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エストニア電子投票の衝撃

~国民目線の便利な投票システムの可能性~

柏村 祐

目次

1.エストニアにおける電子投票

2022年7月10日に参議院選挙が実施された。

日本の選挙は全国に点在する学校や役所などの公共施設で投票が行われる。今回も投票所では選挙運営に携わる多くの人が受付や誘導作業を行っていたが、このような投票所の光景は何十年も変わっていないというのが多くの人の実感だろう。

この光景は日本では当たり前となっているが、世界を見渡すと、投票所における選挙に加えて、インターネットを活用した電子投票を行う国が出現している。その中でも、エストニアは2005年に世界で最初に電子投票を導入した国として知られている。電子投票の導入後の2007年に実施されたエストニア議会選挙における電子投票者の割合は5.5%であったが、2021年の地方自治体選挙では46.9%となっており、エストニアの選挙における電子投票の存在感は高まっている(図表1)。

本稿では、エストニアにおける電子投票の概要を確認し、その価値と可能性について考察する。

図表 1 電子投票を使用しているエストニア国民の割合
図表 1 電子投票を使用しているエストニア国民の割合

2.エストニア電子投票の概要

はじめに、エストニアにおける電子投票の概要を掴むために、実際の投票の流れを確認する。投票用のウェブページは、電子投票が始まる直前に公開され、選挙日の10日前の9時から選挙日の前日18時まで毎日24時間投票できる(注1)。また、電子投票の結果は、選挙当日の夜に発表される。電子投票を行うための本人確認の方法は、身分証明書による投票とモバイルIDのどちらかを選択できる(図表2)。身分証明書による投票を行う場合、身分証明書を読み取るための専用のカード読み取り装置が必要となる。一方、モバイルIDによる投票を行う場合、専用のカード読み取り装置は必要ない。

図表 2 エストニア電子投票で利用される身分証明書(左)とモバイル ID(右)
図表 2 エストニア電子投票で利用される身分証明書(左)とモバイル ID(右)

投票用のウェブページでは、身分証明書またはモバイルIDによる本人確認を完了すると、投票者の選挙区の候補者のみが自動的に表示される。候補者は画面上で政党ごとに分類されており、政党名(図表3赤枠)を選択すれば、投票可能な候補者(図表3青枠)を確認できる。投票者は、候補者の中から投票したい人を選択して投票ボタンを押し、最後にデジタル署名を正常に行えば投票が完了する。また、エストニアの電子投票は、投票者が投票期間中であれば何度でも投票をし直す仕組みが導入されており、最後の投票が有効となる。

更に、エストニア政府は現状の電子投票における本人認証の更なる高度化を模索しているようだ。例えば、スマートフォンやタブレットなどのモバイル通信機器の普及に伴い、エストニア政府は、「モバイル投票の実現可能性調査とリスク分析」と呼ばれる報告書を2020年4月16日に公表している(注2)。また、電子投票における本人確認の方法として顔認証に関する分析報告書「電子投票における生体認証顔認識測定の適用」を2021年7月2日に公開している(注3)。報告書の中では、顔認証による本人確認を実施する場合、どのような対応が必要となるのか、また、導入にあたってのリスクとして何があるのかについて言及されている。このようにエストニア政府は、2005年の導入開始以来、秒進日歩で進化するテクノロジーに呼応する形で、電子投票に関連する環境整備を模索し続けている。

図表 3 電子投票における候補者選択画面
図表 3 電子投票における候補者選択画面

3.日本における電子投票の可能性

以上のような電子投票システム整備により、エストニアの電子投票の利用率は2021年に46.9%まで伸展した。このエストニアにおける電子投票の価値は、「世界中のどこからでも24時間投票が可能」、「モバイルIDによる投票が可能」、「期間中であれば何度でも投票が可能」の3点に集約される。

「世界中のどこからでも24時間投票」が可能なため、エストニアにいなくても自国の行く末を決定する議員の選択を、エストニア国外から行える。このことは、国民の権利である選挙の機会を逸することがない状況を創り出している。また、「モバイルIDによる投票が可能」なため、パソコンに接続するための専用の機器がなくても、スマートフォンとパソコンがあれば電子投票が可能となる。さらに「期間中であれば何度でも投票が可能」なため、一度投票が完了しても、電子投票した候補者の政策や主張に疑問を感じて他の候補者に投票したい場合、選挙期間中であれば臨機応変に他の候補者へ投票を変更できる。

日本の選挙では、投票所に出向き、鉛筆で投票用紙を書き投函するという長年変わらない選挙方法が続いている。期日前投票制度、不在者投票制度、特例郵便等投票制度、在外選挙制度といった選挙当日に投票が難しい人に配慮する仕組みはあるが(図表4)、これらの制度に加えて電子投票を取り入れることにより、投票率の向上を図ることができるのではないか。

ただし電子投票を導入する場合には、本人確認、データの改ざん、ハッキングなどの問題点について対策を講じる必要がある。エストニア電子投票は、これらの問題への対策を講じてきている。例えば、本人確認においては、身分証明書またはモバイルIDによる投票者を確実に識別する仕組みが導入されている。また、データ改ざんの対策として、電子投票に投票者のデジタル署名を添付し、本人確認なしに署名内容を変更することはできない仕組みを導入している。さらに、電子投票の内容そのものは暗号化されており、投票内容の真正性を担保するために、送信中に登録サービスのプロバイダーからタイムスタンプを取得する対策が講じられている(注4)。エストニアで2005年に導入された電子投票の仕組みは、現在では使いやすさの面のみならず、セキュリティ面においても成熟した状態にある。

図表 4 日本の選挙において投票所に行けなくても投票することができる制度
図表 4 日本の選挙において投票所に行けなくても投票することができる制度

日本においては、国政選挙や地方選挙が近づくと投票に「行こう」という呼びかけをよく聞く。公職選挙法が改正され、選挙権年齢が満18歳以上に引き下げられた今、若い世代が普段使いのパソコンやスマートフォンから投票に参加できる環境を創ることは、投票率の向上につながるのではないか。また、電子投票が導入されれば、若者だけでなく、特例郵便等投票制度や在外選挙制度で投票している人や、移動が困難な高齢者・障害者も投票しやすくなる。

国民の民意をさらに幅広く反映する選挙を実現するという点において、投票所での投票に加えて電子投票を導入することは、投票を「しよう」という呼びかけをもたらす新たな環境を創り出し、それは、より多くの国民が選挙に参加する状況への第一歩になるであろう。


柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員
専⾨分野: テクノロジー、DX、イノベーション

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