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2021.10.06
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英ガソリン危機の行き着く先
~「不満の冬」再来で北アイルランド協議の禁じ手発動も~
田中 理
- 要旨
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- トラック運転手不足とパニック買いが引き起こした英国のガソリン危機は、ガソリンスタンドへの輸送支援で軍関係者の派遣が開始されたこともあり、一部でガソリン不足が解消に向かいつつある。パニック買いが収まれば、ガソリン危機は収束に向かうとみられるが、ブレグジットやコロナで一段と深刻化したトラック運転手不足が解消されない限り、今後も断続的に物流混乱や品不足が起きる可能性がある。冬場の物流繁忙期に向けて、品不足と物価高で英国民の不満が爆発する恐れもある。こうしたなか、英国の離脱担当相が北アイルランド議定書の一部効力を停止する第16条の発動を示唆しており、物流混乱の責任をEUに押し付ける不安もある。11月初旬に英グラスゴーで開催されるCOP26の閉幕後、英国が第16条の発動に踏み切れば、EU側が報復関税などで対抗することが予想され、英EU間に緊張が走ることは避けられない。
深刻なトラック運転手不足に見舞われている英国では先月下旬、石油元売り会社が十分な燃料輸送手段を確保できないことを理由に、一部のガソリンスタンドを閉鎖した。英国でトラック運転手が不足している背景には、厳しい労働条件や低い賃金水準で若者の業界離れが進むなか、定年を迎える運転手の補充ができなかったことに加え、ブレグジットやコロナ禍で多くの移民労働者が自国に戻ったことや、税制変更でEU市民の税負担が増したことなどが重なった。トラック運転手不足の影響は市民生活にも影を落としており、ここ数ヵ月、スーパーマーケットやファースト・フード店で品不足が常態化している。また、世界各国の気候変動対策強化と経済活動再開による需給逼迫が重なり、足元で世界的なエネルギー不足と資源高が広がっている。
こうした最中のガソリンスタンド閉鎖は、燃料不足を懸念した消費者のパニック買いを招き、ガソリン不足に拍車を掛けている。在庫のあるガソリンスタンドの前には給油を待つ車の長蛇の列ができ、タンクローリーが到着したガソリンスタンドがソーシャルメディアで配信されるやいなや人々が殺到し、すぐに在庫が底を突く状況にある。パニック買いが一巡した地域ではガソリン不足が解消されつつあるが、ロンドンやイングランド南東部ではガソリン不足が続いている。
英国政府はこうしたガソリン不足に対処するため、陸軍の輸送車両操縦者を訓練し、ガソリン輸送支援に動員することを決定。重量物運搬車両(HGV)免許の有効期間を延長したほか、石油元売り会社間で燃料供給量の情報共有を可能にするため、競争法の適用を一時的に停止することを発表した。また、HGV免許保有者の職場復帰を促し、4000人に再訓練を提供する方針を示唆している。さらに、計5000人の外国人のタンクローリー運転手やトラック運転手に対して、クリスマスまでの時限措置として短期の就労ビザを発給することを決定した。今週からはタンクローリーの操作方法や安全手順の訓練を終えた軍人の派遣が開始された。
パニック買いが収まれば、ガソリン不足は解消に向かうとみられるが、構造的なトラック運転手不足が解消されない限り、今後も断続的に物流混乱や品不足が起きる可能性がある。これから年末に向けては物流繁忙期と重なる。クリスマス時期の品不足や物流混乱、さらには足元で広がる物価高が続けば、英国民の不満が爆発する恐れもある。1970年代後半の労働党キャラハン政権時代に、ポンド危機後の歳出削減が公務員の大規模ストライキに発展した「不満の冬」に擬える見方もある。企業関係者の間では移民労働者の積極的な受け入れを求める声も聞かれるが、ジョンソン首相は保守党党大会の演説で、ブレグジット後・コロナ後の英国が目指すのは、高賃金、高スキル、高生産性経済への移行であり、移民頼みの時代には戻らないと宣言。ガソリン不足や供給網の混乱は政府の責任ではなく、移民頼みで資本や人材への投資を怠ってきた企業に責任があると反論した。
家計や企業の不満が高まるなか、英国政府が物流混乱の責任をEUに押し付ける不安もある。フロスト離脱担当相は保守党党大会の場で、北アイルランド議定書の見直し協議にEU側が応じない場合、同議定書の第16条に基づき、議定書の一部効力停止に踏み切る可能性があることを示唆した。第16条では北アイルランドに経済的・社会的に深刻な影響を及ぼしていると判断される場合、英国とEUの何れの当事者も議定書の一部効力を停止できることが定められている。英国政府は7月に現在の北アイルランドを取り巻く環境が第16条の発動条件を満たしているとし、EU側に揺さぶりをかけた経緯がある。
先月の訪米でバイデン大統領と会談したジョンソン首相は、北アイルランド和平を脅かさないように釘を刺された。英国は来月初旬に国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議(COP26)の議長国を務める。COP26閉幕後、年末に向けて品不足と物価高で英国民の不満が高まると同時に、北アイルランド議定書の見直しを巡って英EU関係が悪化する場合、英国が第16条の発動に踏み切ることを不安視する声も一部で聞かれる。
田中 理
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。