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フィンランド行政プラットフォーム「Suomi.fi」の衝撃

~「アクセシビリティ」が行政サービスの世界を変える~

柏村 祐

目次

1.デジタル化が進むフィンランド

フィンランドにおける行政サービスのデジタル化が進んでいる。

筆者は以前、北欧諸国であるデンマークの行政ポータル「borger.dk」(注1)やノルウェーの行政ポータル「NOREG.NO」(注2)について紹介した。本稿では、北欧シリーズの1つとしてフィンランドの行政ポータル「Suomi.fi」(Suomiはフィンランド、fiはカントリーコードを意味する)について解説する。

フィンランドの行政ポータル「Suomi.fi」で重要視されているのは、「アクセシビリティ」である。この場合の「アクセシビリティ」とは、行政サービスの内容表示と操作手順が国民にとってわかりやすいこと、さまざまな端末・ブラウザ・オペレーションシステムで利用できることを意味する。「Suomi.fi」では「アクセシビリティ」を確保するために、外部専門家による「Suomi.fi」設計者や開発者に対する訓練や、行政サービス内容の評価およびアクセシビリティの継続的なチェックが行われている(注3)。最近では2021年6月に「Suomi.fi」のトップページがリニューアルされ、以前よりも簡単に現在のコンテンツやサービスに国民がたどり着けるよう、サイトの使い勝手を向上させている(注4)(図表1)。

図表1
図表1

2.「Suomi.fi」が実現する「アクセシビリティ」

「アクセシビリティ」を重視する「Suomi.fi」だが、どのような行政サービスが提供されているのだろうか。実際筆者は「Suomi.fi」を操作し内容を確認してみた。「Suomi.fi」の「アクセシビリティ」を実感できる機能は、「多様な認証方法」「自分自身の登録情報」「情報の一元化」の3点に集約される。

1点目の「多様な認証方法」とは、「Suomi.fi」を利用するための認証方法として銀行ID、証明書カード、モバイル証明書などの複数のIDを使用できることである。例えば、銀行IDによる認証では、既に保有している銀行IDとパスワードを本人認証として利用できる。また、フィンランドには証明書カードとして身分証明書、組織カード、社会医療専門家カード、人事カード、オペレーターカードなど多様な証明書が存在している。別途カードリーダーとソフトウエアがあれば、各種証明書カードでも認証をうけることができる。また、日常生活で利用している通信キャリアの電話番号による本人認証も可能である(図表2)。

図表2
図表2

2点目として「自分自身の登録情報」を利用すれば、自分に関する様々な登録情報からオンラインサービスを受けられる。「Suomi.fi」上で確認できる登録情報は、個人情報、不動産情報、貿易登録情報、車両情報、運転免許証情報、船舶情報、年金情報、教育情報など多岐にわたる。例えば、車両情報では、自家用車の主要データが要約され記載されている(図表3)。仮に一時的に自家用車を使用しない状況が発生した場合には、車両税を節約するために自家用車を使用しないことをオンラインから申請できる。使用を再開する場合は改めて申請するなど、オンラインで自家用車の使用状況を申告できる。加えて、車両税を1回ではなく2回または4回にわけて支払うことも可能であり、経済状況に応じた支払いをオンライン上で申請できるようになっている。

また、不動産情報では、所有権・位置情報・面積などが記載された不動産登記簿や住宅ローン登記簿のデータから構成される情報を確認できる。自分の不動産情報内のリンクから遷移する「不動産交換サービス」を利用すれば、不動産の売却・寄付・譲渡契約の締結や、住宅ローンの申請を行うことができる。

以上のように「自分自身の登録情報」を活用することにより、国民は物理的に役所に行かなくてもオンライン上で様々な手続きを行えるという「Suomi.fi」の利便性を享受できる。

図表3
図表3

3点目として「情報の一元化」とは、国民生活に必要となる行政サービスメニューに迷うことなくたどり着けるよう、情報が一元化されていることを意味する。例えば、「国民のための情報とサービス」メニューでは、自分自身の知りたいニーズに応じた行政サービス情報を簡単に探すことができる。サービス内容は、大分類として結婚と出産と離婚、社会保障、健康と医療、教育と訓練、労働と失業、住宅と建設、裁判や投票などの権利義務、経済の管理、移動と旅行の9種類に分けられる(図表4赤枠)。それぞれの大分類に関連するサービス内容が中分類として40種類に分類され(図表4黄枠)、知りたい内容を選択することにより、受けられる行政サービス情報にたどり着ける。例えば、フィンランド国内で引越しを行う場合は、引っ越し手続きをオンラインで完了できる。また、賃貸住宅を借りたい国民にはオンライン賃貸住宅申請サービスが提供されており、国民は希望する間取りやバルコニーやエレベーターの機器、駐車場があるかなどのオプションメニューを選択することにより、自分に最適な住宅に応募できる。引越しや賃貸住宅申請においても、本人認証は銀行ID、証明書カード、モバイル証明書で可能となっている。

表示内容が多いので内容を絞り込みたい場合は、自分が住むエリアを選択し、キーワードを入力すれば行政サービスを絞り込める。「情報の一元化」を実現したことにより、国民が必要な情報にストレスなくたどり着つくことができ、「アクセシビリティ」を重視した行政サービスが確立されているといえる。

図表4
図表4

3.「アクセシビリティ」が行政サービスの世界を変える

以上のように、「Suomi.fi」では、「アクセシビリティ」を重視した行政プラットフォームが実現されている。「アクセシビリティ」を実現するには、「使いやすさ」と「内容の明確さと分かりやすさ」が重要となる。「使いやすさ」を実現するには、ナビゲーションが明確で、検索されるページ、機能、またはコンテンツが簡単に見つけられることが重要である。また、「内容の明確さと分かりやすさ」とは、国民にとって明確で理解しやすい言葉と平易な言葉を使うことが鍵となる。つまり「アクセシビリティ」を実現するためには、行政プラットフォームを構築する行政目線ではなく、国民の状況とニーズをよりよく理解し、配慮した顧客志向が重要となるのだ。

日本においても、税や住民基本台帳など17の業務を中心として、2025年までに自治体システムを政府共通のガバメントクラウドに移行する方針が示されている。例えば、現在印鑑証明をコンビニエンスストアで取得するにはマイナンバーカードが必要だが、フィンランドで実施されているような「多様な認証方法」が実現されれば、国民の「アクセシビリティ」は格段に向上するだろう。

また、日本では、自治体ごとに異なる行政サービスホームページが展開されているのが現状だが、これを見直し、「Suomi.fi」のような「情報の一元化」が実現された行政ポータルサイトの展開を目指すべきだろう。それが実現されれば、国民は全国どこにいても格差のない「アクセシビリティ」を享受できる。

行政サービスの利便性・効率性が求められている今、我々は、フィンランドの「Suomi.fi」が実現している国民目線の行政サービスを学び、実践することが求められているのではないだろうか。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: テクノロジー、DX、イノベーション

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