インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

ベトナム7-9月GDPは前年比+8.23%、力強い景気が続く

~外需がけん引役となり内需も下支えとなる一方、金融市場はトランプ関税の影響を見極めかねる展開~

西濵 徹

要旨
  • ベトナム経済は米中摩擦の激化による「漁夫の利」を得る一方、トランプ政権の関税政策に翻弄されてきた。当初、米国はベトナムに46%の高関税を課したが、通商協議の結果、相互関税は20%に引き下げられるも、ベトナムは米国からの輸入関税を撤廃する不平等な合意に至った。しかし、輸出競争力の確保や不確実性の早期解消を優先した形であり、政府は成長率目標を引き上げるなど成長重視姿勢を強めている。
  • 米越間の合意もベトナムの輸出は駆け込み需要を伴う形で拡大しており、7-9月の実質GDP成長率は前年比+8.23%と高水準となっている。輸出の拡大に伴い中国からの輸入も拡大しており、中国による迂回輸出に対する米国の規制が曖昧なこともあり、実質的な影響は限定的とみられる。さらに、輸出の堅調さを追い風に鉱工業生産や直接投資も好調な上、外国人来訪者数も拡大するなど外需が景気を押し上げている。また、物価の安定と雇用改善を背景に個人消費も底堅いなど、内需も景気を下支えする展開が続く。
  • しかし、今後の外需は駆け込み需要の反動や関税による価格競争力の低下が懸念される。また、中国企業との競争激化も見込まれるなど、外需主導の経済成長には不透明感が残る。政府は内需拡大に向けて貸出金利の引き下げを促すが、金融市場では株高と通貨安が併存するなど、トランプ関税の影響を見極めかねている様子がうかがえる。経済の先行きに不確実性が大きく、金融市場の動向にも注意が必要である。

ベトナム経済を巡っては、過去数年激化してきた米中摩擦の背後でその『漁夫の利』を得たとされる一方、トランプ米政権の関税政策に翻弄される展開が続いてきた。米国は当初、同国に対する相互関税を46%とASEAN(東南アジア諸国連合)主要国のなかで突出した水準とした。ベトナム経済にとって対米輸出額は名目GDP比2割強に達するため、仮に高関税が課されれば実体経済に深刻な悪影響が出ることは避けられない。こうしたなか、両国の通商協議を経て、米国はベトナムに対する相互関税を20%とする一方、中国からの『迂回輸出』を念頭に第三国からベトナムを経由した輸入品に40%の関税を課すことで合意した。その一方、ベトナムは米国からの全ての輸入品に対する関税をゼロとする極めて不平等な内容となったことが明らかにされた。このように不平等な合意ではあるものの、ベトナムにとっては税率の違いが輸出競争力の差に繋がる事態を回避するとともに、税率がベトナムにとって受忍可能な水準に抑えられたことも重なり、早期の合意により不確実性の払しょくを狙った可能性もある。また、ベトナム政府は今年2月に成長率目標を8%に引き上げるとともに、国会もその方針を承認しており(注1)、その実現可能性を高める観点でも早期の不確実性の払しょくを図るべく合意を急いだ思惑もうかがえる。さらに、合意直後にベトナム政府は今年の成長率目標を8.3~8.5%に再び引き上げるなど、経済成長を優先する姿勢を強めていると捉えられる。そして、通商協議を経てASEAN主要国に対する相互関税を概ね19%とベトナムと同水準となっており、ベトナムと米国との通商合意が各国の協議に与えた影響は大きかったと捉えられる。

図表
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なお、上述したようにベトナム経済は米中摩擦による漁夫の利を最も得た国のひとつとされ、アジア域内におけるサプライチェーン見直しの動きを追い風に対内直接投資の受け入れを活発化させたほか、対米輸出を大きく拡大させてきた。さらに、トランプ関税の本格発動を前に、このところの対米輸出には『駆け込み』の動きが反映される流れがみられ、生産活動が活発化していたため、こうした動きが足元の景気を押し上げることが期待された。事実、7-9月の実質GDP成長率は前年同期比+8.23%と前期(同+7.96%)から一段と加速して2007年10-12月(同+9.24%)以来の高い伸びとなっている。なお、9月までの累計ベースの成長率は+7.84%と政府目標を下回る伸びに留まるものの、足元の景気は底入れの動きを強めていることがうかがえる。さらに、当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率も2四半期連続で二桁%の高成長になったと試算される。ベトナム経済はASEAN諸国のなかでコロナ禍からの回復の動きが最も進んでいるなか、足元においては一段とペースが加速しているとみられる。

図表
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個別の指標の動きをみると、トランプ関税の本格発動を前にした輸出の駆け込みの動きがみられたことに加え、米越間の通商合意による不透明感の払しょくを受けて、その後も引き続き米国向けを中心に輸出が拡大しており、外需が景気をけん引していることがうかがえる。また、上述したように米越間の合意では、第三国からベトナムを経由して米国に輸出される迂回輸出に追加関税を課すとしているものの、米関税・国境警備局(CPB)によれば、米国と自由貿易協定(FTA)を締結していない国から輸出された財については、その部品が第三国で生産された場合においても「実質的な転換」がなされた国の生産物と表示することが可能となっている。そして、追加関税の対象に関するガイダンスに加え、迂回輸出に関する定義も示されておらず、追加関税による影響は出にくい状況にある。こうした事情も追い風に、米国向け輸出の拡大に伴い中国からの輸入も増加しており、実態は大きく変化していないと捉えられる。また、こうした動きを反映して鉱工業生産も堅調に推移するとともに、対内直接投資も同様に底堅い流入が続いている。外国人来訪者数も堅調な流入が続いており、財、サービス両面で外需が足元の景気をけん引している。加えて、足元のインフレ率は緩やかに加速するも、引き続き中銀目標を下回る伸びで推移するなど落ち着いた動きをみせており、外需の堅調さが雇用を下支えしていることも重なり、個人消費も底堅い動きをみせている。

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なお、先行きについては駆け込みの動きがみられた輸出に反動が出ることが懸念される。さらに、20%の相互関税が対米輸出の価格競争力の足かせとなることも重なり、足元の景気をけん引してきた外需を取り巻く環境は厳しさを増すことは避けられない。その一方、中国による迂回輸出に対する米国の対応には不透明なところが少なくないほか、中国に課された関税(相互関税14%とフェンタニル対策を目的とする追加関税20%を合わせた34%)に対して同国に対する課税は小幅に留まる。よって、当面は迂回輸出が疑われる中国からの輸入拡大を伴う形での対米輸出の動きが続く可能性は考えられる。ただし、各国で対米輸出に対するハードルが高まるなか、中国企業は過当競争(内巻)により技術のみならず価格面でも競争力を高めており、今後はベトナム企業が中国企業との競争に晒されることも予想され、外需を取り巻く環境はこれまで以上に厳しいものとなることも考えられる。そうした点でも外需が景気をけん引することのハードルは高まるであろう。他方、中銀は内需喚起を図るべく、今月3日に商業銀行に対して貸出金利の引き下げを求める動きをみせている。金融市場においては、足元の景気が堅調な動きをみせていることを追い風に、主要株式指数(VN指数)は最高値近傍で推移するなど活況を呈しているものの、通貨ドンの対ドル相場はドル安が意識されやすい展開が続いているにもかかわらず最安値圏で推移するなど対照的な動きをみせている。こうした状況は、金融市場が依然としてトランプ関税によるベトナム経済への影響を見定めかねている様子を示唆している。先行きのベトナム経済には不透明要因が山積するなか、その影響が顕在化した際にベトナム金融市場を巡る状況が大きく変化する可能性には注意が必要と考えられる。

図表
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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