時評『新NISA、その後』

安野 淳

2024年1月に始動した新NISA(少額投資非課税制度)から2年以上が経過し、開始当初の盛り上がりは、静かな日常へと溶け込みつつある。非課税枠の大幅な拡充と恒久化という制度改正は、日本における資産形成の枠組みを根底から書き換えた。その意味において、新NISAは制度設計として、すでに一つの完成形に到達したと評価しても良いだろう。

もっとも、制度が完成したことと、それを使う人々の行動や意識が成熟したことは、必ずしも一致しない。むしろ、新NISAが広く浸透した今だからこそ、制度と生活との距離感が、あらためて浮かび上がってきている。長期・積立・分散という資産形成の王道を、税制面から強力に後押しする設計になっている点で、新NISAの完成度は極めて高い。一方で、その自由度の高さは、使い手に判断の重みを委ねるという側面も併せ持つ。

多くの人は口座を開設し、つみたて投資枠を設定する。ここまでは想定内の行動である。しかし、成長投資枠をどう扱うか、あるいは非課税枠をどういったペースで使うかという段階に進むと、個人差が大きく表れる。制度が「できるようにしたこと」と、個々人が「すべきこと」は、同義ではない。

新NISAが本来目指しているのは、生活と調和のとれた持続可能な資産形成である。投資は将来の選択肢を広げるための手段であり、現在の生活を圧迫する目的にはなり得ない。しかし、非課税という強いインセンティブは、ときに判断を誤らせ、「本来は余裕資金として残しておくべきお金」と「投資に回すお金」との境界を曖昧にしてしまう。

ここには、日本人特有の投資観の揺らぎがある。損失を過度に恐れる一方で、制度として用意された枠はできるだけ利用したい。その二つの心理が同時に働くと、その結果として、「資産形成をしているはずなのに、なぜか生活に余裕が感じられない」という違和感が生まれる。

新NISAが私たちに問うているのは、実は運用手法そのものではない。その前段にある問いである。どのような生活を送りたいのか。どの時点で、いくらの資金が必要なのか。働き方、家族との時間、消費と安心のバランス──そうしたライフデザインが曖昧なままでは、いかに制度が完成されていても、投資との向き合い方は不安定にならざるを得ない。

制度改正は確かに必要だった。しかし、それは人生を自動的に豊かにする装置ではない。毎月いくらなら生活に無理がないのか。成長投資枠は今使うべきなのか、それとも将来使うべきなのか。こうした問いに対する答えは、制度の外側にある。

資産形成で最も重要なのは、利回りの高さでも、流行の商品でもない。生活と調和した習慣である。続けられる金額で、続けられる期間、淡々と積み重ねること。使うべきお金と、時間をかけて育てるお金とを混同しないこと。その地道な線引きがあって初めて、新NISAは真の意味で機能する。

制度は既に整った。完成形に近い制度が目の前にある今、問われているのは、それをどう使いこなすかという私たち自身の姿勢である。新NISAの成否は、非課税枠をどれだけ使い切ったかでは測れない。投資を続けながらも、日々の生活に十分な余白と安定を感じられているか──その、極めて人間的な感覚こそが、評価軸となるべきなのだろう。

安野 淳


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。