和を受けて関連産業の生産も底入れするなど、幅広い分野で景気の底入れが確認された。足下のタイ経済は着実に底入れの動きを強めていると捉えることが出来る。
  • 昨年の経済成長率は+1.6%と2年ぶりのプラス成長となるも、その実力は1%未満に留まったと判断出来る一方、政府は今年の成長率見通しを+3.5~4.5%に維持するなど新型コロナ禍の克服が進むと見込まれる。足下では国際金融市場の環境変化にも拘らず、景気回復期待も追い風に通貨バーツ相場は底入れが進む。タイ経済は「ポスト・コロナ」に向けて着実に前進しているが、先行きはインフレを理由に中銀は金融引き締めを迫られるなど景気に冷や水を浴びせる可能性もある。景気は引き続き外部環境に揺さぶられる一方、向こう1年のうちに総選挙が予定されており、経済、政治の両面で重要な1年になると予想される。

昨年のASEAN(東南アジア諸国連合)諸国を巡っては、感染力の強い変異株(デルタ株)により世界的な新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染拡大の中心地となったほか、感染対策を目的とする行動制限の再強化により幅広い経済活動に悪影響が出たほか、域内に張り巡らされたサプライチェーンの混乱は域内外の経済活動の足かせとなる事態を招いた。なかでも、タイはASEAN内でも製造業を中心とする産業の集積度合いが高く、ASEANのみならずのみならず世界的なサプライチェーンの核のひとつとなっており、同国での感染拡大による行動制限の再強化の動きは世界的な物流の停滞を招き、わが国の生産活動にも悪影響を与えた。さらに、同国は新型コロナ禍前における外国人観光客数が世界で8番目(2019年)であるなど、経済に占める観光関連産業の割合がASEAN内でも頭抜けており、世界的な人の移動の停滞による外国人観光客数の激減は関連産業の悪化に加え、経常収支の悪化を招くなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さに繋がった。なお、タイは当初こそワクチン接種が世界的にも遅れたものの、中国の『ワクチン外交』のほか、日本や米国による無償供与などを通じて調達を積極化させた結果、同国の新規陽性者数は昨年8月半ばを境に鈍化したほか、昨年末にかけて減少傾向を強めるなど感染動向は改善してきた。こうしたことから、タイ政府は昨年9月以降ワクチン接種を前提に経済活動の正常化を図る『ウィズ・コロナ』戦略に舵を切ったほか、昨年7月には一部の地域を対象にワクチン接種済みの外国人観光客に対する隔離義務の撤廃(タイランドパス)を導入し、11月にはその対象を拡大させるなど観光振興を図ってきた。こうした動きも追い風に昨年末にかけては人の移動が底入れしたほか、欧米を中心とする世界経済の回復に伴う外需の押し上げを受けて企業マインドは改善するなど、景気回復に繋がる動きがみられた。しかし、昨年末に南アフリカで確認された新たな変異株(オミクロン株)はその後世界的に感染が広がるなか、ASEAN諸国においても感染確認が確認されたため、同国政府は昨年末に外国人観光客に対する隔離免除(タイランドパス)を一時停止した(注1)。そして、年明け以降は新規陽性者数が再拡大したことを受けて政府は行動制限の再導入に舵を切るなど景気に冷や水を浴びせる懸念が高まった。しかし、オミクロン株は他の変異株に比べて感染力が極めて高い一方、陽性者の大宗を無症状者ないし軽症者が占めるなど重症化率が低いとみられるなか、政府は今月からワクチン接種済みの外国人観光客への隔離免除を再開しているほか、行動制限も段階的に緩和するなど『ウィズ・コロナ』戦略を維持している。なお、足下の新規陽性者数は依然高止まりしているものの、ワクチン接種率は完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)が7割強、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も75%強に達している上、昨年8月に開始された追加接種(ブースター接種)も接種率は27.32%(2月19日時点)となるなど着実に進んでいる。こうしたことも同国政府が『ウィズ・コロナ』戦略を維持する一因になっているとみられるほか、年明け直後に下押し圧力が掛かった人の移動は早くも底打ちする動きが確認されるなど、景気減速懸念は急速に後退している。そして、同国政府は先月末に総額532億バーツ(GDP比0.3%)規模の消費及び観光支援策を了承するなど景気下支えに動いているほか、中銀も今月9日に開催した直近の定例会合においてオミクロン株による経済への影響を『限定的』と評価した上で、現行の緩和政策により景気回復を下支えする考えをみせている(注2)。よって、足下の感染動向は悪化の度合いを強めるなど不透明感が高まる動きがみられるものの、タイ経済は『ポスト・コロナ』を見据えた動きが前進していると捉えられる。

図 1 タイ国内における感染動向の推移
図 1 タイ国内における感染動向の推移

図 2 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推
図 2 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推

なお、上述のように昨年末にかけては感染動向の改善が進んで行動制限が緩和されたことで人の移動の底入れが進んだことに加え、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復を追い風に外需を取り巻く環境の改善が進んでいることも追い風に、昨年10-12月の実質GDP成長率は前期比年率+7.46%となり、前期(同▲3.60%)から3四半期ぶりのプラス成長となるなど景気後退局面(リセッション)を脱している。中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+1.9%と前期(同▲0.2%)から2四半期ぶりのプラス成長に転じており、昨年通年の経済成長率も+1.6%と前年(▲6.2%)から2年ぶりのプラス成長となるなど着実に底入れが進んでいることが示されている。ただし、実質GDPの水準は新型コロナ禍の影響が及ぶ直前の2019年末時点と比較して▲2.8%程度下回る水準に留まっている上、昨年の経済成長率を巡っては+0.8pt程度のプラスのゲタが生じていることを勘案すれば、実力ベースの成長率は1%に満たない水準に留まるなど、新型コロナ禍の影響が依然として深刻である様子がうかがえる。世界経済の回復の動きに加え、ASEAN周辺国においても感染収束を追い風に経済活動の正常化の動きが広がるなどサプライチェーンの回復が進んでいることも追い風に財輸出は大きく押し上げられている。さらに、財輸出の底入れの動きに加え、経済活動の正常化が進んでいることも追い風に企業部門による設備投資需要も底入れしたほか、雇用環境の改善が進むとともに、経済活動の正常化も追い風に家計部門によるペントアップ・ディマンドの発現も重なり家計消費も底入れが進むなど、幅広く内需が押し上げられたことも景気の底入れを促している。さらに、景気下支えに向けた政府による財政出動の動きを反映して政府消費も拡大が続いており、内・外需双方で景気の底入れが進んでいる。なお、前期については在庫投資の成長率寄与度が大幅プラスとなっており、在庫の積み上がりにも拘らずマイナス成長となるなど内容はみため以上に悪かったものの、当期については寄与度が大幅マイナスに転じており、在庫調整が進んでいる様子がうかがえる。分野別の生産の動きを巡っても、外国人観光客数の底入れを反映して観光関連産業の生産が大きく拡大しているほか、経済活動の正常化による家計消費の活発化も追い風に幅広くサービス業の生産は拡大している上、外需の堅調さやサプライチェーンの回復も追い風に製造業の生産も大きく底入れしている。このように足下のタイ経済は着実に底入れの動きを強めていると捉えられる。

図 3 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推
図 3 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推

図 4 民間消費動向の推移
図 4 民間消費動向の推移

 図 5 民間投資動向の推移
 図 5 民間投資動向の推移

なお、タイ政府(国家経済社会開発評議会)は10-12月のGDP統計公表に際して、今年の経済成長率見通しを+3.5~4.5%になるとの従来見通しを据え置いており、その理由として①内需の回復、②観光部門の回復、③財輸出の継続的な拡大、④公的支出による支援、を挙げている。今年の経済成長率については統計上のプラスのゲタが+0.9ptと昨年並みの水準に留まると試算されることを勘案すれば、政府見通しは実力ベースで+2%台半ば~3%台半ばと試算されるなど、タイ経済は新型コロナ禍前の水準に回帰すると捉えられる。ただし、外国人観光客数について今年は550万人に回復すると予想しているものの、新型コロナ前(3,980万人(2019年))を大きく下回る水準に留まることを勘案すれば、その回復の度合いは極めて緩慢なものに留まることは避けられない。他方、足下の国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)をはじめ主要国中銀が引き締め方向にシフトしており、新型コロナ禍を経た全世界的な金融緩和による『カネ余り』の手仕舞いが意識されるなど、新興国のマネーフローに影響を与えることが懸念される。さらに、足下ではウクライナ問題を巡る不透明感の高まりも相俟って世界的なインフレ懸念が高まっており、主要国中銀による『タカ派』傾斜が強まると見込まれることから、新興国にとっては資金流入の先細りないし流出に繋がることが警戒される。こうした懸念にも拘らず、タイの通貨バーツ相場は足下で底入れの動きを強めており、こうした背景にはタイ経済を巡って景気回復を示唆する動きが確認されている上、足下においてはオミクロン株を巡る不透明感にも拘らず政府は『ウィズ・コロナ』戦略を維持しており、先行きにおいても景気の底入れが進むとの期待が影響しているとみられる。さらに、外国人観光客に対する規制緩和の動きは赤字に転じた経常収支の回復を促すなど、経済のファンダメンタルズの改善に資するとの期待も資金流入を促す一助になっているとみられる。他方、足下のインフレ率は国際原油価格の上昇も追い風に中銀の定めるインフレ目標を上回る推移が続いており、中銀は現行の緩和姿勢の継続による景気下支えに注力する考えをみせているものの、金融引き締めを迫られるなど景気に冷や水を浴びせる可能性もある。よって、足下のタイ経済は着実に『ポスト・コロナ』を見据えた動きを前進させているものの、先行きについては引き続き国際金融市場や世界経済の動向など外部環境に揺さぶられやすい展開となることは避けられない。また、タイ政治を巡っては現在の議会下院(人民代表院)の任期は2023年3月と残り1年近くとなるなか、新型コロナ禍を経てプラユット政権に対する反発のほか、王政に対する反発も強まるなど不透明な状況が続いており(注3)、景気回復が遅れれば現政権に対する反発の動きが広がることも予想される。その意味では、向こう1年間は経済のみならず、政治の行方にとっても重要な期間になると考えられる。

図 6 バーツ相場(対ドル)の推移
図 6 バーツ相場(対ドル)の推移

図 7 経常収支の推移
図 7 経常収支の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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