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2025.06.04
アジア経済
韓国経済
トランプ政権
韓国大統領選、李在明氏勝利で3年ぶりの革新政権誕生
~経済再生や分断の克服が課題の一方、日本としては「実利主義」を掲げる外交政策を注視したい~
西濵 徹
- 要旨
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- 韓国では3日、尹錫悦前大統領の罷免を受けた大統領選が行われ、革新系の共に民主党の李在明氏が勝利し、3年ぶりの革新政権が誕生する。世論調査では一貫して李氏がトップを走ったほか、保守系候補の票が分裂したことも、李氏が優勢に選挙戦を展開することに繋がったと捉えられる。
- 投票率は79.38%と過去20年で最高水準となり、尹前政権による非常戒厳発令やその後の政治混乱が影響したとみられる。李新大統領は、追加補正予算や民間投資の促進を掲げる一方、労働者保護の強化や所得再分配といった政策にも注力するなど、経済再生が優先課題となるなかでその行方が注目される。
- 韓国経済は構造面で外需依存度が高く、米トランプ政権の関税政策による影響が懸念される。さらに、足元では世代間や地域間の経済格差が拡大しており、不動産価格の二極化といった問題も顕在化している。新政権には財政出動や金融緩和だけでなく、構造改革を含めた政策運営が求められることになる。
- 他方、外交面では日韓関係の行方が注目される。李氏は国益に基づく「実用主義」を掲げる一方、世論の動向に左右されやすい特徴があり、その動向を注視しつつ、日本としては是々非々の対応を維持することが肝要である。日米韓の枠組みや多国間の枠組みを活用しつつ、対峙していくことが求められる。
韓国では3日、憲法裁判所による尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領の罷免を決定したことを受けた大統領選挙が実施された。大統領選には、最終的に6名が立候補したものの(2名が途中で立候補を辞退)、事前の世論調査においては、革新系最大野党の共に民主党から出馬した前代表の李在明(イ・ジェミョン)氏(61歳)が一貫してリードする一方、保守系与党の国民の力から出馬した金文洙(キム・ムンス)氏(73歳)、そして、保守系野党の革新政党から出馬した李俊錫(イ・ジュンソク)氏(40歳)による、事実上の三つ巴戦が展開された。一部には、保守系の金文洙氏と李俊錫氏の間で候補者の一本化を模索する動きがみられたものの、李氏は一貫してこうした考えに否定的な姿勢をみせたため、保守系支持者の票が分散することとなった。こうした事情も、李在明氏が世論調査において終始トップを走る一因になってきたと捉えられる。他方、李俊錫氏が保守系候補の一本化を嫌った背景には、尹前大統領による非常戒厳の発令やその後のドタバタ劇を受けて、保守系支持者の間に既存政党への拒否感が広がっていることも影響している。よって、李俊錫氏は今回の大統領選でそうした層の取り込みを図るとともに、『次の選挙』を見据えたものと捉えられる。これには、現行憲法において大統領任期が「1期5年」のみとされていることも影響していると考えられる。
中央選挙管理委員会の発表に拠れば、大統領選の投票率は79.38%と3年前の前回大統領選(77.08%)から+2.30pt上昇した上で、過去20年で最も高い水準となった。これは、尹前大統領による非常戒厳の発令をきっかけにした政治混乱の深刻化を受けて、国民の間に政治に対する関心が一段と高まったことが影響したと捉えられる。そして、李在明氏の得票率は49.42%となり、次点の金文洙氏(41.15%)や李俊錫氏(8.34%)を上回って当選を果たしたことで、3年ぶりの革新政権への交代が決定した。なお、通常においては、大統領選から大統領就任式までは2ヶ月程度時間が明けられるものの、今回は現職が罷免により空席となる異常事態で行われたため、即日政権交代が行われる。他方、李在明氏の得票率と、保守勢力である金文洙氏と李俊錫氏の得票率を合わせるとほぼ同率であることに鑑みれば、今回の結果は「共に民主党が支持された」というよりも、「尹前政権による非常戒厳発令やその後の政治混乱への国民の力の反省不足に対する反発」が大きく影響したと捉えられる。李在明氏は、勝利宣言において非常戒厳後の混乱の立て直しに加え、国内外に不透明要因が山積する経済の再生を目指す考えを示している。
足元の同国経済を巡っては、構造面で外需依存度が相対的に高いなか、トランプ関税を巡る不透明な動きに翻弄されることが懸念されている。米トランプ政権は同国に対する相互関税の税率を25%としたほか、対米輸出額は名目GDP比で約7%ながら、ここ数年の米中摩擦の背後で同国は対米輸出を拡大させてきたことから、仮に上乗せ分を合わせて発動されればマクロ面で深刻な悪影響が出ることは避けられない。中銀は、先月の定例会合において景気下支えを目的に追加利下げに動く一方、トランプ関税の影響を勘案して今年の経済成長率を+0.8%に下方修正するなど、弱気に傾いている様子がうかがえる(注1)。李在明氏は選挙期間中に35兆ウォン(GDP比1.4%)を上回る規模の追加補正予算の策定に言及している。前政権下で13.8兆ウォン(GDP比0.5%)規模の補正予算が承認されており、全体では50兆ウォン前後まで拡大する可能性がある。なお、中銀は成長率見通しについて、新政権の財政出動を加味してないとしており、一連の補正予算により景気が押し上げられる可能性はある。他方、李氏は民間主導による投資拡充を目指すも、その呼び水を目的に歳出拡大のための大規模な国債発行も辞さない考えをみせており、コロナ禍を経て悪化した財政状況が一段と悪化する可能性がある。さらに、民間主導としつつ、財界が反対する商法改正や労働組合法改正、週4.5日勤務制拡大といった労働者保護色の強い政策のほか、所得再分配の強化といった公約を打ち出しており、企業活動に影響を与える可能性はくすぶる。一連の公約が打ち出された背景には、近年は経済格差の拡大が社会問題化していることがある。同国はOECD(経済協力開発機構)加盟国のなかで高齢層の貧困率が最も高い一方、若年層を取り巻く雇用環境も厳しく、少子高齢化が急速に進む一因になっているとされる。こうした問題への対応が急務になっている。

さらに、近年の経済格差の拡大を巡っては、首都ソウルを中心とする大都市部と地方との格差が拡大していることも大きな問題となっている。韓国はアジア太平洋地域のなかでも家計債務のGDP比が高い国のひとつであり、その背後には韓国特有の賃貸制度に根差した不動産投資が急拡大していることが影響しているとされる。上述したように、中銀は先月にも昨年以降の利下げ局面で4回目の利下げに動くなど金融緩和に舵を切る動きをみせているものの、全土ベースの不動産価格は下落に歯止めが掛からない一方、首都ソウルでは、南部の江南(カンナム)区を中心に不動産価格が上昇し、足元ではそのペースが加速しており、経済格差のさらなる拡大を招く懸念もくすぶる。こうした事情は、中銀の政策運営の手足を縛ることが予想されるほか、新政権には財政政策のみならず、構造改革を合わせた形でのポリシーミックスがこれまで以上に求められることになる。

他方、新政権の下で注目されるのが、日本との関係を含めた外交政策の行方であろう。過去には、革新政権の下で日韓関係が急速に悪化したことがあり、文在寅(ムン・ジェイン)元政権下では『過去最悪』とも称される事態となったことは記憶に新しい。李在明氏を巡っては、その言動を巡って『反日』と揶揄されることが少なくない一方、外交面では国益に基づく『実用主義』を掲げており、当面はその線に沿った対応を目指す可能性は高いと見込まれる。ただし、韓国の外交戦略は度々『世論』の動向に大きく左右される傾向があり、仮に国民世論が大きく一方向に傾く事態になれば、新政権もそうした流れに沿って傾いていく可能性は否定できない。その意味では、日本としては韓国の動きに合わせるのではなく、毅然とした形で『是々非々』の対応(合意できる点は合意し、批判すべきことは公然と批判する)を維持するなど『大人の関係』を構築することが求められる。その一方、米トランプ政権は貿易のみならず、防衛面でもディール(取引)を持ち掛けることが予想され、仮に米韓関係に亀裂が生じる事態となれば、東シナ海情勢や朝鮮半島情勢に思わぬ形で悪影響が伝播することも懸念される。地域情勢の安定を図るためにも、わが国としては韓国の動きを注視するとともに、日米韓の枠組みのみならず、国際社会など多国間の枠組みをも巻き込んだ取り組みが求められることになろう。
注1 5月29日付レポート「韓国中銀、景気下支えへ利下げ再開も「悩みの種」は尽きない」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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