メタルショックとウッドショック

~輸入インフレの猛威~

熊野 英生

要旨

2021年春先から、北米木材の輸入価格が急上昇して、ウッドショックと呼ばれた。同時に、鉄鋼・非鉄・金属などの材料高騰が業界を苦しめるメタルショックも起きている。そこには原油高騰も加わって、製造業の収益環境を圧迫しようとしている。データは、まだ1~3月の企業収益には十分に表われていないが、今後4~6月以降の収益状況ではその悪影響が表面化してくるだろう。

木材・金属・石油の価格高騰

多くの人は、製造業が輸出拡大で潤っていると思っているだろう。しかし、最近になって少し事情が変わってきている。原材料の高騰があまりにも急激に進み、製造業でも採算悪化を警戒するようになっているからだ(図表1)。輸入物価の上昇に押されて、国内企業物価の水準は、2014年の山のピークを越えて、2009年に次ぐ二番目の山を迎えている(図表2)。

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その内訳では、特に、金属、非鉄、鉄鋼、木材・木製品の分野では、輸入コストの上昇が著しい。例えば、輸入物価は、2021年6月の前年比が全体で28.0%まで高まっている。その内訳は、金属素材が90.1%、石油・石炭・天然ガスが76.9%、木材・木製品・林製品が32.1%と高くなっている(図表3)。

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もっと細目までみると、原材料価格が短期間で2倍以上と常軌を逸した上昇ペースになっているものもある。金など貴金属地金は、コロナ禍の当初の2020年3~6月にも市況が下落せず、現在に至っている。2021年6月と2019年6月を比較すると、輸入される銀地金が1.92倍、パラジウム地金が1.93倍である。そのほか、銅地金、すず地金、アルミ地金、鉄鉱石、鉄くずなども劇的に上昇している。少し前に、日本全国各地で、公園の水道の蛇口が外されて何者かに盗まれるという事件が頻発していた。蛇口は真鍮製で、その真鍮は銅と亜鉛の合金である。同じような手口の犯罪は、2007年にも起こっていて、当時も金属価格が高騰していたことを思い出す。

今回の素原材価格の高騰は、上昇ペースが速くて範囲も広い。何度も起こっている原油高騰と一緒に、鉄鋼・非鉄・金属、木材などの価格高騰が同時に襲ってきた格好だ。オイルショック、メタルショック、ウッドショックの3つの波が押し寄せてきて、素材産業を直撃している。鉄鋼、非鉄、金属製品の業界だけではなく、自動車、造船・重機、一般機械や建設業にも波及してきており、価格転嫁における摩擦を生じさせている。

緊急事態宣言の見えにくいコスト

日本経済は、緊急事態宣言によって内需回復の足を引っ張られているから、国民目線では物価上昇という実感は乏しいかもしれない。しかし、海外はワクチン接種の進捗によって急回復し、金融緩和と相まって、成長の副作用として原材料価格高騰を引き起こしている。

日本のワクチン効果が遅いから、ワクチン効果が早く効いた海外で生じたインフレ圧力が国内にやってきて逆風にさらされている構図である。ワクチン接種が遅れたことの代償とも言える。

今後、日本にとっては、輸入インフレによって、製造業から非製造業へと価格上昇が進んで、国内の購買力が奪われることになろう。その結果、景気回復は相対的に遅れる。

業界ショック

北米木材価格が高騰するウッドショックは、2021年5月頃から騒がれている。住宅の柱や梁に使う輸入米材製材は、2021年6月は前年比1.88倍に値上がりしている。米住宅市場は過熱気味で、ケースシラー指数は5月は前年比17.0%も上がっていて、そうした住宅高騰を背景に北米の木材木製品は価格上昇している。日本では、住宅メーカーが高騰する輸入材の代わりに、国産材を使用するところもある。しかし、そちらでも国産材の供給制約で価格上昇し、採算悪化している状況だ。住宅メーカーは、工期短縮などでコスト節減を進めたり、値上げ要請も行っているが、その効果は追いつかず、収益悪化を余儀なくされているとされる。

メタルショックの方も厳しい。同じく住宅メーカーは、ドアやサッシなど住宅部材のコスト高に苦しむ。メーカーからは、国内市場では値上げができないから合理化・効率化で吸収するしかないが、それも限界だという話を聞かされた。

すでに国際商品市況の高騰は、川上の素原材料から、中間財、最終資本財へと波及している。いずれ、最終消費財にも波及するだろう。何とか、コロナ禍が2021年冬までに一服したとしても、製造業などがコストプッシュによって採算を悪化させると、企業マインドが悪化して、冬の賞与、来年の春闘にも悪影響を与えて、内需回復の制約になりそうだ。

交易損失の発生

こうした輸入インフレの打撃は、すぐには統計データに表れにくい。1~3月期の法人企業統計では、売上高原価率や売上高営業利益率を顕著に変化させてはいなかった。企業側も必死で収益確保のための効率化でコストアップを吸収しようとしているので、表れにくいとみられる。しかし、4~6月以降の企業収益データには、もう少し収益圧迫の変化を及ぼすことだろう。

輸入インフレによって、利益が実質的に食われる様子は4~6月のGDP統計には表れてくるに違いない。これは、交易損失の発生である。

通常、私たちがよく見ている実質GDPは、生産面に注目したデータである。それに対して、実質GDIは「国内総所得」と呼ばれ、国民の購買力を反映する。生産物を交換して取得した数量が、購買力=実質所得になるが、その数量は海外のインフレによって目減りしてしまうのだ。実質所得=生産数量÷(国内生産価格+輸入価格)で決まるとすればわかりやすい。輸入インフレになると、国民が生産した物を輸入品に交換できる数量が減ってしまうという理屈だ。GDP統計の中では、輸入インフレが起こるとき、実質GDP<実質GDIとなる。そして、その差分(=実質GDI-実質GDP)が交易損失(マイナス符号)となる。

コロナ禍の2020年4月~2021年3月は、輸入品などの値下がりで交易利得(プラス符号)が発生したが、2021年4~6月のGDP統計ではそれが交易損失に転じてしまう可能性がある。そこに、輸入インフレの打撃の一端が表れることになる。

輸入インフレが解消されるシナリオ

今後、いつまで輸入インフレが続くのかと多くの人が不安を募らせる。コロナ後の急回復が引き起こす供給不足が原因であればいずれ価格は安定していくだろうが、金融緩和の副作用として過剰マネーが商品市況を押し上げている場合には別の時間軸で考えた方がよさそうだ。

ひとつの目安は、FRBの金融緩和の修正がいつあるかである。インフレ圧力が強まると、いくらパウエル議長がハト派的であっても、緩和縮小にストップをかけられなくなる。9月と12月のFOMCでは、利上げの見通しが示されるので、そこで先行きの金融緩和の見方が方向づけられる。年内にテーパリングが行われると、利上げ観測の前倒しと相まって、過剰マネーが商品市況を押し上げる図式も修正される可能性がある。FRBがタカ派的になるほど、日本にとって海外からのインフレ圧力は弱まると考えられる。この変化は、株価上昇にはマイナスなので、日本経済にはプラス・マイナスの両面がある。

輸入インフレには、金融緩和と実需の2つの要因があって、実需の腰を折らずに過剰な金融緩和だけがなくなってくれることが都合がよい。過剰マネーが市況を押し上げるとき、過剰なほどに価格高騰が進んで、市況が急落するとそこでも在庫を抱えた事業者が大きな損失を抱える打撃が起こる。そうならないように、米金融緩和の縮小は早期に急激ではないかたちで進むことが望まれる。2021年後半から2022年前半にかけての注目点となるだろう。

熊野 英生

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