英仏漁業戦争は延長戦へ

~2日の制裁発動はひとまず見送りへ~

田中 理

要旨
  • 英国とフランスの漁業権を巡る対立は、フランス側が設定した2日の制裁発動期限を前に合意に達することはできなかったが、協議の継続を理由に制裁発動はひとまず見送られた。来年春に再選を目指す大統領選挙を控えるマクロン大統領は強硬姿勢を崩さないが、他のEU諸国はフランスの漁業者のために英国との対立をさらにエスカレートさせたくないのが本音。このまま両者の緊張が激化し、制裁措置や報復措置の応酬にまで発展する可能性は低い。だが、一連のブレグジット関連協議を通じて、英国のジョンソン首相とフランスのマクロン大統領の間には不信感が渦巻いている。同時に進む北アイルランドの運営方針見直し協議で英EU間の緊張がエスカレートし、英国が北アイルランド議定書の一部効力を一方的に停止したり、EU側が報復関税を発動するリスクには引き続き警戒が必要となろう。

ブレグジット後の英国領海でのフランス漁船の操業継続を巡って、両国間の緊張が高まっている。フランスは9月に英王室属領ジャージー島の自治政府が、フランス漁船の漁業歴の証明が不十分として一部漁業者の免許更新を拒否したことに抗議しており、英国が離脱合意に違反していると主張している。離脱合意によれば、近年の漁業歴が証明できる場合に操業継続が認められるが、具体的にどの程度の証明記録が必要かは定められていない。通常、大型漁船には船舶の位置情報などをリアルタイムに記録する船舶自動識別装置(AIS)が搭載され、漁業歴の証明が容易だが、小型漁船はこうした装置を搭載していないことが多い。ジャージー島の自治政府による判断が、フランスの小型漁船を事実上排除するための決定だったと非難している。

フランス政府は先月27日、本件について11月2日までに英国との間で合意できない場合、①英国漁船がフランスの港で陸揚げすることを阻止する、②英国漁船に対する保安検査を強化する、③英国製品に対する国境検査の対象を拡大する、④ドーバー海峡を渡るトラックの検査を強化する―制裁措置を発動することを通告してきた。これとは別に、フランスからの海底ケーブルに依存するジャージー島への電力供給を遮断する可能性も警告している。英国政府はフランスが制裁発動に踏み切る場合、対抗措置を講ずる準備があるとしている。

英国のジョンソン首相とフランスのマクロン大統領は先月31日、主要20ヵ国・地域首脳会議(G20首脳会議)が開催されたイタリア・ローマで会談し、漁業問題について話し合ったが、亀裂は逆に深まったとされる。制裁発動期限が迫るなか、英国、ジャージー島、フランス、欧州委員会の関係者が1日に集まり、問題解決に向けて協議したが、結論は出なかった。英国・グラスゴーでの第26回気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)を訪れたフランスのマクロン大統領は同日、協議が続けられていることを理由に、ひとまず2日の制裁発動は見送る方針を示唆した。

英国・フランスともに経済活動に占める漁業の割合は僅かで、制裁が発動された場合も経済的な打撃はそれほど大きくない。だが、英国とEU間の物流拠点であるドーバー海峡での国境検査が強化されれば、ブレグジットとコロナ禍で深刻化する英国の物流混乱やモノ不足に拍車が掛かる恐れがある。英国は今回の漁業問題を、難航する北アイルランド議定書の運営見直し協議の交渉材料の1つに使おうとしているほか、EUに懐疑的な有権者へのアピール材料につなげようとしている。対するフランスのマクロン大統領も、再選を目指す大統領選挙を来年4月に控えており、極右候補や右派候補に対抗するためにも安易な妥協はできない。

ただ、多くのEU諸国にとってみれば、フランスの僅か数百の漁業者のために英国との対立をさらにエスカレートさせたくないのが本音だ。このまま両者の緊張が激化し、制裁措置や報復措置の応酬にまで発展する可能性は低い。例えば、暫定的に操業継続を認め、今後も協議を継続するなどの妥協案が模索されよう。もっとも、一連のブレグジット関連協議を通じて、英国のジョンソン首相とフランスのマクロン大統領の間の信頼関係は大きく損なわれ、今や両者の間には不信感が渦巻いている。こうしたなか、同時に進む北アイルランド協議で英EU間の緊張関係がエスカレートし、英国が北アイルランド議定書の一部効力を一方的に停止したり(議定書第16条の発動)、EU側が対抗措置として報復関税を発動するリスクには、引き続き警戒が必要となろう。

以上

田中 理

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 欧州・米国経済

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