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ドイツ選挙、勝利政党よりも連立協議が肝

~連立協議の難航による政治空白や政治安定の綻びが懸念~

田中 理

要旨
  • 26日に投開票が迫るドイツ連邦議会選挙は、中道左派の連立パートナー・社会民主党(SPD)が逃げ切りそうだ。ただ、過去には第一党が政権や首相の座を獲得できなかったこともある。各党間の政策相違を考えると、SPDが主導する信号連立よりも、中道右派の現与党・キリスト教民主同盟(CDU)が主導するジャマイカ連立の方が僅かに合意しやすい。何れにせよ連立協議の難航は避けられない。連立協議の長期化による政治空白、他の連立選択肢が除外されていく過程で、左翼党が加わる左派連立政権誕生への不安や、再選挙や非多数派政権誕生による政治安定の綻びが意識される可能性がある。

投開票日まで2週間を切ったドイツ連邦議会選挙は、現政権の連立パートナーで中道左派の社会民主党(SPD)がリードを保ったまま終盤に入った(図表1)。SPDに逆転を許した現与党を率いる中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)は、メルケル首相の選挙応援でテコ入れを図り、20%台前半で支持が下げ止まった模様だが、SPDとの差が縮まる気配はない。3番手につけている環境政党・緑の党に一時の勢いはなく、引き続きじりじりと失速している。週末に行われたCDUの姉妹政党・キリスト教社会同盟(CSU)の党大会はラシェット候補支持で団結した。これで支持低迷を打開する切り札として、CSUのゼーダー党首を新たな首相候補に擁立する可能性はなくなった。12日にはCDU、SPD、緑の党の首相候補が集まり、2度目のテレビ討論会が行われた。「どの候補が最も説得力があった」かを尋ねた直後の緊急世論調査では、SPDのショルツ候補が41%を集め、CDUのラシェット候補が27%、緑の党のベアボック候補が25%にとどまり、選挙戦の流れを変えるものとはなりそうにない。19日に3候補による3回目のテレビ討論会があり、投開票日直前の23日に主要政党の首相候補が揃い踏みする最後のテレビ討論会が予定されている。

選挙戦は政策論争よりも、誰が首相候補に相応しいかを中心に進んでいる(図表2)。二大政党支配からの変化を感じさせる40歳の女性候補の擁立で一時は大きくリードした緑の党は、ベアボック候補の党助成金の申告漏れ、経歴書の誤記載、著作の盗用疑惑などが相次いで発覚し、勢いを失った。緑の党を逆転し、勝利目前とみられたCDUは、ラシェット候補が洪水被災地で談笑する姿がメディアで報じられ、その後の支持低迷から抜け出せずにいる。そうしたなかで、現政権の財務相兼副首相として、堅実な政策手腕が評価されてきたSPDのショルツ候補が支持を集めている。連立政権下でCDU・SPDの二大政党間の政策距離が縮小したことや、各党が揃って気候変動対策の強化を訴えていることも政策論争の停滞につながっている。16年に及んだメルケル施政からの変化を求めつつも、緑の党に政権を託すほどの極端な変化を求めない“やや保守的な”有権者が、SPDの支持拡大につながっている面もある。

図表
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余程のことがない限り、このままSPDがリードしたまま選挙戦は終わりそうだ。投開票日直前の出来事が態度を決めかねている有権者の投票行動を左右することもあるが、今回はコロナ禍が続くなかでの選挙ということもあり、郵送投票の利用者が一段と増えるとみられる。2017年の前回選挙では過去最多の28.6%が郵送投票だった。郵送投票用紙は8月中旬に申込者に発送され、投開票日の3日前までに投函することが推奨されている。ただ、SPDの勝利が直ちにSPD主導の政権誕生を意味する訳ではない。1969年・1976年・1980年の連邦議会選挙では、何れもCDUが姉妹政党のCSUと合わせた合計議席で第一党となったが、SPDが自由民主党(FDP)と連立を組み政権を発足した。今回の選挙では上位3党の支持が20%前後で拮抗しており、単独での政権発足は難しい。どの政党主導の政権が誕生し、誰がポスト・メルケルの栄冠を勝ち取るかは、連立協議の行方にかかっている。

世論調査から推測される連立の組み合わせは、①SPD、緑の党、FDPの3党による信号連立(赤緑黄連立)、②CDU、緑の党、FDPのジャマイカ連立(黒緑黄連立)、③SPD、緑の党、左翼党(Linke)による左派連立(赤緑赤連立)が考えられれる(図表3)。SPDと緑の党の支持層の多くは中道寄りの有権者で、旧東ドイツの支配政党の流れを汲み、党内に反資本主義や反北大西洋条約機構(NATO)を掲げるグループが存在する左翼党の連立参加には、少なからず抵抗がある。第一党となったSPDは①の連立を目指すが、親ビジネスのFDPはSPDと緑の党が手を組む連立政権への参加に消極的とみられる。②の選択肢の場合、CDUとFDPの政策軸は近いが、特に税・財政運営を巡って緑の党との政策距離が遠い。緑の党は気候変動対策の強化を条件に連立参加を受け入れる可能性がある。何れの連立協議もまとまらなければ、④SPDとCDUの二大政党による大連立(赤黒連立)、それでは議会の過半数に届かない場合、⑤二大政党にFDPを加えたドイツ連立(赤黒黄連立)や、⑥二大政党に緑の党を加えたケニア連立(赤黒緑連立)も選択肢となる。最近まで大連立下で支持低迷に苦しんできたSPDは、大連立に否定的だが、自らが主導する形の大連立であれば受け入れる可能性がある。その場合、CDUがどういう条件で連立パートナーとしての立場を受け入れるのかなどの問題が残る。

こうしてみると、投開票直後に次期政権の枠組みが見えてくる可能性は低い。前回2017年の連邦議会選挙では、連立協議の難航により政権発足までに半年近くを要した(図表4)。選挙結果そのものよりも連立協議の難航が金融市場の動揺を誘った。今回も連立協議の長期化による政治空白、他の連立選択肢が除外されていく過程で、左翼党が加わる左派連立政権誕生への不安や、再選挙や非多数派政権誕生による政治安定の綻びが意識される可能性がある。党内に大連立への再参加に否定的な声が多かったSPDは、前回の選挙後の連立協議で、予備協議や正式協議を開始するか、合意内容を受け入れるかの最終判断を党大会や郵送投票での採決に委ねた(図表5)。今回も党員投票を行うかは今のところ分からないが、連立協議の過程で難しい妥協を迫られる場合、党内からそうした声が高まることも考えられる。議会政治の混乱がナチス台頭につながった反省もあり、政治安定を重視してきたドイツでは、非多数派政権や再選挙の前例はない。ただ、何れの連立選択肢も合意できない場合、大統領は非多数派政権を誕生するか、議会を解散して再選挙を行うかの決断を迫られる(図表6)。

図表
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田中 理


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