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米国:減税法案は景気刺激的?

~結局、関税収入に依存~

前田 和馬

要旨
  • 米議会予算局は下院の税制法案(5月22日可決)が今後10年間の財政収支を2.4兆ドル悪化させると試算する。しかし、同試算は既存減税の延長が新たな歳出として計上されるほか、関税収入はほぼ含まれないなど、現行水準からの追加的な財政赤字を意味するわけではない。

  • 加えて、新規減税策の大半がトランプ政権任期中の時限措置である一方、その終了後にはメディケイド等の歳出削減の影響が本格化する。次期大統領が2029年以降にこうした財政緊縮に踏み切るかは不透明であり、実際には減税延長や歳出削減の見送りなどが将来的に決定される可能性がある。

  • 下院案が大きな修正なく成立する場合、中長期的な財政への影響は関税収入(現行関税策の持続性)に大きく依存する。関税策が継続しこれが米国内への負担となる場合、財政スタンスは景気抑制的となる一方、逆に多くの関税策が撤回されれば2026~27年を中心に景気刺激効果を持つ。

5月22日、米連邦議会下院は各種減税策等を盛り込んだ税制法案(One Big Beautiful Bill Act:以下OBBBA)を215対214の僅差で可決した。民主党議員212名に加えて、歳出削減が不十分として共和党から2名の議員が造反した(また、共和党議員1名が棄権、2名は不手際で欠席)。同案は6月より上院での審議に移っており、トランプ政権は7月4日の独立記念日までに法案成立を目指している。ただし、上院共和党においても財政赤字への懸念のほか、逆に気候変動対策予算やヘルスケア支出の削減に消極的な意見もみられるなど、最終的な成立への道筋には依然不透明感が残る(注1)。

OBBBAの概要:税制改正、歳出改革、債務上限引き上げ

OBBBAは主に税制改正、歳出改革、債務上限引き上げの3つで構成される(詳細は文末の図表5)。

まず、税制改正ではトランプ一次政権時の2017年に成立した「減税・雇用法[TCJA]」を延長・拡大する。個人向けの具体的な内容としては、所得税率の最高税率の引き下げや児童税額控除の増額などを継続するほか(一部は時限措置で更なる拡大)、州・地方税(SALT)の控除上限を1万ドルから4万ドルへと引き上げる。また、企業向けではボーナス控除(固定資産の100%即時償却)を復活させるなど、設備投資へのインセンティブを付与する。これらに加えて、トランプ大統領が選挙期間中に掲げた残業代やチップ収入への免税を、トランプ政権任期中の2025~28年に限って実施する。他方、バイデン前政権下の2022年8月に成立した「インフレ削減法」の下での気候変動対策を巡っては、一部措置の縮小や終了時期の前倒しに踏み切る。

また、税制改正には保護主義、或いは反移民的な政策を含んでいる。例えば、米国製自動車を購入した際の自動車ローンの利子控除、米国製造業に対する設備投資支援や中小企業への会計基準の柔軟化は、国内への生産回帰を企図したものと考えられる。また、外国人の海外送金に対する課税、或いは税額控除などを受けるに際しての社会保障番号(SSN)の必須化などは、「移民受け入れが財政負担になっている」との保守派の不満に応えるものとみられる。このほか、欧州諸国などが導入するデジタルサービス税(米ビックテックの広告・コンテンツ収入等に対する課税)や軽課税所得ルール(UTPR:多国際企業の本国における実効税率が15%を下回る場合に子会社へ追加課税)への報復的な法人税制が含まれている(内国歳入法899条の創設)。

次に、税制以外の歳出面を巡っては、2026~27年度を中心にミサイル防衛システムなどの軍事関連、2028~30年度に人員増強を中心とした国境・税関対策に対する予算の増額を実施する。一方、歳出削減策としては、学生ローン返済プランの見直しのほか、メディケイド(低所得者向け医療保険)を中心としたヘルスケア支出の削減を段階的に拡大する予定となっている。

最後に、OBBBAが可決した際には現行法から債務上限が4兆ドル引き上げられ、連邦政府による新規の資金調達が可能となる。2025年1月以降の債務上限再開により、現在の政府は手元資金を用いて国債の支払い義務を履行している。6月9日、CBOは手元資金が尽きる「Xデー」を8月半ばから9月末になるとの見通しを公表しており、この際に債務上限が適用されたままの場合には米国債のデフォルトが現実味を帯びるため、Xデーが到来する前にOBBBAを可決する必然性が強い。

財政スタンスに関する3つの留意点

米議会予算局(CBO)はOBBBAによって今後10年間(2025~34年度)の利払い負担を除くプライマリー財政収支が2.4兆ドル(歳出:-1.3兆ドル、歳入:-3.7兆ドル;GDP比0.7%)悪化すると試算する(図表1:①)。とはいえ、同試算には3つの留意点がある。

図表1
図表1

まず、財政収支への影響は現行法との比較、すなわち既存の個人所得減税等が2025年末に失効するケースとの差分で算出される。4兆ドル程度は既存の減税策を延長するための財源であり、これは更なる財政拡張や追加の景気刺激効果を持つわけではない。こうした延長分を控除すると、筆者は同法案が今後10年間の財政収支を現状から1.3兆ドル(GDP比:0.4%)の引締めとなり、これは将来的な景気抑制効果を持つと試算する(図表1~2:②)。

次に、同法案の財政収支及び景気への影響は前半(2025~29年度)と後半(2030~34年度)で大きく異なる。トランプ大統領の任期中には選挙公約の各種減税策(残業代の免税など)が実施される一方、後半にはこれらの景気刺激策が失効するほか、メディケイドなどの歳出削減が本格化する。この結果、現行水準の財政規模と比較すると、前半はGDP比0.2%の財政緩和が景気刺激効果を持つ一方、後半は0.9%の財政引締めが景気抑制効果を持つとみられる。次期大統領の下でこうした大規模な「財政の崖」が生じるのかは不透明であり、実際には減税延長や歳出削減の見送りなどがポスト・トランプ政権で決定される可能性がある(注2)。仮に2026~28年度と同程度の家計・企業向け減税が持続し、社会保障支出等の削減も先送りされる場合、2025~34年度における財政収支は1.1兆ドル(GDP比:0.3%)の拡張となり、景気刺激効果が長期にわたって持続する(図表1~2:④)。

最後に、同法案は関税率及び関税収入に関する内容をほぼ含んでいない。CBOは5月13日時点の関税策(一律関税10%、対中関税30%、対メキシコ・カナダ関税25%、自動車関税25%など)の継続による関税収入を2025~35年度で2.5兆ドルと試算する(注3)。こうした関税収入が実現しこれが米国内への負担となる場合、財政刺激効果は減税策が集中する2026年においても限定的であり、その後は財政引締めが持続する(図表1~2:③)。こうした傾向は一時的な減税措置が延長されたとしても変化はなく、2025~34年度における財政収支は1.1兆ドル(GDP比:0.3%)の引締めとなり、財政スタンスが長期にわたって景気抑制効果を持つ(図表1~2:⑤)。

図表2
図表2

中長期の財政収支は高齢化の影響が大きい 

米国の(利払い負担を含む)財政赤字は2020年度にはパンデミック対策でGDP比14.7%まで拡大、その後も直近2024年度は6.4%とコロナ以前の水準(2010年代平均:4.8%)には戻っていない。その内訳をみると、歳入は2024年17.1%(同、16.4%)と緩やかに拡大した一方、歳出が23.4%(21.2%)と歳入を上回って増加したことが財政赤字を高止まりさせている(図表3)。

2020年代前半における財政収支悪化の背景として、コロナ対策やバイデン政権下におけるインフラ整備・半導体生産への支援策のほか、高齢化による構造的な財政悪化圧力が挙げられる。社会保障支出を中心とした義務的経費は2024年度にGDP比14.1%(2010年代平均:12.7%)まで拡大した。先行きを巡っても、CBOはメディケア(高齢者向け医療保険)や年金給付の増大を背景に2034年度の義務的経費が15.0%へ上昇すると予想する(2025年1月試算:OBBBA考慮前)。また、利払い負担が2024年度の3.1%から34年度には4.0%と、近年の金利上昇が時間をかけて影響することも財政の持続可能性への懸念要因となる。

CBOは現行法に基づく2034年度の財政赤字をGDP比6.1%と予想しており、コロナ以前の水準には1%ポイント以上、ベッセント財務長官が掲げる目標水準(3%)には3%ポイント程度の距離がある。仮に膨大な関税収入が生じるとしても、減税延長等の可能性を勘案すると、OBBBA法案の財政改善効果は0.3%ポイント程度に留まるとみられるなど、抜本的な財政収支改善には社会保障支出改革が必要となる可能性が高い。

図表3
図表3

図表4
図表4

【注釈】

  1. 6月16日に上院の財政委員会が公表した修正案は州・地方税(SALT)の控除上限を1万ドルに据え置いており(下院案は4万ドルへの引き上げ)、下院がこうした修正案の再承認を目指す場合、富裕層が多いニューヨーク州等の選出議員から反発を招く可能性が高い。

  2. 同法案は財政調整措置を用いて、上院は単純過半数(通常は60票必要)で通過する可能性が高い。同手続きに際しては法案に「歳出入に影響を与えない項目」や「予算期間(10年)を超えて財政収支を悪化させる政策」を含むことが出来ない(バード・ルール)。

  3. 仮に一律関税10%などが法案に明文化される場合、関税収入が財政見通しに反映されるほか、関税策の撤回には修正法案の可決が必要となるため、大統領が関税政策を変更する権限は大幅に制限される。

以上

前田 和馬


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前田 和馬

まえだ かずま

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 米国経済、世界経済、経済構造分析

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