確定拠出年金サービスの高度化に向けて

安野 淳

要旨
  • 日本の確定拠出年金制度では、企業型DCもiDeCoもともに運営管理機関の収益性が低く、多くが赤字である。黒字機関も信託報酬収入に依存しており、高コストの投資信託商品提供を選好する誘因が生じている。また、記録関連運営管理機関(レコードキーパー(RK))4社によるデータ独占と情報連携制限により、加入者に適切な助言や資産形成支援を行いにくい構造となっている。

  • 英米では「加入者利益原則」を前提に、加入者データを活用した助言サービスが発展している。RKや運営管理機関はAPI(Application Programing Interface:アプリケーション・プログラミング・インターフェース)等でデータ共有を行い、ターゲットデートファンド(TDF)やアドバイスサービス(Managed Account)を活用した個別最適な提案を提供する。クロスセルも一定程度認められる一方、利益相反管理や手数料透明化を徹底し、加入者保護を確保している。

  • 日本では個人情報保護を重視するあまり、RK保有データの活用が制限されている。その結果、投資教育が画一化・硬直化し、加入者の運用行動は元本確保型に偏りやすい。また、運営管理機関は付加価値サービスを提供できず収益改善も困難である。RKの大規模改修は高コストであり、低コストの情報活用策が求められる。

  • 改善策として、加入者同意に基づく限定的データ共有、加入者利益原則に沿った助言ガイドライン、限定APIによるデータ連携標準化、属性別金融教育の提供などが考えられる。これらにより、運営管理機関は付加価値サービスを強化し、収益改善が可能となり、加入者も適切な商品選択と長期資産形成を実現でき、制度全体の持続可能性向上が期待される。

目次

1. 日本の確定拠出年金制度が抱える構造的課題

金融庁の「資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート2025」は、日本の確定拠出年金(企業型DC、iDeCo)が抱える深刻な課題への問題提起を行っている。特に、運営管理機関の収益構造の脆弱性は制度の持続可能性を揺るがす問題であることが分かり易く分析されている。企業型DCの運営管理機関は、黒字が43機関ある一方で、赤字が42機関ある。黒字の場合も運営管理手数料のみでは赤字であり、投信販売に伴う信託報酬を含めてようやく黒字化しているに過ぎない。この構造は、運営管理機関が割高な信託報酬の投資信託商品提供を選好する誘因を生み、加入者本位の運用商品提供を阻害する可能性が指摘されている(注1)。同様にiDeCoの運営管理機関も、黒字が39機関ある一方で、赤字が80機関もある(注2)。

さらに、日本の確定拠出年金制度では記録関連運営管理機関(レコードキーパー(RK))4社が記録管理を独占的に担う構造が存在し、情報の分断と硬直性が生じている。RKは加入者の属性・拠出履歴・運用状況といった極めて重要なデータを保持するが、現行制度では運営管理機関や商品提供機関との情報連携が厳しく制限されている。このため、加入者に対する総合的なアドバイス提供や、ライフプランに基づくコンサルティングが困難となり、結果として商品選定に際して加入者が元本確保型に偏り、十分な年金資産の形成につながりにくいという非効率なパラドックスが生じている。

2. 英米の確定拠出年金制度における情報活用の特徴

対照的に、英国および米国では、加入者データの統合的管理とアドバイス提供の一体化が進んでいる。これらの国では、以下の特徴が見られる。

1点目が情報共有の前提としての「加入者利益原則」である。英米では、加入者の最善利益(best interest)を基軸とし、データ活用はむしろ加入者保護の手段と位置づけられている。運営管理機関やアドバイザーは、加入者の属性・資産状況・リスク許容度を把握したうえで、ターゲットデートファンド(TDF)(注3)などを活用した商品提案を行う。

2点目はデータ連携の柔軟性である。米国では、RKと運営管理機関が異なる場合でも、API(Application Programing Interface:アプリケーション・プログラミング・インターフェース)連携等により加入者データが円滑に共有され、アドバイスサービス(Managed Account)が提供される。英国でも、NEST(National Employment Savings Trust:国家雇用貯蓄信託)が加入者データを一元管理し、外部アドバイザーとの連携を可能にしている。

3点目がクロスセルの適度な許容である。英米では、加入者の金融リテラシー向上や資産形成支援の観点から、確定拠出年金口座情報を基にした金融教育・資産形成アドバイスが広く行われている。ただし、利益相反管理が厳格に求められる点は共通している。

英米の制度は、加入者データの活用を前提としつつ、利益相反管理と透明性確保によって加入者保護を担保している点に特徴がある。

3. 日本の確定拠出年金制度における情報制約の問題

日本では、個人情報保護の観点から、RKが保有する加入者データを運営管理機関や商品提供機関が活用することに強い制約が課されている。この結果、以下の非効率が生じている。

‐ 加入者の属性に応じた商品提案が困難

‐ 投資教育が画一的で、個別最適化されない

‐ 運営管理機関が付加価値サービスを提供できず、収益構造が改善しない

‐ 加入者の運用行動が保守化し、資産形成が進まない

特に、RKのシステム更改・改修は高コストであり、制度全体の費用対効果を著しく損なう恐れがあるため、大規模な制度変更は望ましくない。事実、iDeCoのシステム間連経費は、相次ぐ制度変更で膨らんでおり、初の管理手数料の引き上げも決まり、加入者にも影響が及ぶ。したがって、コストを抑えつつ情報活用を可能にする「緩和的措置」が求められる。

4. 情報共有の緩和によるサステナブルな確定拠出年金制度構築

以上を踏まえて、制度やシステムに大きな手を加えず、コストパフォーマンスに配慮した改善策を考えてみたい。

① 加入者同意に基づく限定的データ共有の制度化

最も現実的かつコストパフォーマンスに優れた方策は、加入者の明示的同意(opt-in)に基づき、RKが保有するデータの一部を運営管理機関に共有する仕組みを整備することである。

共有対象データ(例)

‐ 年齢・性別・勤続年数

‐ 拠出額・資産残高・商品配分

‐ リスク許容度(加入者が任意で回答)

これらのデータは、個人情報保護法の範囲内で適切に管理可能であり、システム改修も最小限で済む一方で、以下の効果が期待される

‐ 加入者属性に応じた投資教育の提供

‐ TDF等の適切な商品提案

‐ 付加価値向上による運営管理機関収益改善

‐ 加入者の長期的資産形成の促進

② 「アドバイス・ガイドライン」の策定

英米のbest interest規制を参考に、加入者利益原則に基づくアドバイス提供ガイドラインを策定することで、データ活用と加入者保護の両立を図る。

ガイドラインの要点

‐ 利益相反の開示

‐ 商品提案の合理性説明(suitability)

‐ 手数料の透明性

‐ 加入者の理解度に応じた説明義務

これにより、クロスセルが加入者不利益につながるリスクを抑制可能とする。

③ 「データ連携の標準化(APIライト版)」

RKの大規模システム改修を避けつつ、限定的なデータ項目のみを共有するAPIの標準化を進める。これは既存システムに最小限の追加で実装可能であり、コスト効率が高い。

④「金融教育とコンサルティングの一体化」

データ共有により、運営管理機関は加入者の属性に応じた金融教育コンテンツを提供できる。

コンテンツ(例):

‐ 若年層:積立投資の重要性

‐ 中堅層:リスク調整後リターンの最適化

‐ シニア層:取り崩し戦略

これにより、確定拠出年金制度を単なる「商品提供の場」から「生涯資産形成のプラットフォーム」へと進化させことが可能となる。

5. 情報活用の緩和こそが確定拠出年金の持続可能性を高める

日本の確定拠出年金制度は、運営管理機関の収益構造の脆弱性、RKによるデータ独占、加入者の運用行動の保守性など、複合的な課題を抱えている。英米の制度が示すように、加入者データの適切な活用は、加入者保護と資産形成支援を両立させる鍵である。

厚生労働省においても『年金の運用の見える化』の一環としてDCについても情報開示を進めようとしているが、規約ごとの開示であり、パーソナライズされた情報・アドバイスの提供とは別のものと思われる。

本稿で提案した「加入者同意に基づく限定的データ共有」「アドバイス・ガイドライン」「APIライト版」「金融教育の個別最適化」は、制度やシステムに大規模な改修を加えることなく、コストを抑制しながら実現が可能である。これらの措置により、運営管理機関は付加価値サービスを提供することができるので収益は改善する。一方、加入者は適切な商品選択と資産形成を実現する。結果、制度全体はサステナブルなとなる。

但し、そのためには運営管理機関を中心とした金融機関が加入者本位の業務運営を行い、加入者の最善利益を追求することが大前提である。その上で、日本の確定拠出年金制度を真に加入者本位の仕組みとして成熟させるためには、情報活用の緩和と同時に透明性の向上が不可欠である。

以 上

【注釈】

  1. 運営管理機関の収支状況(企業型DC):運営管理機関の2024/3 期の収支状況をみると、黒字が43機関ある一方で、赤字が42機関ある。運営管理業務(運用関連業務、記録関連業務)に着目すると、多くの運営管理機関において、企業から得た運営管理業務委託手数料のうち約 70~80%は RK への記録関連業務の再委託手数料としてRKに支払われている。そして、黒字の運営管理機関であっても、現状、企業から得る運営管理業務委託手数料とRKに支払う再委託手数料の差額では運用関連業務に伴う人件費やシステム費を賄うことはできておらず、加入者等が負担する信託報酬(一部)により全体として利益が出ている構図となっている。換言すれば、信託報酬(一部)がなければ赤字となる。こうした収支構造は、企業から得る運営管理業務委託手数料が運営管理機関の持続的なサービス 提供の観点から十分でない場合には、(運営管理機関が商品提供機関として、又は、系列の資産運用 会社が)加入者等から得る信託報酬を頼る方向に誘引し、加入者等の最善の利益を勘案した運用商品の選定・提示について疑念を生むおそれもあると考えられる(金融庁「資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート2025」より抜粋)。

  2. 運営管理機関の収支状況(iDeCo):運営管理機関の2024/3期の収支状況をみると、管理会計として、iDeCoの運営管理機関の業務のみを切り出して収支を算出することができない機関を除くと、黒字が39機関ある一方で、赤字が80機関ある。(金融庁「資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート2025」より抜粋)。

  3. Target Date Fund(TDF):退職時など将来の一定時点をあらかじめ設定し、それに向け計画的に資産のリスク量を減らしていくファンドのこと。ターゲット・イヤー・ファンドともいう。

【参考文献】

安野 淳


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。