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ここが知りたい『著作権とライブラリ~複製技術と知財戦略~』

重原 正明

目次

近年、無形資産の価値が重要視されている。代表的な無形資産の一つである知的創作物は、商品としての所有物と、文化としての共有物という2つの側面を持ち、複製技術の発達の中でその2面性が様々な議論や動きを生んできた。

本稿では所有概念を表す著作権と、共有のためのライブラリという、知的創作物に関する2つの事項に焦点を当て、共有物としての面をも考慮した知財戦略の在り方について考察する。

商品であり、かつ文化である知的創作物

文書、楽曲、イラスト、プログラムなどの知的創作物は、特に複製との関係で見た場合、2つの矛盾する側面を持つ。

まず知的創作物を商品として見た場合、それに応じた金銭的対価が創作者にもたらされなければならない。管理された商品として流通されなければならず、管理下にない複製(海賊版)は、創作者にとっては有害なものとなる。

一方で、人類共有の文化としての側面から見た場合、それは多くの人に享受されて価値が生じる。言い換えると、多く複製され世に広がることでより多く活用され文化的価値が生じる。

つまり知的創作物は「管理下におかれる商品」としての側面と「文化として広めるべきもの」としての側面との2面性を持つ。前者を具現するものが著作権であり、後者を具現するものが図書館やオープンソースソフトウェアなどのライブラリである。

そしてこの2面性は、複製技術の発達に伴いより明確に意識されるようになっている。

「コピー」と「コピーライト」の不可分性

著作権という概念は古代から見られるとされるが、社会的に意識され法令化されたのは、グーテンベルクの活版印刷の発明とフランス革命などに代表される市民の台頭によってであったと言えよう。教会の神父等の間で手書きの写本や書簡で伝えられていた知的創作物を、一般の市民も印刷物として入手できるようになることで、創作者の権利を守る著作権というものが意識されるようになった。

英米法では1710年のイギリスのアン法、大陸法では1791年および1793年のフランスの著作権法が著作権を確立した最初の法律とされる。これにより創作者はパトロンからの資金援助に頼らずに、創作物を「売って」金銭を得ることができるようになり、また無断複製によるただ乗り(フリーライド)を禁止できるようになった。

これは複製技術と、正規の複製物を購入できる多数の市民の存在なくして成立し得ない仕組みであった。「コピー」の技術と著作権(「コピーライト」)は不可分の関係なのである。

デジタル化初期の著作権論争

このような形で確立した著作権であるが、その後の複製技術の進化などによってさまざまな議論が交わされることになる。特にコンピュータソフトやCDなどのデジタル創作物の出現は様々な議論を引き起こした。

デジタル創作物は一般に複製しても劣化しないという特徴を持つため、元と変わらない複製物が作れ、海賊版を作成するには有利である。そのため、デジタル創作物に対しては海賊版作成を防ぐ、様々なコピープロテクトの技術が導入された。一方、このコピープロテクトを外すソフトウェアも現れ、大きな議論が巻き起こった。単体で販売されているソフトのユーザが、バックアップのためコピープロテクトの除去を求めた際、ソフトメーカーが「それほど大事な業務であればソフトをもう1本買うことをなぜ惜しむのか。」と返したという例もある。ユーザはソフトの利用権(「文化」)が欲しかったのに対し、メーカーは「商品」を売る意識だったのだろう。

今も権利関係や対価の額などでの論争は続いているが、法改正、販売戦略や技術革新などで解消された問題も多い。ソフトウェアや音楽の安価なオンライン販売は、コピーの必要性を減少させた。またビデオや音楽については、コピーの作成数を制限する技術が取り入れられている。デジタル作品の「本物」認証制度であるNFTも生まれている。さらにCDや雑誌については「おまけ」など販売戦略を変えて対応する例もある。

「フリーソフト」から「オープンソース」へ

一方で、デジタル化の進展は複製を容易にすることにより、知的創作物の「文化」としての側面を発展させてもいる。

学術論文などは伝統的に「文化」的な性格を強調し、(学術雑誌は有料販売だが)共有を旨としてきた。ブルバキの数学原論のような、集団による共同著作の例もある。

そのような集団による共有の傾向をさらに広めたのがコンピュータ・ユーザのコミュニティである。そもそもパソコン自体が、会社や大学に管理されたコンピュータを自らの手に、という理念を実現すべく発展・普及した面もあり、プログラムを交換・共有するのは自然であった。

その流れの中で、誰もが無料で自由に使うことができるフリーソフトが普及した。しかしソフトウェア開発がボランティアの範囲を超えるようになるにつれて、一部の人は商業主義との折り合いを考えるようになった。そして、無料にこだわらずソフトウェアの内容の公開に重点をおいた、オープンソースソフトウェアという概念に至る。基礎的なソフト(OS)から事務用ソフト、AIに関するライブラリまで、オープンソースソフトウェアの範囲は大きく広がっている。

一方、文化共有のための無料のソフトウェア・ライブラリという考え方も健在で、ある代表的なライブラリにプログラムを公開することは、現在も技術者の間で事実上の標準となっている。

コンピュータソフト以外の分野でも、著作権の切れた文書を公開する活動や、著作物の複製・再利用を認める宣言のマークを規定する活動がある。これらは知的創作物の共有ライブラリ化を目指す活動と言えよう。また生成AIも、見方によっては高度に検索機能が発達した知的創作物のライブラリとも考えられる。

「共有」の問題と見直される「所有」

このようにライブラリを作る動きは進展しているが、課題も見えてきている。

一つは金銭的な問題で、知的創作物の製作者への報酬やライブラリの維持費用をどう捻出するかである。生成AIの学習情報に対する著作権問題もこの一例である。現在も論争等が続いており、著作権の活用や寄付制度利用などによる解決策の試行が行われている段階と言えよう。

もう一つは、ライブラリの情報過多の問題である。ライブラリが巨大化しすぎると自分が実際に欲しいものを手に入れるのが難しくなる。

その解決方法は2つある。1つはライブラリへのユーザの参加を認め、一定の条件でユーザのライブラリ変更を認めることである。

もう1つはライブラリの使用をあきらめ、自身の好きなものを商品として所有することである。アニメ関係中心の同人誌販売会に数十万人が集まり、レコードやフィルムカメラがブームになるような、商品あるいは所有への回帰は、その表れと考えることもできるのではないか。

多様な手段がある中での知財戦略

現在、知的創造物を扱う者が取り得る選択肢には、純粋な商品として特許や著作権で厳重な管理下に置く方法から、純粋な文化としてライブラリに流す方法まで、多様な手段が存在する。

商品として厳密な管理を行うことで高品質を保っている企業は実際にある。一方で、文化としての面を強調することは、人的資源やエコシステムという別の無形資産取得の可能性があり、公益のみならず私益の面でも有益な場合がある。

知財戦略では、創作者への報酬等、持続可能性確保がまず前提となろう。その上で、共有という選択肢も意識し、所有と共有のバランスについて能動的な選択を行うことが求められよう。

重原 正明


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