- My Opinion
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2026.09.11
デキュムレーション
年金・保険
資産形成
年金制度
国債優遇は誰のためか (2)
~「デキュムレーションNISA」という選択肢~
安野 淳
- 要旨
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- 日本の資産形成政策は、NISAや確定拠出年金(DC)の拡充により「貯めて増やす」段階では前進したが、退職後に資産をどう取り崩すかというデキュムレーションの仕組みは十分に整っていない。DCの老齢給付金受給者の約9割が一時金受取を選択している現状は、DCが事実上の「確定拠出一時金」制度となっていることを示す。
- そこで、本稿では、既存NISAを基盤に、定額または定率で資産を取り崩す「デキュムレーションNISA」という選択肢を検討する。NISAからは非課税のまま移管し、DCからはNISAの非課税保有限度額(生涯投資枠)の空き枠に限って非課税で移管する仕組みである。こうした仕組みは、退職時に途切れがちな資産運用を老後の安定的な所得につなぐ一助となり得る。
- 2027年度税制改正要望において「国債に関する税制の検討」が事項要望として掲げられているが、個人向け国債をNISAの対象に加えるのではなく、対象商品は国内債券を一定割合以上組み入れる公募株式投資信託に限定する。現行NISAの商品体系を維持しつつ、取り崩し期に必要な安定性を確保することで、税制優遇の過度な拡大を避けつつ、政策コストと金融機関のシステム開発負担を抑えられる。
- 目次
1. 日本のDCは「確定拠出一時金」か
NISAやDCの拡充により、現役期の資産形成を支える制度は着実に整ってきた。2024年に始まった新NISAは、非課税保有期間が無期限となり、制度自体も恒久化された。年間投資枠はつみたて投資枠と成長投資枠を合わせて360万円、非課税保有限度額は1,800万円である。2027年度税制改正要望では、売却した商品の取得価額分について非課税保有限度額を当年中に復活させることも掲げられた。制度は長期の資産管理に向けてさらに改善されようとしている。
一方、退職後に資産をどう使うかについては、制度整備が十分とは言えない。老後に受け取る資産には、公的年金、退職一時金、確定給付企業年金(DB)、DC、NISA、預貯金、保険などがある。しかし、それぞれの残高、受給開始時期、税制、運用方法を横断して示す仕組みは乏しい。金融リテラシーが比較的高い層であっても、将来のDCやDBからの受取額まで把握し、老後の収支を具体的に描くことは容易ではない。
とりわけ問題なのが、DCの老齢給付金受給者の約9割が一時金受取を選択していることである。制度上は運用を続けながら定額または定率で受け取ることができ、終身年金を選べる場合もある。それでも、退職所得控除などによって一時金受取が税制上有利になりやすいうえ、年金受取の仕組みも分かりにくいことから、受給方法は一時金に偏っている。現状は、「確定拠出年金」というより、事実上の「確定拠出一時金」ともいうべき状況にある。資産形成期に投資教育を受け、長期運用を続けてきた人であっても、退職を境に運用や助言を受ける仕組みとの接点を失いかねない。
2. 米英豪は取り崩しを制度の中に組み込む
海外では、積み立てた資産を退職後の所得に転換する仕組みが制度の中に組み込まれている。米国では、401(k)などの資産を退職時にIRA(個人退職勘定)へ移管し、運用を継続しながら取り崩すことが一般的である。伝統的IRAなどには原則73歳(将来的には75歳)から最低引出額(RMD)以上の引出しが義務付けられ、資産をいつまでも口座に滞留させない仕組みもある。
英国では、年金資産について、一時金、年金保険、運用を続けながら柔軟に引き出すドローダウンなど複数の選択肢が用意されている。オーストラリアでは、スーパーアニュエーション(注1)の退職段階で、一時金またはインカムストリーム(注2)を選択できる。さらに、基金の受託者には、加入者の退職所得をどのように支えるかを定める退職所得戦略が求められ、制度運営者側にも取り崩し支援の役割が置かれている。
制度の細部は異なるが、三カ国に共通するのは、退職時を資産運用の終点ではなく、取り崩しを伴う次の段階への移行点と捉えていることである。これに対し日本では、DCから一時金を受け取った後の資産管理や取り崩しを支える制度的な受け皿が十分に整っておらず、預貯金、投資信託、保険などを個人が改めて選び直さなければならない。日本に必要なのは海外制度の直輸入ではなく、既存のNISAの活用を含め、この接続部分を補う仕組みを整えることではないか。
3. 「デキュムレーションNISA」の基本設計
そこで選択肢として提案したいのが、既存NISAを基盤とする「デキュムレーションNISA」である。これを新たな大型の非課税制度ではなく、一定年齢以降に利用できるNISAの取り崩し専用スキームと位置付ける。口座内では、移管時に必要となる対象商品への買換えを除き、新規の自由な買付けは認めず、あらかじめ選択した定額または定率による定期売却を基本とする。定額型は毎月の受取額を安定させやすい一方、受取額の実質的な購買力がインフレによって低下するリスクがある。定率型は市場変動に応じて売却額が変わるため資産枯渇リスクを抑えやすい一方、受取額が変動し毎月の生活費を安定的に確保しにくくなるリスクがある。したがって、利用者が定額型と定率型のいずれかを選択できるようにすべきである。
NISAで保有する資産は、デキュムレーションNISAへ非課税のまま移管する。NISA内の資産を別のNISA区分へ移すにすぎないため、新たな非課税枠を消費させない。これにより、積み立てから取り崩しまでを同一制度の中でつなぐことができる。
DCからデキュムレーションNISAへの移管については、本人のNISAの非課税保有限度額の空き枠に限り、非課税で直接移管できる仕組みが考えられる。例えば、1,200万円のDC資産があり、NISAの非課税保有限度額を取得価額ベースで800万円利用している場合、DC資産については移管時の時価を取得価額とみなし、残りの1,000万円まで移管できることとする。これを超える200万円は、DC制度内で年金として受け取るか、現行税制の適用を受けて一時金として受け取ることになる(資料1)。
この仕組みであれば、1,800万円というNISAの基本的な枠組みを維持しつつ、DCからの移管に伴う非課税措置が際限なく拡大することも避けられる。もっとも、DCからの移管については、拠出時に課税上の優遇を受けたDC資産について、移管時の課税を繰り延べるだけでなく、移管後の運用益や取り崩しも非課税とすることになるため、非課税保有限度額の空き枠を上限とすることの妥当性や、既存のNISA利用者との公平性について慎重な検討が必要となる。他方、DCの老齢給付金受給者の約9割が一時金受取を選択している現状を踏まえれば、非課税での直接移管を認めなければ、デキュムレーションNISAの利用は広がりにくい。したがって、移管の具体的な要件については、制度の利用を促す観点に加え、制度の濫用防止、税制上の公平性、金融機関の実務負担を総合的に勘案して検討する必要がある。

4. 対象商品は国内債券を一定割合以上組み入れる公募株式投資信託に限定
取り崩し期の老後資産の運用では、一定の収益を確保するだけでなく、価格変動を抑え、安定的な取り崩しを可能にすることが重要となる。税制改正要望において「国債に関する税制の検討」が事項要望として掲げられているが、個人向け国債をNISAの対象に加えれば、上場株式・公募株式投資信託を中心としてきたNISAの商品体系を変更し、国債管理政策と家計の資産形成政策を混在させることになる。金融機関にも新たな商品管理や相応のシステム対応が必要となる。
そこで、デキュムレーションNISAの対象は、現行NISAで扱える公募株式投資信託のうち、国内債券を一定割合以上組み入れる商品に限定する。例えば国内債券の最低組入比率を定め、残りを国内外の株式などに配分するバランス型ファンドを対象とする方法が考えられる。具体的な比率は、価格変動の抑制効果、期待収益率、物価上昇への耐性を検証して定めるべきであり、現時点で一律の水準を決め打ちする必要はない。
この方法であれば、個人向け国債を含む公社債そのものを新たにNISA対象へ加えるのではなく、公募株式投資信託という既存の商品区分の中で対応できる。2026年4月には、つみたて投資枠の対象となる指定インデックスに連動しない公募株式投資信託について、主たる投資対象の要件を「主に株式に投資するもの」から「主に株式又は公社債に投資するもの」へ改める制度改正が行われた。こうした方向性も踏まえれば、対象商品の基準設定を中心とする比較的小さな改正で実現できる可能性がある。金融機関側も、既存の投資信託口座の仕組みを活用できるため、大規模なシステム開発を回避しやすい。
5. 政策コストを抑えながら必要な機能を備える
デキュムレーションNISAの狙いは、現行NISAの生涯投資枠を拡大することではない。既存NISA資産の移管は非課税状態を継続するだけであり、DCからの非課税移管も本人に残された生涯投資枠の範囲に限定する。
サービス面では、定額・定率の選択に加え、取り崩し開始前に、想定寿命、物価上昇率、運用収益率、市場下落を踏まえたシミュレーションを示すことが望ましい。金融機関は、当初の選択を固定するのではなく、資産残高や生活状況の変化に応じて定期的に見直す機会を提供する。また、顧客等の最善の利益を勘案した業務運営の観点から、費用、推奨理由および利益相反に関する適切な情報開示も必要である。
一方、長生きによって資産が枯渇するリスクは、定期売却だけでは完全には解消できない。公的年金の繰下げ受給や終身年金は、デキュムレーションNISAと競合するものではなく、これを補完するものである。NISA、DC、DB、保険、公的年金の残高と将来受取額を一体的に把握できる仕組みを整え、必要に応じて終身年金や相談サービスへ接続することが重要になる。
6. 資産運用立国を「使う段階」まで完成させる
政府の「成長投資を促進するための金融戦略」は、国民が経済成長の成果を最大限享受できるよう、資産運用サービスの高度化と家計の安定的な資産形成を進める方針を掲げる。金融庁のプログレスレポート2026も、DC加入者の状況に応じた情報提供や投資教育、商品選定の改善を求めている。しかし、資産形成の成果を国民の豊かさにつなげるには、積み立て段階だけでなく、積み上げた資産を退職後の所得へ転換する段階まで政策の射程に入れる必要がある。
もちろん、DC制度内の年金受取スキームを使いやすくすることが、最も直接的な対応である。運用を続けながら定額または定率で受け取れる仕組みを充実させ、加入者への情報提供や助言を強化することは欠かせない。ただし、DCが老後資産全体に占める割合は必ずしも大きくなく、そもそもDCに加入していない人も少なくない。さらに、約9割が一時金を選択する現状では、退職時に資産がDC制度の外へ流出し、その後の運用や取り崩しを支える制度的な接続が途切れてしまう。DC制度内の改善だけでは、NISAや退職一時金などを含む老後資産全体を対象としたデキュムレーションには対応しにくい。
その点、NISAは就業形態や勤務先の年金制度にかかわらず利用でき、すでに幅広い世代の資産形成の共通基盤となっている。既存の口座管理や定期売却サービスを活用すれば、新たな制度を一から構築するよりも、制度整備とシステム開発の双方にかかる負担を抑えながら、従来はDCから一時金として払い出されてきた資産を、継続的な運用につなぐ受け皿にもなり得る。したがって、デキュムレーションNISAはDCの年金受取スキームに代わるものではなく、その改善を進めてもなお残る制度間の空白を埋める仕組みとして位置づけられる。
資産運用立国は、家計から成長資金を引き出す政策であってはならない。企業の成長の果実が家計に還元され、積み上げた資産が老後の暮らしを支えるところまでつながって初めて、政策の循環は完成する。デキュムレーションNISAは、NISAの骨格を維持しながら、DCを事実上の「確定拠出一時金」で終わらせることなく、さまざまな老後資産を継続的な所得へと結び直す有力な制度的選択肢となり得るだろう。
【注釈】
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スーパーアニュエーションとは、被用者が強制加入となる企業拠出による私的年金。
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終身年金や有期年金を保険会社等から購入する non-account-based 方式と、資産を運用しつつ引き出す account-based 方式の2種類があり、後者が主流である。
【参考文献】
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金融庁「NISAを知る:NISA特設ウェブサイト」
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金融庁(2026)「『非課税口座に受け入れることができる上場株式等の範囲に関する基準』の一部改正について」
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金融庁(2026)「令和9(2027)年度税制改正要望について」
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金融庁(2026)「資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート2026」
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内閣官房(2026)「成長投資を促進するための金融戦略-資産運用立国のアップグレード-」
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安野淳(2026)「国債優遇は誰のためか-NISA・相続税と資産運用立国の制度目的を問い直す-」
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安野淳(2026)「時評『新NISA、その後』」
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奥田宏二ほか(2026)「いま注目されるデキュムレーション―米英豪のデキュムレーション政策の動向から考える―」
安野 淳
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。