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シンガポール行政ポータルアプリ「LifeSG」の衝撃

~なぜ利便性の高いサービスを実現できるのか~

柏村 祐

目次

1.国家プロジェクトとしての「LifeSG」

筆者は前回、行政サービスのデジタル化が進んだ国として、韓国の行政プラットフォーム「政府24」をレポートとして取り上げた(注1)。今回は、同じアジアの国で行政サービスのデジタル化が進むシンガポールを取り上げ、そのポータルアプリ「LifeSG」について解説する。

シンガポールにおける行政サービスのデジタル化が加速したきっかけとして、2014年11月にリー・シェンロン首相が施政方針演説で表明した、国家単位でのスマートシティ構築を目指す「スマート・ネイション・ビジョン」が挙げられる。「スマート・ネイション・ビジョン」は、国民誰もが充実した人生を過ごせる国家を形成するために、テクノロジーを活用して生活水準向上、コミュニティ強化、新規事業創造を促進することを目標としている。

「スマート・ネイション・ビジョン」実現のための戦略的国家プロジェクトは6種類(「CODEX(コーデックス)」、「E-Payment(イーペイメント)」、「LifeSG(ライフシンガポール)」、「National Digital Identity(ナショナルデジタルアイデンティティ)」、「Smart Nation Sensor Platform(スマートネイションセンサープラットフォーム)」、「Smart Urban Mobility(スマートアーバンモビリティ)」)から成り立っており、行政ポータルアプリ「LifeSG」(図表1赤枠)はそのうちの1つに位置付けられる。

図表 1 シンガポールの戦略的国家プロジェクト
図表 1 シンガポールの戦略的国家プロジェクト

2.生活に溶け込む行政ポータルアプリ「LifeSG」

行政ポータルアプリ「LifeSG」は、2018年6月から利用が開始された。開始当初は、まず6歳未満の幼児を持つ家族をサポートする機能が提供された。その後、2019年9月に60歳以上の国民向けのアクティブエイジングメニュー、2020年6月に求職者向けの雇用サポートガイドが追加されるなど、機能が適宜追加され進化を遂げている。

「LifeSG」の特徴は「個人に最適化された行政サービス」にある。70を超える行政サービスはこの1つのアプリに集約されている(図表2)。国民の関心の高い家族と子育て、健康管理、仕事と雇用、住宅と財産、教育と学習、その他のテーマ毎にグループ化され、国民の個人属性に基づいて最適化された行政サービス情報が表示される。「個人に最適化された行政サービス」であることを示す例として、現在、出生登録の10人に7人が行政ポータルアプリ「LifeSG」経由となっていることを挙げることができる(注2)。以前は出生登録手続きを行うためには役所に赴く必要があったが、今では「LifeSG」上で手続きを行うことが可能であり、出生登録に関して費やす時間は60分から15分に短縮されている(注3)。2番目の子供を「LifeSG」経由で出生登録をしたChien Koh Wei氏によれば、「LifeSG」による出生登録について「私の最初の子供と比較して、今回は簡単でした。LifeSGアプリに一緒にログインし、プロセス全体を非常に迅速に手続きできました。」とインタビューに答えている(注4)。

出生登録に留まらず「個人に最適化された行政サービス」は、年金、医療、教育、特典などのコンテンツ表示や必要となる公的手続きの通知サービスなど、幅広い分野に拡大している。コンテンツの一例として、就学や就職などに伴う手続きを簡素化するガイドが挙げられる。例えば、「家族支援計算機」と呼ばれる機能を通じて世帯収入や家族規模を入力すれば、その家族が申請できる育児休暇制度、助成金、福利厚生情報を確認できる。また、「予算適格性チェッカー」と呼ばれる機能を通じて自分自身の情報を入力すれば、行政から受けられる可能性がある特典を確認できる。高齢者のボランティアをしているChery氏によれば、「高齢者向けのアプリの最高の機能は、収入に基づいて得られる助成金を簡単に知ることができる予算適格性チェッカーだと思う。」とインタビューに答えている(注5)。他にも子供の健康記録を管理するメニューでは、自分の子供の医療予約を確認したり、免疫記録を表示することができる。

「LifeSG」の強みは、「個人に最適化された行政サービス」を1つのプラットフォーム上に展開することにより、国民一人ひとりが今受けられる行政サービスが何か、わかりやすく把握できることにある(図表2)。

図表 2 個人に最適化された行政サービスメニュー
図表 2 個人に最適化された行政サービスメニュー

3.鍵となる行政と国民の共創

シンガポールの行政ポータルアプリ「LifeSG」は、以上のような国民ファーストの行政サービスをなぜ実現できているのだろうか。国民ファースト実現の要因として、新たにサービスを実装する前に国民がサービス内容を評価するユーザーテストが挙げられる。ユーザーテストは、「ハイライトテスト」、「理解度調査」、「読みやすさ調査」に分類される。「ハイライトテスト」では、テストに参加する国民に対して、自分自身のペースで内容を読んでもらい、有用、明確であると感じた情報には緑色で表示することを依頼し、有用でない、不明瞭と感じた情報には赤色で表示するよう依頼している(図表3)。次に「理解度調査」では、コンテンツを読んだユーザーテスト参加者が内容を理解しているかの質問を行い、内容が正確に伝わっているかを確認する。最後に「読みやすさ調査」では、「読みやすさ」「明快さ」「使いやすさ」「ユーザーの自信(コンテンツを読んだ後、何をすべきか自信がもてるか)」の4項目について5段階評価をつける調査を行っている。

これらのユーザーテストにもとづく開発は、行政側のみではできない、いわば国民との共創により実現されているものといえ、このような官民一体の取り組みが「LifeSG」の使いやすさ向上に貢献しているのだ。

図表 3 ハイライトテストの様子
図表 3 ハイライトテストの様子

以上のように、「LifeSG」が国民目線の行政サービスを実現できている理由は、国民と行政が一体となりサービスコンテンツを創りだしたからだといえる。

日本においても9月にデジタル庁が設置され、行政サービスの利便性向上が求められている中、実績のある先行事例としてシンガポール行政ポータルアプリ「LifeSG」から我々が学べることは多いのではないだろうか。


柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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