よりよい未来をつくる主権者になろう!(全3巻) よりよい未来をつくる主権者になろう!(全3巻)

ワーク・ライフ・ラーニング・バランスの時代へ

~「誰もが学び直しできる社会」の実現に向けて~

西野 偉彦

目次

1.社会的ニーズが高い「リカレント教育」とは

わが国で「人生100年時代」と呼ばれて久しいなか、社会人が職業に就いた後も継続的に教育や訓練を受ける「リカレント教育」が注目されている。リカレント(recurrent)は「循環する・繰り返す」という意味で、もともとリカレント教育の概念は1960年代から1970年代にかけて、主に北欧諸国で発展した。特にスウェーデンがこの考え方を先導し、教育の機会を生涯にわたって提供することを目指した。1973年には、経済協力開発機構(OECD)が発表した報告書で、リカレント教育の重要性が国際的に認識されるようになった。この報告書では、「教育を個人の全生涯にわたりリカレントに、すなわち労働をはじめ余暇、引退などの諸活動と交互に行う形で分散させること」と述べられており、生涯にわたって教育を受けることが個人および社会にとって有益であると強調されている(注1)。

日本では、リカレント教育について法令によって明確な定義付けはされていないが、前述のOECDの報告書が公表されて広く知られるようになったほか、1992年の生涯学習審議会答申「今後の社会の動向に対応した生涯学習の振興方策について」でリカレント教育について提言がまとめられている(注2)。その後は長らく国における重要政策として位置付けられていなかったが、2017年6月に安倍晋三首相(当時)が記者会見で、日本を誰にでもチャンスがあふれる国へと変えていくために「人づくり革命」を推進するために、「リカレント教育を抜本的に拡充し、生涯にわたって学び直しと新しいチャレンジの機会を確保する」と述べたことで、俄かに脚光を浴びることとなった。加えて、同政権で設置された「人生 100 年時代構想会議」が2018年 6 月に公表した「人づくり革命基本構想」でも、「リカレント教育は、人づくり革命のみならず、生産性革命を推進するうえでも、鍵となるものである」として、「リカレント教育の受講が職業能力の向上を通じ、キャリアアップ・キャリアチェンジにつながる社会をつくっていかなければならない」と明記された(注3)。

この「人生100年時代構想」においては、「教育・雇用・退職後」という伝統的な人生モデルから「マルチステージ」のモデルに変化するうえでリカレント教育の重要性が指摘された(注4)。さらに、その後のDX社会の到来やコロナ禍など社会状況の変化のなかで、「社会人の学び」への関心や重要度はますます高まっている。実際、内閣府の調査によると、リカレント教育について「実施している」「予定している」を合わせると、20歳代では50%以上、30歳代では45%以上に達しており、若い世代ほどリカレント教育への意欲が高いことがわかる(図表1)。リカレント教育の具体的な内容としては、「専門的な資格の取得」や「経営・ビジネスに必要な知識や能力の向上」、「英語などの語学力の向上」といった仕事に活用するためのスキルが多いようだ(注5)。

図表
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ところで、リカレント教育と似た用語に「リスキリング」がある。リスキリングは、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得すること」と定義されている(注6)。2022年10月の臨時国会における岸田文雄首相(当時)の所信表明演説で、リスキリング支援として国が5年で1兆円の予算を投じることが触れられ、注目度が高まった。リカレント教育とリスキリングの違いについては、先行研究で様々な指摘がされているが、「誰が主体となるか」という観点で、リスキリングは「企業(組織)」が多いのに対して、リカレント教育は「個人」が一般的であることが挙げられている。つまり、企業が生産性を高めるために従業員に適切なスキルを身に付けさせるのが「リスキリング」であり、個人が人生100年時代を生きるうえで必要と自ら適時判断して学んでいくのが「リカレント教育」であるということだ。

2.なぜ日本では社会人が学び直しにくいのか

このように、日本でもニーズが高まっているリカレント教育であるが、その一方で、社会人が大学院などに通学することで学び直しを行っている割合は、海外に比べて低いことがわかっている。内閣府の報告書によると、25~64歳のうち高等教育機関で教育を受けている者の割合をOECD諸国で比較すると、日本の割合は2.4%と、英国の16%、米国の14%、OECD平均の11%と比較して大きく下回っている(注7)。

文部科学省の調査によると、リカレント教育を行ったことのない社会人が学び直しを行わない理由では、「費用が高すぎること」(37.7%)、「勤務時間が長くて十分な時間がないこと」(22.5%)、「関心がない・必要性を感じない」(22.2%)などが挙げられている(図表2)。この状況は、個人に依拠するリカレント教育にとどまらず、従業員のリスキリングの観点でも同様の傾向が表れており、厚生労働省の調査によると、企業で働く社会人が自己啓発を行う上での課題として、「時間・費用・情報・社内制度」の整備が指摘されている(注8)。

図表
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リカレント教育について課題を抱えるのは個人だけではない。社会人学生を受け入れている国内の専門職大学院を対象にしたリカレント教育に関する調査によると、60%以上が「社会人のニーズの把握」や「社会人や企業等への広報・周知」を、50%以上が「社会人が受講しやすい環境・制度の整備」や「学内の体制整備」などを課題として挙げている。また、社会人の指導にあたり必要な諸整備に向けた「財源の確保」を課題とする専門職大学院も約半数に上っており、リカレント教育を希望する個人にとっても、それを受け入れる高等教育機関においても、「費用」の問題は高いハードルになっていることが示唆される(注9)。

3.誰もが学び直せるリカレント教育の充実に向けて

OECDは、1970年代にリカレント教育を提唱した際、それを世代間の教育機会の格差解消や、所得にかかわらず教育機会を提供する手段と位置付け、「社会平等の実現」を目指したと指摘されている(注10)。しかし、現在のリカレント教育は、前述のように費用の問題が学び直しを阻んでいることを考えると、一定の所得がある社会人でないと学び直しができない状況になっているともいえ、「誰もが学び直すことができる」というリカレント教育の原点から離れてしまっている可能性がある。

こうした課題を解決するためには、産官学による支援や連携が欠かせない。特に、コロナ禍を経て、オンラインによる学びのコンテンツが豊富となってきたなか、リカレント教育を推進するハブを作る自治体も出てきた。たとえば、東京都は「東京リカレントナビ」というウェブサイトを開設し、「最先端技術」や「経済産業・社会」「医療・福祉」など様々な分野を学び直すことができる動画を公開したり、大学・大学院などで学ぶことができる講座を紹介している(注11)。

同様の取組みは他の自治体でも展開されており、リカレント教育に関する給付金・補助金の整備とともに、学び直しを促進する効果が期待されている。また、リカレント教育を実施する大学・大学院においても、徹底したオンライン授業を行うことで費用を抑え、より多くの社会人を受け入れることに成功したケースも増えている。もちろん、学び直しにおける全ての分野がオンラインで対応できるわけではないが、リカレント教育の受講を阻む費用のハードルを一定程度クリアすることができるという点で、今後もオンラインの活用という流れは加速していくものとみられる。

人生100年時代においては、仕事と生活の調和がとれた「ワーク・ライフ・バランス」が大切だといわれているが、今後はこのバランスの中に「学び(ラーニング)」を適宜組み込むことが必要である。すなわち、「ワーク・ライフ・ラーニング・バランス」を実現し、リカレント教育の原点である「誰もが学び直すことができる社会」をつくることが求められている。


【注釈】

  1. 文部科学省「リカレント教育の推進に関する文部科学省の取組について」(2024年)

  2. 佐々木英和「政策としての「リカレント教育」の意義と課題─「教育を受け直す権利」を足がかりとした制度設計にむけて」日本労働研究雑誌(2020年)

  3. 人生100年時代構想会議「人づくり革命 基本構想」(2018年)

  4. 人生100年時代構想会議「リンダ・グラットン議員提出資料(事務局による日本語訳)」(2017年)

  5. 内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(2021年)より「実施しているリカレント教育の内容」参照。

  6. 経済産業省「第2回 デジタル時代の人材政策に関する検討会」(2021年2月26日)における資料2-2 石原委員プレゼンテーション資料参照。

  7. 内閣府「2018年度年次経済財政報告」より第2章第2節「3 社会人の学び直し(リカレント教育)とキャリアアップ」

  8. 厚生労働省「2020年度能力開発基本調査」調査結果の概要(2021年)より「自己啓発を行う上での問題点の内訳(正社員、正社員以外)」参照。

  9. 文部科学省「専門職大学院におけるリカレント教育・リスキリングの現状・課題に関する調査研究」報告書(2024年)より「社会人学生に対する教育の課題」参照。

  10. 加藤潤「学び直しを促進するためには制度的インセンティブが不可欠」(所収:月刊先端教育2024年3月号『リカレント教育の新展開/長野県』先端教育機構出版部2024年)

  11. 東京都「東京リカレントナビ」

【参考文献】

  • 平澤克彦・中村艶子編著『ワークライフ・インテグレーション 未来を拓く働き方』ミネルヴァ書房2021年

  • 第一生命経済研究所『ライフデザイン白書2024 ウェルビーイングを実現するライフデザイン』東洋経済新報社2023年

  • 教育の未来を研究する会編『最新教育動向2024』明治図書2023年

  • 月刊先端教育2024年3月号『リカレント教育の新展開/長野県』先端教育機構出版部2024年

西野 偉彦


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。