豪中銀、変異株の影響を懸念も、先行きの景気回復に自信

~量的緩和策の縮小決定も現行の緩和策の長期化を改めて強調、「ハト派」姿勢は堅持~

西濵 徹

要旨
  • 豪州は、昨年来の新型コロナウイルスのパンデミックに際して国境封鎖や都市封鎖など強力な感染封じ込め策を採った。昨年末以降は局所的に感染拡大の動きが広がるも封じ込めが進む一方、足下ではワクチン接種も進んでいる。ただし、変異株の流入を受けて政府は来年に迫る総選挙を意識して封じ込め策を強めている。底入れが進んだ企業マインドは頭打ちしており、景気に冷や水を浴びせることは避けられそうにない。
  • 昨年以降、政府と中銀は政策の総動員により景気下支えを図る一方、景気の底入れが進んでいるために中銀は7月会合でYCCや量的緩和策の変更の有無を検討する考えを示した。6日の定例会合では政策金利及びYCCを維持する一方、量的緩和策は11月以降の買い入れ額の縮小を決定した。ただし、政策金利は2024年まで変更しない「ハト派」姿勢を堅持した。緩和姿勢の後退は予想されるが、米FRBも早晩動く可能性を勘案すれば豪ドル相場は米ドルに対して上値が重い一方、日本円に対しては底堅い展開が続こう。

豪州では、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して同国でも新規陽性者数が急拡大したため、国境封鎖による徹底した水際対策に加え、都市封鎖(ロックダウン)の実施や濃厚接触者の追跡などを通じて封じ込めを図る対応が採られてきた。結果、昨年末以降の新規陽性者は海外からの帰国者のみとなる展開が続く一方、市中感染が確認された場所を対象に迅速な都市封鎖の実施や濃厚接触者の追跡を実施するとともに、地域社会のウイルス対策の順守が図られたこともあり、感染が抑えられてきた。他方、欧米や中国など主要国では感染一服に加え、ワクチン接種の進展が経済活動の正常化を後押しする動きがみられるなか、同国政府は年末を目途にほぼすべての国民(約2,600万人)に対するワクチン接種を完了させる計画を立てるとともに、国内でのワクチン製造など供給網の整備を進めてきた。当初は主要国と比較してワクチン接種率が大幅に遅れる展開が続いたものの、足下では供給拡大が進んだことに加え、取り敢えずワクチン接種のすそ野を広げる戦略が採られていることも相俟ってワクチン接種の動きが進んでいる。結果、今月5日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は7.28%と世界平均(11.33%)を大きく下回る一方、部分接種率は24.88%と世界平均(24.16%)をわずかに上回るなどワクチン接種は着実に前進している。ただし、5月末には第2の都市メルボルンを擁するビクトリア州で市中感染が確認されたために行動制限が再導入されたほか、先月末には最大都市シドニーを擁するニュー・サウス・ウェールズ州で市中感染が確認され行動制限が再導入されているほか、隣国ニュージーランドとの間で再開された隔離なしでの自由往来も停止されるなど、感染動向は大きく変化している。足下における累計の陽性者数は3万人強、累計の死亡者数も910人に留まるなど他国と比較すれば極めて少数である上、死亡者数に至っては4月半ば以降増えていないことを勘案すれば、同国は感染封じ込めに成功していると捉えることが出来る。他方、足下ではアジア新興国を中心に感染力の強い変異株(デルタ株)による感染再拡大の動きが広がりをみせている上、このところの同国での市中感染も変異株によってもたらされており、その後も西部のパース、北東部のブリスベン、北部のダーウィン及びアリススプリングスにも都市封鎖の動きが広がりをみせるなど、政府は急速に身構える姿勢を強めている。なお、足下の1日当たりの新規陽性者数は50人未満で推移するなど他国に比べれば極めて小規模に留まるなかでの政府の対応は些か規模感との違いを感じるものの、それだけ感染封じ込めに躍起になっていることの現われであり、その背景には遅くとも来年までに実施される次期総選挙を強く意識したものと捉えることが出来る。ただし、行動制限の強化の動きが広がりをみせていることを受けて、底入れの動きを強めてきた企業マインドに幅広く下押し圧力が掛かるなど景気に冷や水を浴びせることは避けられそうにないと判断出来る。

図表
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昨年以降、政府及び中銀(豪州準備銀行)は財政及び金融政策を総動員することで景気下支えを図る姿勢をみせており、なかでも中銀は政策金利を過去最低水準に引き下げるとともに、イールド・カーブ・コントロール(YCC)の導入、量的緩和政策の実施や拡充といった対応を進めてきた。他方、足下の超緩和措置が1年以上に及ぶなかで景気回復が進んでいる上、新型コロナ禍の影響克服の一方で不動産市況の上昇が進むなど『副作用』が顕在化していることを受けて、5月の定例会合においては7月会合を念頭にYCCや量的緩和政策の変更の有無について検討を行う姿勢を示すなど緩和政策を見直す可能性が示唆された(注1)。なお、上述のように足下では変異株による感染再拡大が懸念される状況にあるものの、中銀は6日に開催した定例会合において政策金利を引き続き0.10%に据え置き、YCCについても対象を2024年4月の償還債(3年債)で維持、誘導目標を0.10%据え置きとする一方、量的緩和策は現行の『第2弾』が9月初めに終了した後に『第3弾』として少なくとも今年11月半ばまでを目途に週40億豪ドルのペースで実施するとし、現行(週50億豪ドルペース)から量的緩和策は縮小される。会合後に公表された声明文では、今回の措置について「経済が回復局面から拡大局面に移行するなかで必要な金融支援」との認識を示した。その上で、同国経済について「想定を上回る回復が続いており、今後もこうした動きが続くと見込まれる一方、足下における感染再拡大や都市封鎖の影響が不確実性要因となり得るものの、感染収束により規制緩和が進めば経済はすぐに立ち直る」との見方を示した。労働市場についても「予想を上回るペースで回復しており、国境封鎖の影響を受けた地域を中心に人手不足が続いている」とする一方、「雇用回復にも拘らず物価及び賃金は低調であり、先行きも小幅な上昇に留まると見込まれる」とした上で、物価動向について「短期的には昨年の価格引き下げの反動で一時的に上振れするものの、今年のインフレ率は+1.5%に留まり、2023年半ばでも+2%に留まる」との見通しを示した。また、YCCの継続については「資金調達コストの低下に繋がる」ほか、量的緩和策については「想定を上回る景気回復と見通しの改善を受けて調整する」として「11月にさらなる見直しを行う」とした上で、先月末で終了したTFF(ターム物資金調達ファシリティー)についても「総額1,880億豪ドルが供給されており、2024年半ばまで借入コストの低減に繋がる」との見方を示した。一方、バブル化が懸念される不動産市況については「引き続き強含む展開が続いており、住宅ローンはすそ野広く拡大している」とした上で、「住宅ローンの動向を注視しており、貸出基準の維持が重要」との認識を示した。なお、先行きの政策運営については、引き続き「インフレ率が持続的に2~3%の目標に入るまでは政策金利を引き上げない」考えを示した上で、「その実現には労働需給のタイト化による賃金の大幅上昇が不可欠であり、その実現は早くても2024年になる」との見方を改めて示しており、少なくとも政策金利については向こう2年半に亘って維持する考えを示した格好である。足下の国際金融市場では米ドル高圧力が強まるなか、中銀は足下の金融市場環境と豪ドル相場について「金融環境は非常に良好であり、豪ドル相場は足下で少し調整している」として豪ドル安を好感していると捉えられる。先行きは量的緩和政策やYCCについては徐々に緩和姿勢の後退を促す展開が予想されるものの、政策金利の調整はかなり先のことになるとして依然『ハト派』姿勢を維持している一方、米FRB(連邦準備制度理事会)は量的緩和政策の縮小や利上げの検討を開始する姿勢をみせており、豪ドルは米ドルに対して上値の重い展開となる一方、日本円に対しては底堅い動きが続くと見込まれる。

図表
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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