- My Opinion
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2026.08.07
日本経済
金融市場
資本市場
資産形成・資産運用
高市政権
成長投資を促進するための金融戦略
~「資産運用立国」のアップグレードで問われる金融機関の自己変革~
安野 淳
- 要旨
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政府は2026年7月、「成長投資を促進するための金融戦略-資産運用立国のアップグレード-」(以下、「成長投資金融戦略」)を公表した。本戦略は、これまでの資産運用立国政策を、家計の資産形成や資産運用業の高度化にとどめず、企業の成長投資、官民金融、預金取扱金融機関(銀行等)によるリスクマネー供給、資本市場、決済インフラまでをも含む総合的な金融戦略へ発展させた点で評価できる。
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成長投資金融戦略が目指すのは、家計金融資産を単に預貯金から投資へ移すことではない。企業が成長投資を行い、金融機関・市場が必要な資金を供給し、その成果を家計が長期的に享受するという、インベストメントチェーン全体の機能強化である。その結節点に位置するのが、企業、投資家、政府系金融機関、資産運用会社をつなぐ銀行等の金融機関である。
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銀行等については、大型M&Aやプロジェクトファイナンスに対応する大口信用供与等規制の運用明確化、投資専門子会社を通じた出資規制の緩和、ファンド運営に関する自己資本比率規制の合理化などが盛り込まれた。融資に加え、出資、事業再編、経営支援を一体的に担う方向性が示されたことは、従来の預貸業務を中心とする銀行像を転換する契機となり得る。
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一方、こうした規制を緩和すれば成長資金が自動的に供給されるわけではない。最大の課題は、金融機関における産業知見、技術評価力、事業価値評価力、投資後の経営支援力が、戦略分野へのリスクマネー供給に必要な水準へ達しているかである。担保・保証や過去の財務情報に依存した審査の延長線上では、将来価値を見極めることは難しい。
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また、官民連携は、政府系金融機関がリスクを負い、民間金融機関が安全な部分だけを引き受ける構造に陥ってはならない。公的支援は民間のリスクテイクを代替するのではなく、民間だけでは負担困難な初期リスクを限定的に補完し、案件の成熟に応じて民間資金へ橋渡しする役割を担うべきである。リスク分担、損失負担、政策効果、民業補完の原則を案件ごとに明確化する必要がある。
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成長投資金融戦略の成否を分けるのは、金融機関が「資金を守る主体」から「リスクを選別して引き受け、企業価値を育てる主体」へ自己変革できるかである。資産運用立国のアップグレードとは、地域金融機関を含めた銀行をはじめとする金融システム全体の機能革新にほかならない。
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- 目次
1. 「資産運用」から「成長投資」へ
政府は2026年7月21日、「成長投資を促進するための金融戦略-資産運用立国のアップグレード-」(以下、「成長投資金融戦略」)を公表した。同日閣議決定された「日本成長戦略」と連動し、2040年度に国内投資250兆円を実現すること、および2040年までに家計金融資産に占める株式・投資信託・債務証券の割合を40%とする(2025年3月末:約23%)ことを目標(KPI)として掲げている。
これまでの資産運用立国政策は、家計の安定的な資産形成、資産運用業の高度化、アセットオーナーシップ改革、コーポレートガバナンス改革など、インベストメントチェーンを構成する各主体の機能向上を図ってきた。NISAの抜本的拡充、顧客本位の業務運営の定着、資産運用会社の新規参入促進、アセットオーナー・プリンシプルの策定など、個々の施策は相応の成果を上げてきたと評価できよう。
一方、従来の政策には、家計から資産運用会社、資本市場へと向かう資金の流れに比べ、その資金を企業の具体的な成長投資へ結び付ける金融機能への視点が相対的に弱いという課題があった。家計による投資信託の保有が拡大し、資産運用会社の運用資産が増加しても、それだけで国内企業の設備投資、研究開発、事業再編、スタートアップ育成が進むわけではない。家計の安定的な資産形成を確保しながら、成長性のある企業や事業へ資金が適切に供給され、企業価値の向上を通じてその成果が家計へ還元される循環を構築する必要がある。成長投資金融戦略は、これまで十分に意識されてこなかったこの環を、政策体系の中に明確に位置付けた。
同戦略は、第一に、企業に中長期的な企業価値向上に向けた積極的な投資を促すこと、第二に、アセットオーナーの機能向上、資産運用サービスの高度化、家計の安定的な資産形成を促し、国民が経済成長の成果を享受できるようにすること、第三に、両者をつなぐ金融機関と市場の機能を強化すること、第四に、AI時代を見据え、オンチェーン金融やサイバーセキュリティを含む金融インフラへの投資を進めることを基本的な柱としている。
すなわち、今回の「アップグレード」は、資産運用政策の単純な延長ではない。政策の射程を、家計の資産形成から、日本経済全体の資金循環へ拡張するものである。この方向性は評価できる。家計、企業、金融機関、アセットオーナー、市場、政府系金融機関を個別に改革するだけでは、資金の好循環は完成しない。それぞれが役割を果たし、資金とリスクが適切に受け渡される金融システムを構築して初めて、資産運用立国は実体経済の成長へとつながる。その意味で、成長投資金融戦略は、資産運用立国政策を「資産を運用するための政策」から、「金融の力によって投資と成長を生み出す政策」へ転換するものと位置付けられる。
2. なぜ銀行等の役割が重要なのか
成長投資金融戦略の特徴の一つは、預金取扱金融機関(銀行等)を、企業と投資家をつなぐ中心的な主体として明確に位置付けたことである。戦略が対象とするAI・半導体、量子、防衛、航空・宇宙、創薬、GX、フュージョンエネルギーなどの分野では、巨額かつ長期の資金が必要となる。一方、技術の実用化、事業化、収益化までの不確実性は高く、投資回収に長期間を要する案件も多い。こうした案件に対しては、上場株式や社債といった公開市場だけでは十分な資金を供給しにくいものも少なくない。事業の初期段階では、企業の財務情報や信用格付けだけでリスクを判断することも困難である。
そこで必要になるのが、企業との継続的な関係を通じて情報を蓄積し、事業内容を評価し、融資、出資、ファンド、シンジケートローン、証券化など、複数の金融手法を組み合わせる銀行等の役割である。銀行等には、単なる資金提供者を超え、少なくとも三つの機能が求められる。
第一は、情報生産機能である。成長分野への投資では、過去の実績よりも将来の技術、需要、競争環境、経営陣の能力を評価しなければならない。公開情報だけでは判断できない企業やプロジェクトについて、継続的な対話を通じて情報を収集し、事業価値を見極めることが必要である。
第二は、リスク変換・分担機能である。プロジェクトのすべてのリスクを一つの主体が負担することは現実的ではない。建設リスク、技術リスク、需要リスク、信用リスク、政策変更リスクなどを分解し、それぞれを最も適切に負担できる主体へ配分する必要がある。政府が技術開発の初期段階におけるリスクの一部を補完し、銀行等が融資を行い、機関投資家が長期資金を提供し、事業会社が長期購入契約などを通じて需要リスクの一部を負担するといった構造を設計することは、銀行等の重要な役割となる。
第三は、企業価値向上支援機能である。成長金融は、資金を提供して終わるものではない。事業計画の策定、人材の紹介、取引先との連携、M&A、事業承継、海外展開、資本政策など、企業価値向上に向けた継続的な支援が求められる。とりわけ、非公開企業やカーブアウト案件では、投資後の経営支援が投資成果を大きく左右する。銀行等が株主またはファンド運営者として関与するのであれば、融資先管理とは異なる経営支援能力が不可欠となる。
重要なのは、直接金融か間接金融かという二者択一ではない。市場と、銀行をはじめとした金融機関のそれぞれの強みを組み合わせ、案件の成長段階に応じて資金調達手段を移行させることが求められる。例えば、創業期にはベンチャーキャピタルや政策金融、事業化段階では銀行融資や事業会社からの出資、さらなる成長段階ではプライベートエクイティや社債、株式市場などを組み合わせることで、企業のライフサイクルに沿った切れ目のない金融支援が可能となる。銀行等は、その連続性を設計する主体である。成長投資金融戦略が銀行等の役割を重視した背景には、こうした認識があると考えられる。また、銀行融資と公開市場の間を補完するプライベートデットファンドの参入と健全な発展を促すことは、成長企業の資金調達手段を多様化するとともに、多様な投資家がそれぞれのリスク許容度に応じて成長資金を供給できる環境を整える上でも重要となる。
3. 銀行規制の見直しが意味するもの
成長投資金融戦略は、銀行等による資金供給・成長支援機能を強化するため、投融資に関する規制の緩和・合理化を打ち出した。具体的には、大型M&Aや新規事業のための特別目的会社への融資について、一定の要件の下で大口信用供与等規制の限度額超過を承認する取扱いを明確化すること、銀行の投資専門子会社による株式非公開化案件やカーブアウト案件への出資を可能とするため、議決権保有制限を緩和すること、外部投資家から出資を受けたファンドについて、自己資本比率規制上の取扱いを合理化することなどが盛り込まれた。
これらは、一見すれば個別の技術的な規制改正にみえる。しかし、本質的には、銀行のビジネスモデルを融資中心から投融資一体型へ転換する方向性を示すものとも考えられる。従来、銀行は預金を原資として融資を行い、元本と利息の回収を通じて収益を得ることを基本的な業務としてきた。融資では、企業価値の上昇による利益は限定される一方、企業が破綻した場合には損失を負担する。信用リスクを抑制する観点から、担保、保証、財務健全性、返済確実性を重視するのは合理的であった。
しかし、高い不確実性を伴う成長分野では、こうした融資の仕組みだけでは十分な資金を供給できない。技術開発段階の企業は安定したキャッシュフローを持たず、担保となる有形資産も乏しい。半面、事業が成功した場合には大きな企業価値の上昇が見込まれる。こうした企業に資金を供給するには、案件によっては、債権者として損失リスクを負う一方、成功時の収益が利息に限定される融資に加え、株主として成長の成果を共有できるエクイティ性資金を組み合わせる必要がある。
投資専門子会社を通じた出資規制の緩和は、この問題に対応するものである。銀行グループが融資と出資を組み合わせれば、企業の財務構造や成長段階に適した資金供給が可能になる。また、非公開化やカーブアウト案件への出資は、日本企業の事業再構築を促す観点からも重要である。
成熟企業が非中核事業を切り出し、新たな株主の下で成長投資を行う場合、資金だけでなく、独立後の経営体制、事業計画、取引関係を構築する必要がある。銀行グループがファンドや投資専門子会社を通じて関与すれば、取引先ネットワークや産業情報を活用した支援が期待できる。
さらに、大口信用供与等規制の運用明確化は、大型M&AやAIデータセンターなど、1件当たりの必要資金が大きい案件への対応力を高める。もっとも、特定の銀行が過大なリスクを集中して抱えるべきではなく、シンジケートローン、保険、証券化、機関投資家へのリスク移転を通じて、金融システム全体でリスクを分散することが前提となる。
4. 最大の課題はリスクの適切な評価である
成長投資金融戦略は、金融機関が成長資金を供給しやすくなるよう、制度上の障壁を取り除こうとしている。この方向性は妥当である。しかし、規制を緩和すれば、金融機関から成長分野へ資金が流れ始めると考えるのは楽観的に過ぎるだろう。問題の核心は、資金供給を妨げている要因が規制だけではないことである。
成長分野への資金供給には、技術や事業の将来性を評価する専門能力が必要となる。AIモデルの競争力、半導体の製造技術、創薬候補の成功可能性、データセンターの電力調達、GX投資の政策リスクなどを評価するには、伝統的な財務分析だけでは足りない。ところが、多くの銀行等の審査・リスク管理態勢は、依然として企業の過去の財務情報、担保価値、信用格付け、返済可能性を中心に構築されている。
これは銀行等の努力不足というより、預金者保護と金融システムの安定を重視してきた制度・監督の帰結でもある。確実な債権回収を優先する文化の下では、不確実な将来価値を評価し、失敗の可能性を織り込んで資金を供給する能力は育ちにくい。したがって、今後の課題は明確である。銀行等は、信用リスクを測る力に加え、事業価値を評価する力を備えなければならない。具体的には、アナリスト、技術者、データサイエンティスト、知的財産の専門家、事業再生・経営支援人材を組織内外に確保し、審査、投資、営業、リスク管理を横断した案件評価態勢を構築する必要がある。
外部専門家への委託だけでは十分ではない。最終的に投融資判断を行い、リスクを引き受けるのは銀行等自身である。外部の評価を理解し、異なる見解を検証し、自らの判断として意思決定できる内部能力が求められる。
また、案件ごとの採算管理も見直す必要がある。成長分野への投融資は、初期の調査やモニタリングに大きなコストを要する。短期的な収益性だけで案件を評価すれば、担当部署は確実性の高い既存企業向け融資を優先することになる。経営陣が成長金融を重要な経営戦略と位置付け、専門人材への投資や長期的な収益評価を行わなければ、規制緩和は利用されないまま終わりかねない。
さらに、失敗をどのように扱うかも重要である。成長分野への投融資には一定の失敗が避けられない。すべての案件が成功することを求めるなら、リスクマネーは供給できない。成長投資金融戦略に必要なのは、リスクを取れという号令ではなく、合理的なリスクテイクを評価できる組織と監督の仕組みである。
5. 官民連携を「官によるリスク肩代わり」にしない
成長投資金融戦略は、17の戦略分野への資金供給について、産業・事業の類型や事業化の進捗に応じて官民が適切にリスクを分担することを掲げている。具体策として、日本政策投資銀行(DBJ)の特定投資業務や産業革新投資機構(JIC)による投融資方針の整理、銀行等が政府系金融機関・ファンドと共同投資する場合の自己資本比率規制上の合理化、関係省庁と官民金融機関が意見交換を行う「官民戦略投資連携フォーラム(仮称)」の設置などが示された。
戦略分野には、すでに事業として一定の経済合理性を持つものだけでなく、現時点では技術が未実証であるもの、収益性は低くても社会基盤として不可欠なものが含まれる。これらすべてを同じ金融手法で支援することはできない。官民連携が必要であることに異論はない。しかし、その設計を誤れば、政策金融が民間金融を補完するのではなく、民間金融のリスクを肩代わりする構造になりかねない。
最も避けるべきなのは、政府系金融機関が損失の大きい部分を引き受け、民間金融機関は相対的に安全なシニア部分だけを保有しながら、「民間資金を呼び込んだ」と評価することである。公的資金が損失発生時に先行して負担する仕組みには、民間資金を誘引する効果がある。一方、民間が十分なリスクを負わないのであれば、案件選別やモニタリングの規律は弱くなる。政策目的が曖昧な案件や採算性の乏しい案件に資金が流れ、公的負担だけが残る可能性もある。官民連携では、少なくとも四つの点を明確にすべきである。
第一は、公的支援を必要とする理由である。技術の外部性、経済安全保障、長期の投資回収期間、地域インフラの公共性など、民間だけでは十分な資金供給が行われない市場の特性を具体的に示す必要がある。
第二は、官民のリスク分担である。公的部門がどのリスクを、どこまで、どの期間引き受けるのかを明確にしなければならない。政府保証、劣後出資、補助金、長期融資を漫然と組み合わせるのではなく、政策目的に応じて支援手段を選択すべきである。
第三は、公的支援からの出口戦略である。事業が成熟し、リスクが低下した後も公的金融が関与し続ければ、民間金融機関の事業機会を圧迫する。案件の成熟に応じて政府系金融機関の関与を縮小し、銀行、保険会社、年金基金、資本市場などによる民間資金に段階的に置き換える道筋を、あらかじめ設計する必要がある。
第四は、政策効果の検証である。投融資額に偏った成果指標を用いるのではなく、民間資金をどれだけ追加的に動員したか、企業の設備投資・研究開発・雇用・付加価値がどの程度増加したか、公的支援がなければ実現しなかった投資であったかを検証すべきである。
「官民戦略投資連携フォーラム(仮称)」が単なる情報交換の場にとどまるか、実効的な案件形成とリスク分担の場になるかは、こうした原則を共有できるかにかかっている。フォーラムに必要なのは、「どの分野へ資金を出すか」という政策要請を伝達することだけではない。「どのリスクを誰が負い、どの段階で民間へ移行するか」という金融構造を設計することである。
6. 地域金融機関にとっての成長投資金融戦略
成長投資金融戦略は、大手銀行や政府系金融機関だけを対象とするものではない。地域金融機関を地域経済の「要」と位置付け、投資銀行機能、メインバンク機能、地域への貢献力から成る「地域金融力」の強化も打ち出している。
地域金融機関にとっても、将来のビジネスモデルを左右する重要な戦略である。17の戦略分野には、AI・半導体、GX、コンテンツ、フードテック、防災・国土強靱化など、地域経済と深く関わる分野が多い。これらに関連して、半導体工場、データセンター、再生可能エネルギー、蓄電池、港湾・物流施設など、地域に立地する大型プロジェクトの拡大も見込まれる。
大型プロジェクトが地域で実施される場合、地域金融機関は、プロジェクト本体への融資だけでなく、周辺インフラ、関連企業、雇用、人材育成、住宅、地域交通など、地域経済への波及を支える役割を担う。また、地域には、優れた技術や知的財産を持ちながら、経営人材や成長資金が不足している中堅・中小企業が存在する。地域金融機関が企業の事業価値を見極め、外部の投資家、大学、研究機関、事業会社と結び付けることができれば、地域から新たな成長企業を生み出すことも可能となる。
その意味で、地域金融機関は、単なる地域内の預金・貸出機関ではなく、地域の資本、人材、情報を編成する「地域経済プラットフォーマー」へ進化することが求められる。ただし、この役割をすべての地域金融機関が単独で担うことは現実的ではない。高度な技術評価、大型プロジェクトの組成、海外市場の調査、エクイティ投資の管理には、相応の人材と規模が必要である。各行が同じ機能を重複して整備するのではなく、広域連携、共同ファンド、共同審査、外部専門機関との提携を進めるべきである。
地域銀行の経営統合やアライアンスも、単なるコスト削減ではなく、成長金融に必要な専門性を共同で確保するという観点から捉え直す必要がある。
また、地域金融機関が非金融分野へ業務を広げる場合、銀行持株会社の業務範囲規制との関係が問題になる。成長投資金融戦略は、ファイアーウォール規制の見直しや、銀行持株会社とは異なる一般事業持株会社の仕組みの是非について、2026年度中に研究・検討を開始するとしている。この検討は極めて重要である。地域経済の課題は、金融だけでは解決できない。観光、エネルギー、商社機能、事業承継、自治体DX、人材紹介など、金融と非金融を組み合わせた支援が必要となる。
一方で、業務範囲を広げれば、利益相反、顧客情報の利用、優越的地位の濫用、銀行本体へのリスク波及といった新たな問題も生じる。したがって、規制改革は単純な自由化ではなく、業務範囲の拡大に対応したガバナンスの再設計と一体で進める必要がある。地域金融機関の将来像は、「銀行業を守ること」によって形成されるものではない。地域経済に必要な機能を担うため、銀行がどこまで変われるかによって決まる。
7. 家計資産と成長投資をどう結び付けるか
成長投資金融戦略は、企業への成長資金の供給と並び、家計の安定的な資産形成を重要な柱に据えている。家計が経済成長の成果を享受するには、企業価値の向上が、株式や投資信託、年金などを通じて家計へ還元される仕組みが必要である。資産運用立国の本来の目的は、単に企業への資金供給額を増やすことではなく、国民の長期的な資産形成を支え、ファイナンシャル・ウェルビーイングの向上につなげることにある。
もっとも、家計資産を成長投資へ向かわせることは、特定の国内産業や政策分野への投資を家計に促すことを意味しない。家計金融資産は、政策目的に沿って動員される公的資金ではなく、一人ひとりの生活設計とリスク許容度に基づいて運用されるべき私有財産である。この原則は、成長投資を促進する局面においても揺らいではならない。家計の資産形成では、長期・積立・分散を基本とし、コストに十分配慮しながら、適切にリスクを管理するという原則を堅持する必要がある。
また、国家的に重要な分野であることと、個人投資家に適した投資対象であることは同義ではない。技術リスクが高く、流動性が低いうえ、投資回収に長期間を要する案件を、十分な説明や分散を伴わずに家計へ提供すれば、かえって資産運用立国への信頼を損ないかねない。そこで重要になるのが、専門的な知見とリスク管理能力を備えた資産運用会社、保険会社、年金基金などによる仲介である。
家計が投資信託や保険、年金などを通じて長期資金を拠出し、専門家が複数の企業や案件に分散投資する。さらに、その運用状況、リスク、手数料、投資成果を顧客や加入者に分かりやすく開示する。このような経路を整備することで、個人に過度なリスクを集中させることなく、家計と成長投資を結び付けることが可能になる。
金融機関に求められるのも、成長分野に関連する商品を増やすことだけではない。顧客のライフプラン、保有資産、収入、年齢、リスク許容度を踏まえ、適切な資産配分を支援する役割がある。今後は、NISA、企業型DC、iDeCo、保険、預貯金を個別の制度・商品として取り扱うのではなく、顧客の金融資産全体を捉えた助言へと転換する必要がある。成長投資の機会を提供すると同時に、顧客が負担できるリスクの範囲を見極め、長期的な資産形成を支えることこそ、金融機関が担うべきフィデューシャリー・デューティーである。
さらに、公的年金や税制優遇制度を通じて国内投資を政策的に誘導することにも慎重であるべきだ。年金積立金は、厚生年金保険法および国民年金法に基づき、「専ら被保険者の利益のため」に運用されるべきものであり、他の政策目的を優先する他事考慮は厳に慎まなければならない。したがって、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)等に対し、国内の金融資産への投資拡大を政策的に促すことには、慎重かつ抑制的な対応が求められる。
同様に、国債をNISAの対象に加える構想や、国債の利子・売却益、さらには相続財産に含まれる国債に税制上の優遇措置を設ける議論についても、それぞれの制度目的、他の金融商品との中立性、政策効果を慎重に検証する必要がある。成長投資金融戦略に求められるのは、家計資産を特定の投資先へ誘導することではない。金融機関の専門性とフィデューシャリー・デューティーを通じて、成長投資の成果とリスクを家計へ適切に仲介し、国民の持続的な資産形成につなげることである。
8. 規制緩和とガバナンスを両輪に
成長投資を促進するためには、金融規制が経済や技術の変化に対応する必要がある。大口信用供与等規制、議決権保有制限、自己資本比率規制、ファイアーウォール規制、業務範囲規制は、それぞれ金融機関の健全性、預金者保護、利益相反防止、市場の公正性を確保するために設けられてきた。規制が想定してきた金融機関の業務や市場構造が変化しているにもかかわらず、従来の枠組みを維持すれば、金融機関の機能発揮を妨げる可能性がある。必要なのは、規制目的を維持しながら、その達成手段をアップデートすることである。
例えば、同一金融グループ内の銀行と証券会社の間の情報共有を緩和すれば、企業に対して融資、社債、株式、M&Aを一体的に提案しやすくなる。一方、顧客情報が不適切に利用されれば、利益相反や市場の公正性への懸念が生じる。したがって、形式的な情報遮断を中心とする規制から、顧客の意思を適切に確認する仕組み、利用目的の明確化、アクセス管理、利益相反管理、監査証跡、経営責任を重視する規制へ転換することが考えられる。
投資専門子会社の出資範囲を広げる場合も同様である。銀行グループが企業の株主となれば、融資の回収、株式価値の向上、他の取引先との関係など、複数の利害が生じる。融資部門と投資部門の間の利益相反を管理し、投資先企業に不当な取引を求めない態勢が必要となる。
規制緩和は、金融機関への信頼を理由に規律を弱めることではない。金融機関がより広い裁量を持つ代わりに、その判断過程、利益相反、リスク管理、顧客への説明について、より高度な責任を負う仕組みへ移行することである。
金融行政にも変化が求められる。監督当局が、規制違反の有無や形式的な態勢整備だけを確認するのであれば、金融機関は新たなビジネスに慎重にならざるを得ない。新しい金融手法について早期に対話し、どのようなガバナンスを備えれば実施可能かを示す予見可能性の高い監督が必要となる。同時に、金融機関が政策要請を口実に過大なリスクを取っていないか、投資判断が政治的な重点分野に過度に左右されていないかを検証することも重要である。成長戦略への貢献と、健全性・顧客本位の確保を両立させることが、今後の金融行政に求められる。
9. 成果を測る検証指標が欠かせない
成長投資金融戦略は、2040年度に国内投資250兆円を実現することなど、意欲的な目標を掲げている。もっとも、投資額が増えれば、それだけで政策が成功したとはいえない。投資は将来の成長力を高めるための手段であり、金額自体が目的ではない。採算性の乏しい設備や需要の見込めない事業に資金を投じても、持続的な成長にはつながらない。
成長投資金融戦略の成果を測るには、資金供給額に加え、その質を検証する指標が必要である。例えば、戦略分野への民間投融資額、官民資金の比率、新規案件数、スタートアップや中堅企業への供給割合、エクイティ性資金の比率、民間資金への移行件数、投資先企業の売上高・生産性・研究開発費・雇用の変化などが考えられる。金融機関についても、単に融資残高や投資額を競わせるべきではない。産業・技術人材の配置、審査期間、共同投資家の広がり、投資後支援の内容、投資先の成長、損失率、リスク調整後収益などを総合的に評価する必要がある。
また、政策金融では、追加性を検証することが重要である。政府の支援がなくても実行された案件に公的資金を投入しても、政策効果は限定的である。一方、民間だけでは資金が供給されなかった案件が、公的支援を契機として事業化され、最終的に民間資金へ移行したのであれば、官民連携の効果は大きい。政策の実施状況を定期的に検証・公表し、成果が乏しい施策を見直すPDCAサイクルが必要である。日本成長戦略も、官民投資ロードマップについて、5W1Hを念頭に定期的なPDCAを行う方針を示している。成長投資金融戦略についても、どれだけ新たな民間資金を呼び込み、企業の成長と国民の資産形成につながったかを検証すべきである。
10. おわりに ―― 問われるのは金融機関の自己変革
成長投資金融戦略は、これまでの資産運用立国政策を、企業の成長投資、官民金融、銀行等の投融資、市場、金融インフラへ拡張した。家計の資産形成と企業の成長投資を一つの政策体系の中で捉え、その間をつなぐ金融機関の役割を明確にした点は高く評価できる。特に、銀行等に対して、融資だけでなく、出資、ファンド運営、M&A、事業再編支援を含む機能強化を打ち出したことは、日本の金融システムの将来像を考える上で重要な意味を持つ。
しかし、政策の方向性が正しいことと、実行が成功することは別である。規制緩和や公的なリスク分担、金融商品の拡充だけでは、持続的な資金循環は生まれない。金融機関が自らの判断でリスクを引き受ける能力を備え、その成果を家計の長期的な利益へつなげて初めて、資産運用立国への信頼は確かなものとなる。
課題は、制度の不足だけではない。金融機関自身の能力、組織、収益評価、意思決定、ガバナンスにある。これまでの金融機関、特に銀行には、預金者の資金を守り、信用リスクを管理し、企業へ安定的に資金を供給することが求められてきた。この役割は今後も変わらない。
その上で、成長投資金融戦略は、金融機関に新たな役割を求めている。企業の将来価値を見極め、不確実性の中から引き受けるべきリスクを選び、官民の資金を組み合わせ、企業の成長を支援し、その成果を家計へ還元する役割である。金融機関が、リスクを避けることに長けた組織から、リスクを理解し、選別し、管理しながら引き受ける組織へ変われるかが問われている。
資産運用立国のアップグレードとは、地域金融機関を含む銀行をはじめとする金融システム全体の機能を、成長投資に適した形へ作り替えることである。政府が制度と環境を整えるだけで、成長資金の好循環が生まれるわけではない。実際に資金を動かすのは、案件を見極めて資金を供給する金融機関やファンド、機関投資家、家計である。成長投資金融戦略の真価は、規制緩和の規模や政策資金の金額ではなく、こうした多様な主体がそれぞれの役割を果たし、企業の成長と家計の資産形成を両立させる仕組みを構築できるかによって決まる。資産運用立国は、いま「金融・資本市場全体の機能革新」という、より困難で本質的な段階に入ったのである。
【参考文献】
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内閣官房(2026)「成長投資を促進するための金融戦略-資産運用立国のアップグレード-」
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内閣官房(2026)「成長投資を促進するための金融戦略-資産運用立国のアップグレード-(概要)」
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内閣官房(2026)「日本成長戦略」
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内閣官房(2023)「資産運用立国実現プラン」
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内閣官房(2024)「アセットオーナー・プリンシプル」
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金融庁(2026)「資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート2026」
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安野淳(2026)「地域金融力強化プランの核心 ~『一般事業持株会社化』『信託兼営』による構造転換~」
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安野淳(2026)「『地域未来金融アクションプラン』への期待と課題~地域金融力強化に求められる制度改革~」
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安野淳(2026)「地方銀行は銀行であり続けるべきか~『地域経済プラットフォーマー』として道州制を先取りする次の10年~」
安野 淳
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