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トランプ新政権を読む『関税策のターゲットはどう選ばれるのか?』(2025年4月号)

前田 和馬

目次

フラッド・ザ・ゾーン戦略

1月20日に再び米国大統領へと返り咲いたトランプ氏は矢継ぎ早に政策を実行へ移している。パリ協定離脱を中心とした気候変動対策の巻き戻し、政府部門の人員削減、バイデン政権下で推進されたDEI(多様性・公平性・包摂性)プログラムの撤廃など、急激な変化は枚挙にいとまがない。なお、こうした大量の変化を引き起こす方法は「フラッド・ザ・ゾーン」、日本語でいえば「情報の洪水」戦略と呼ばれる。賛否両論の政策を溢れさせることで、野党・民主党の攻撃を分散させ批判をかわす方法だ。上院の閣僚承認が想定よりスムーズに進むなど、現時点において、この手法は成果が出ているように思える。

経済政策で特に注目されるのは関税政策だ。就任日の関税発動こそ見送ったものの、2月4日に対中国への10%関税、3月4日には追加で10%の対中関税のほか、メキシコ・カナダへの25%関税を発動した(ただし、エネルギーや自動車等には緩和措置)。一次政権時の関税発動が任期2年目であったことと比べると、現政権のスピード感は際立つ。おそらくトランプ氏は2020年の選挙敗退後、再登板の際の様々な作戦を練っていたのだろう。早期に公約を実現し、それが2026年中間選挙での共和党勝利へと繋がる場合、任期後半も自身の掲げる政策を実現しやすくなる。

関税政策の便利さ

そもそも、関税政策は米国大統領の権限が比較的大きい。例えば、トランプ氏は選挙期間中に広範な減税策を掲げたものの、日本の総理大臣と異なり、米国大統領には予算作成の権限がない。減税を含む予算権限は主に議会に委ねられる。現状では共和党が上下院を支配するものの、民主党との議席数の差は僅かであり、財政再建を強く主張する一部の共和党議員が造反する場合、減税案の実現には暗雲が立ち込める。また、移民規制の強化を巡っても、スタッフ増強等のためには議会の協力(予算手当)が必要不可欠だ。減税案や移民政策の実現に様々な障壁がある一方、関税政策は安全保障等を巡る「非常事態」を建前にすれば、部分的な発動が容易であり、大統領が活用しやすいツールといえる。

関税政策への素朴な疑問

とはいえ、トランプ政権による関税政策の具体的な方針を巡っては不透明な部分が多い。筆者は2月に訪米し、関税政策の素朴な疑問に関して、複数の現地専門家と意見交換を行った。本稿ではその内容を簡単に共有したい。

まず、関税による目的は何なのか。この質問に対して、ほぼ全ての専門家が「わからない」と答える。一般的には①交渉・取引の材料、②国内への生産回帰を促す、③関税収入を減税の財源に充てる、などが挙げられる。しかし、これらの狙いは矛盾を孕んでいる。関税が外交ツールにすぎないのであれば、後者2つの目標を達成するのは難しい。また、国内回帰で輸入が減る場合、関税収入はその分小さくなる。ちなみに「政権スタッフから聞いた話と、実行された政策が違う」といった話を現地ではよく聞いた。本当の狙いはトランプ大統領の「頭の中」にしかないが、これまでの言動を注視する限り、それも状況に応じて刻々と変わっているように思える。

次に関税の対象国、すなわちターゲットはどう選ばれるのか。最初に考えられる要素は対米貿易黒字の大きさだ。2024年時点において、1位は中国の2,954億ドル(約44兆円)であり、EUの2,356億ドル(35兆円)、メキシコの1,718億ドル(26兆円)と続く。加えて、これら3つの国・地域には狙われやすい個別要因がある。

まず対中関税を巡って、米国内の対中脅威論はトランプ一次政権よりも強まっている。例えば、Pew Research Centerが2024年4月に実施した調査によると、米国民の81%は「中国を好ましくない」(2017年調査:同47%)、66%は「中国が米国経済に負の影響を及ぼす」とそれぞれ回答している。対中関税による物価への押し上げ効果が緩やかに留まる場合、多くの米国民は対中関税を含む強硬姿勢を支持するだろう。

一方、米EU貿易に関してはEUの輸入自動車に対する関税率が10%と、米国が課す2.5%よりも高い。裾野の広い自動車産業は雇用創出効果が大きく、トランプ大統領はこうした関税率の差を問題視している。また、両者の貿易摩擦のリスクを巡って、イデオロギーの違いを指摘する声もある。トランプ氏はEUにリベラル(移民に寛容で気候変動対策を重視)なイメージを抱く一方、これは米国の民主党と親和的なスタンスであり、トランプ支持者や共和党とは相性があまり良くない。実際、トランプ大統領が友好的とみられる各国のリーダーは、ロシアのプーチン大統領を含めて右派の指導者が多い。

他方、メキシコは米国と陸続きの隣国であり、中南米から米国に入国する不法移民の多くはメキシコを経由する。また、同国は米国で社会問題化する違法薬物(フェンタニル)の主要な流入経路でもある。しかし、前述したように米国が国境警備を本格的に強化するには予算手当等で時間がかかる。このため、トランプ大統領は関税を交渉材料として活用し、当面はメキシコ・カナダ政府に国境警備等を強化するよう求めている。

日本への飛び火?

トランプ大統領は3月4日の施政方針演説において、相手国と同等の関税率を課す「相互関税」を4月2日に発動する方針に言及した。この際、対米貿易黒字が大きい中国やEU等に加えて、ブラジル・インド・韓国を名指しした。これら3か国は対米貿易黒字が突出して大きいわけではない一方、(全世界への)平均関税率が10%を超えるなど、米国の3.3%を大きく上回る。

トランプ大統領の当初の関税ターゲットは中国やメキシコなどの「対米貿易黒字+移民を含む安全保障」であった一方、今後は不公正な貿易慣行を保つ国・地域としてEUや(インドなどの)新興国へと移る可能性が高い。特に米国の産業保護のために自動車産業などが狙い撃ちされるリスクは否めない。この点、2024年の日本の対米貿易黒字8.6兆円のうち、7.0兆円が自動車を中心とした輸送用機械であることには留意が必要だ。2月の日米首脳会談は関税懸念を含めて円滑に通過したものの、関税策のターゲットがいつ日本に飛び火してくるかはわからない。

図表
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前田 和馬


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前田 和馬

まえだ かずま

経済調査部 主任エコノミスト
担当: 米国経済、世界経済、経済構造分析

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