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Web3.0「DAO」の衝撃

~Web3.0時代の自律分散型組織の可能性~

柏村 祐

目次

1.DAOの登場

Web3.0は、インターネットにおける革新的なデータ流通構造を表現する概念だが、それを実現する仕組みの1つとして、DAO(Decentralized Autonomous Organizationの略で、日本語訳は「自律分散型組織」)が注目されている。

DAOは、組織の効率的な運営を実現する試みとして創られた。DAOにおける意思決定は、メンバーによる投票によって行われる。投票で決定された事項はプログラムにより自動的に実行されるため、人による恣意的な改ざんや不正が発生することはない。また、DAOにおける意思決定や活動は完全に公開されることで可視化される(図表1)。

従来の組織運営の常識では考えられなかったDAOが生まれた背景には、インターネットを通じて地域や国境を越えて共創する組織や事業体が登場し、物理的に離れていても信頼関係を保ち、かつ効率的な組織運営を行う必要性が生じてきたことが挙げられる。

現在、DAOを活用する暗号資産発行事業体が複数登場している。暗号資産はインターネット上でやりとりできる通貨であるため、この特性を活かし、暗号資産発行事業体は、組織運営における意思決定の際の投票権として暗号資産を利用する動きが進んでいる。

本稿では、既にDAOの活用が進んでいる暗号資産発行事業体の組織運営に関する取組状況を確認し、その可能性について考察する。

図表 1 DAO と伝統的な組織の比較
図表 1 DAO と伝統的な組織の比較

2.DAOにおける取組状況

既にDAOの活用が進む暗号資産発行事業体を確認するために、DAO暗号資産の発行状況を調査したところ、2022年7月上旬時点で144種類、時価総額50位以内にランキングされているものが4種類あった(図表2)。

図表 2 時価総額ランキング 50 位以内に位置する DAO 暗号資産
図表 2 時価総額ランキング 50 位以内に位置する DAO 暗号資産

例えば、時価総額ランキング18位に位置するUniswap(以下UNI)の発行事業体は、ビットコインをはじめとする暗号資産を売買するためのDEX(Decentralized Exchange)と呼ばれる分散型の暗号資産取引所を運営している。DEXにおいては、暗号資産を保管するウォレット(財布)を持ってさえいれば、すぐに取引を開始できる。これは、DAOの特徴である分散化された方法が実現された仕組みの1つと言える。このUNIは、インターネット上でデータを授受したり契約を締結する際の取り決めをプログラムにより自動実行する機能をもつ。この機能を活かしたサービスとして暗号資産取引所、暗号資産ウォレット、NFTマーケットプレイスが300以上登場している(注1)。

UNIの暗号資産コミュニティにおいては、戦略的な提携への資金拠出、公共財への資金提供、プログラム開発資金の拠出などが提案されており、これらの実施可否についてメンバーによる投票が行われる。新しい意思決定を行う場合、DAOのメンバーであるUNI保有者が提案をおこない、事前に定められたルールに基づいて投票が行われる。投票により決定された事項は、UNI保有者の総意として実行される。UNIコミュニティへ提案を行いたい場合、自分の暗号資産ウォレットをUNIと接続したうえで提案する。提案をするには、最低250万UNI(約21億円)が必要となる。提案内容は、UNIの発行事業体が運営するホームページ上の投票ポータルで公開され、投票に基づいて意思決定が行われる。

投票工程は、「温度チェック」、「コンセンサスチェック」、「ガバナンスの提案」の3段階で構成される。第1段階となる「温度チェック」は、提案された内容がUNI保有者に興味をもたれるものか否かを確認する工程である。提案内容に関する議論はフォーラム上で行われ、提案から2日以内に2.5万UNI(約0.2億円)の賛成票が得られれば、第2段階である「コンセンサスチェック」に進める。

「コンセンサスチェック」においては、「温度チェック」における意見が反映されている必要があり、再度議論が行われた上で、投票が行われる。投票期間は5日間となっており、その期間に5万UNI(約0.4億円)の賛成票が得られれば、第3段階である「ガバナンスの提案」へ進める。

「ガバナンスの提案」では、コンセンサスチェックにおける意見が反映されている必要があり、加えて提案内容を実行できるプログラムの提出が必須となる。提案者は、最低200万UNI(約16.8億円)の残高が必要とされ、投票期間となる7日間に4,000万UNI(約336.6億円)の賛成票を得られれば、提案は組織として承認されたこととなり、既に提出されているプログラムが自動実行される(注2)。

これらの投票状況は、インターネット上に公開されている。例えば、ある教育基金の創設と資金調達に対して100万UNI(約8.4億円)割り当てるという提案について、DAOにおける投票結果を時系列で確認してみよう。この提案に関する「温度チェック」、「コンセンサスチェック」、「ガバナンスの提案」の投票結果および資金送金は、すべてインターネットで公開され、その記録はブロックチェーン上に保存されている。2021年7月16に投票が完了した本事案の結果は、賛成79,681,051UNI、反対15,040,585UNIとなり、4,000万UNI以上の賛成票が得られたため(図表3)、事前にプログラムされたコード通り、人の手を介すことなく自動で100万UNIが教育基金に割り当てられた。

2022年7月上旬現在、UNIコミュニティにおいて「ガバナンスの提案」の対象となる提案数は23件あり、その内訳は20件が実行済、2件が否決、1件が投票中となっている(注3)。

図表 3 「ガバナンスの提案」における投票結果画面
図表 3 「ガバナンスの提案」における投票結果画面

次に、暗号資産時価総額ランキング35位に位置するApecoin(以下APE)を確認してみよう。APEは、NFTとして有名なBAYC(Bored Ape Yacht Clubの略)やMAYC(Mutant Ape Yacht Clubの略)の保有者に対して配布された暗号資産である。この暗号資産は、APEの発行事業体における意思決定の際の投票権として利用されている。APEの発行事業体が運営するDAOでは、APEを保有する人が投票を通じて意思決定に参加できる仕組みが実現されている。

APEコミュニティに対する提案内容は、「コア」、「プロセス」、「情報」の3つの主要カテゴリに分類される。「コア」は、APEの発行事業体の資金の活用方法やAPEブランドに関連する提案となる。また、「プロセス」は、APEに関連するガイドライン、意思決定プロセスの変更、DAOのツールや環境の変更に関連する提案を意味する。また、「情報」は、一般的なガイドラインやコミュニティ向けの情報についての提案を意味する。提案の内容がAPE発行事業体に承認され、その内容に対する賛否を判断する投票に進むためには、様々な基準やガイドラインが設けられている(注4)。2022年7月上旬時点で、提案が承認され投票に諮られた事案は14件となっている(注5)。

例えば、2022年5月2日に提案された事案は「ApeCoinをEthereumエコシステム内に維持する」となっており、現状のイーサリアム上にシステムを留めるか、あるいはAPE独自のシステムを構築するかが論点となっていた。2022年6月3日に開始された投票は6月9日に終了し、賛成380万APE、反対330万APEと賛成多数となり、APEシステムは当面の間イーサリアム内にとどまることが決定されている(図表4)。

以上のように、UNIとAPEにおけるDAOを検証した結果、どちらの組織においてもDAOの特徴である意思決定における投票プロセスが可視化され、また、投票による決定事項もブロックチェーン上に保管されており、記録の透明性が確保されていることがわかる。

図表 4 APE コミュニティにおける投票結果画面
図表 4 APE コミュニティにおける投票結果画面

3.DAOの可能性

今回、暗号資産の発行事業体において、既にDAOに基づいた組織運営が実行されていることを確認したが、このDAOによる組織運営の価値は、DAOメンバーの意思が投票により可視化され、その記録についても誰もが閲覧できるインターネット上に公開されている点にある。この新たな意思決定のあり方は、例えば企業でいえば取締役会や株主総会における意思決定プロセスをDAO上で行っているということになる。また、UNIやAPEのDAOは、提案、投票、意思決定、実行までのプロセスについて、極力人手を介さない「効率的な組織運営」が実践されている。

Web3.0の世界の拡大に伴い登場したDAOの仕組みは、Web3.0時代の新しい組織運営のあり方を示唆している。これは「効率的な組織運営」を行いたい組織において今後活用が見込めるイノベーションである。このイノベーションを活用するためには、DAOに関する表面的な概念を理解するだけでなく、既に暗号資産発行事業体の組織運営に組み込まれているその実態を調査研究することが、その活用に向けた取り組みの第一歩となるであろう。

現時点で、我が国の企業等でDAOを展開するための環境は整っていない。政府は、2022年6月7日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2022(通称「骨太の方針」)」の中で「DAOの利用等のWeb3.0の推進に向けた環境整備の検討を進める」と言及している。新しい資本主義を実現するための成長エンジンとして、企業がDAOを活用するための政策立案、法整備が進められることを期待したい。


【注釈】

1)Uniswap HPより
https://uniswap.org/

2)Uniswap HPより
https://uniswap.org/governance

3)Uniswap HPより
https://app.uniswap.org/#/vote?chain=mainnet

4)apecoin HPより
https://apecoin.com/governance

5)snapshot HPより
https://snapshot.org/#/apecoin.eth

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: テクノロジー、DX、イノベーション

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