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北アイルランド政局の混乱が続く

~北アイルランド議定書見直しを巡る英EU協議にも影~

田中 理

要旨

移行期間終了後の北アイルランドの混乱をきっかけに、北アイルランド政局が流動化している。自治政府を率いるユニオニスト政党・民主統一党(DUP)の前党首が4月に辞任に追い込まれ、新党首も僅か3週間で退任を表明。アイルランド語の地位向上を求めるナショナリスト政党シン・フェイン党との政権協議が難航し、秋に議会選挙が前倒しされるとの観測も浮上している。世論調査で低迷するDUPは、議会第一党と第一首相の座をシン・フェイン党に明け渡す恐れがある。党勢立て直しのためにも、DUPは英国政府に対して北アイルランド議定書の運営見直しを強く要求している。こうした不安定な政治情勢も英国とEU間の協議に影を落としている。

北アイルランド議定書の運営見直しを巡って、英国とEU間の緊張が続いている。昨年末の移行期間終了後に食料品不足や暴動が続く英国の北アイルランドでは、議会第一党の民主統一党(DUP)の内紛で、政治混乱に拍車が掛かっている。穏健派のフォスター党首兼北アイルランド第一首相が4月に辞任に追い込まれた後、強硬派のプーツ北アイルランド農業・環境・地方相が新たな党首に就任し、第一党の党首が第一首相を兼務する慣例を破り、同氏に近いギヴァン北アイルランド地域社会相が第一首相に就任した(詳細は6月17日付けレポート「英EU間に貿易戦争の影」を参照されたい)。

英国との一体性を重視する多数派のプロテスタント系住民(ユニオニスト)とアイルランドに帰属意識を持つ少数派のカトリック系住民(ナショナリスト)が共存する北アイルランドでは、ユニオニスト政党とナショナリスト政党の協力の下で北アイルランドの自治政府を運営する。ユニオニスト政党の最大政党であるDUPが第一首相を輩出し、ナショナリスト政党の最大政党であるシン・フェイン党が第一副首相を輩出し、残りの閣僚ポストは各政党の議席に応じて配分する。

シン・フェイン党は新政権発足での協力と引き換えに、アイルランド語(ゲール語)に北アイルランドでの法的地位を認める法案審議を求め、プーツ新党首がこれに応じた。10月までに北アイルランド議会(ストーモント議会)で関連法案を審議しない場合、英国議会(ウェストミンスター議会)が代わりに立法化することで合意した。その後、党内の権力掌握に失敗したプーツ党首は、就任から僅か3週間で辞任に追い込まれ、22日にフォスター前党首に近い穏健派のドナルドソン英下院議員が新たな党首に選出された。

26日に就任予定のDUPのドナルドソン新党首は、シン・フェイン党との間で改めて自治政府の発足で合意する必要があるが、プーツ党首が約束したアイルランド語の法的地位を高める取り決めの再考を求めている。再生可能エネルギー問題をきっかけに2017年に北アイルランドの自治政府が崩壊し、2020年に自治政府が復活するまでの間、政権協議の障害になったのが、このアイルランド語問題だった。新たな自治政府の発足が難しい場合、英国政府による直接統治を受け入れるか(北アイルランドでは英国からの権限移譲後も、ユニオニストとナショナリスト間で自治政府の発足や継続が困難となった場合、英国政府が直接統治を行ってきた)、来年5月に予定される北アイルランド議会選挙を今年秋に前倒しするとの観測が浮上している。

ユニオニスト住民の間では、北アイルランドを英国から切り離す形のEU離脱を食い止められなかったDUPへの不満が高まっている。最近の世論調査では、他のユニオニスト政党に支持が分散する形でDUPの支持率が急落し、シン・フェイン党が逆転している(図)。次の議会選挙でシン・フェイン党が第一党となれば、北アイルランド史上で初めてナショナリスト政党が自治政府を率いる可能性が出てくる。シン・フェイン党は北アイルランド紛争時の武装組織IRAとも関係が深く、南北アイルランドの再統一を目指している。ユニオニスト住民の間でナショナリスト優位に傾くことやアイルランド再統一への警戒が強まり、新たな暴動の引き金ともなりかねない。次の議会選挙までの党勢立て直しを図るためにも、ドナルドソン新党首が率いるDUPは、英国政府に対して北アイルランド議定書の運営見直しでEU側の譲歩を勝ち取ることを強く要求することが予想される。こうした不安定な政治環境も、北アイルランド議定書の運営見直しを巡る英国とEU間の協議に影を落としている。

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田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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