インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

新開発銀行(BRICS銀行)はルセフ総裁の続投を決定

~既存システムに代わる越境決済システムなど米ドルを介さない取引が一段と後押しされる可能性も~

西濵 徹

要旨
  • 主要新興国の集まりであるBRICSの枠組による開発金融機関である新開発銀行(BRICS銀行)は、7月に任期満了を迎えるルセフ総裁の続投を決定した。世界経済の分断が進む一方、世界における主要先進国の影響力が低下するなか、新興国の間ではBRICSに対する求心力が高まっている模様である。同行はルセフ氏の下で被支援国通貨建での融資により米ドルなど主要通貨を介さない形での支援に動くなど、デリスキングの手段となる動きをみせてきた。さらに、共通通貨構想や既存システムを回避した新たな越境決済システムの構築を目指しており、ここ数年の米ドル高による苦境に直面する多くの新興国にとっての救いの手を模索してきた。米トランプ政権はこうした動きに関税の脅しを掛ける姿勢をみせるが、ルセフ氏の続投により一段と後押しされる可能性は高まっている。米トランプ政権の動きが世界経済の混乱や新興国の間で反発を招く動きもみられるなか、BRICSや同行の動きにこれまで以上に注意を払う必要性は高い。

このところの世界を巡っては、世界経済に占める主要先進国の割合が5割を下回るなど存在感の低下が進むとともに、政治面でも影響力の低下が避けられなくなっている。こうしたなか、いわゆる「グローバルサウス」と称される新興国に対する注目が集まるとともに、新興国の間ではここ数年『新興国の雄』として存在感を高めてきたBRICSに求心力が強まっている。2023年の首脳会議では6ヶ国(アルゼンチン、エジプト、イラン、エチオピア、サウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦))が翌24年1月に加盟することで合意した(注1)。昨年の首脳会議でも13ヶ国(トルコ、カザフスタン、ウズベキスタン、アルジェリア、ベラルーシ、ボリビア、キューバ、インドネシア、マレーシア、ナイジェリア、タイ、ウガンダ、ベトナム)を『パートナー国』とするなど(注2)、加盟国拡大に向けた動きが前進してきた。なお、2024年に加盟が認められた6ヶ国のうちアルゼンチンは政権交代を理由に加盟を辞退したほか、サウジアラビアも依然国内での承認手続きを留保している。一方、昨年パートナー国となったインドネシアは今年1月に正式に加盟しており(注3)、現時点では計10ヶ国となっている。 なお、BRICSは原加盟4ヶ国(ブラジル(B)、ロシア(R)、インド(I)、中国(C))の集まりとして発足するとともに、2011年に南アフリカ(S)が加わった後は長らく5ヶ国による枠組として存在してきた。他方、5ヶ国は2014年に枠組による開発金融機関である新開発銀行(いわゆるBRICS銀行)を共同出資により設立するなど、枠組としての結束強化や経済支援に向けた取り組みを強化させてきた。さらに、同行には2021年にバングラデシュ、UAE、ウルグアイ、エジプトの4ヶ国、昨年にもBRICS拡大に際して加盟したアルジェリアが加わるなど、支援対象を拡大させる動きがみられた。同行は上海に本部を置く一方、総裁人事を巡っては加盟国が輪番で選出する形が採られており、初代総裁はインドのカマート氏、2代目総裁はブラジルのトロイホ氏が務めた。しかし、トロイホ氏は任期途中の一昨年3月に退任し、残りの任期を同じブラジルのルセフ元大統領が務めてきた。この背景には、同国のルラ大統領の考えが色濃く影響しているとみられ、同氏は『反米』姿勢を隠さず、貿易決済面での米ドル依存の回避を目指しており、同氏の懐刀であるルセフ氏を送り込んだとみられる。 事実、ルセフ氏の下で同行は融資を被支援国通貨建で実施する方針を呼びかけるなど、多くの開発金融機関が米ドルやユーロといった主要通貨建で支援を行うとともに、国際貿易の決済でも主要通貨が大宗を占めるなかで、そうした流れに『風穴』を開けようとしている模様である。さらに、このところの世界経済は米中摩擦に加え、コロナ禍やウクライナ戦争なども重なる形でBRICSに加わる中ロと欧米などとの間で分断の動きが広がるなか、BRICSは同行を『デリスキング(リスク低減)』の手段として用いることを模索している様子がうかがえる。その後もBRICSとしての共通通貨構想を打ち出すとともに、米ドルに代わる決済手段に関連して既存システムを回避する形で相互に貿易を可能とする共通の越境決済システムの構築を目指す方針を明らかにするなど、ここ数年の米ドル高を受けた自国通貨安という苦境に直面する多くの新興国にとって『救いの手』を差し伸べる考えをみせてきた。他方、米トランプ大統領はこうした動きに対して関税賦課に言及するなど『脅し』を掛ける姿勢をみせ、新たな対立の構図となることが懸念される動きもみられた。 こうしたなか、同行は今年7月に任期満了を迎えるルセフ氏について、総裁を続投することを明らかにした。上述したように総裁は加盟国が輪番で決定するなか、次期総裁を選出するロシアのプーチン大統領がルセフ氏の続投を支持したとしている。これは、ウクライナ戦争をきっかけに欧米などがロシアに対する経済制裁に動いており、多数のロシア高官もその対象となるなか、仮にプーチン氏に近いロシア高官が次期総裁に就任すれば、欧米などの経済制裁の余波が同行の業務に悪影響を与えることを回避したいとの思惑がうかがえる。他方、上述のようにルセフ氏はルラ氏の意向に沿った動きをみせるとともに、既存システムに代わる貿易決済システムの構築というロシアにとって欧米などの経済制裁の『抜け穴』となる動きを目指していることも、同氏の続投を後押しする一因になったとみられる。 足元においては、米国とロシアの間でウクライナ戦争の停戦に関する協議が行われるなど、事態が変化する可能性は出ている。しかし、仮に協議が大きな前進をみない展開が続いたとしても、ロシアにとっては様々な形で欧米などの制裁を回避する手段が構築される動きがみられる。BRICSはそうした装置のひとつとなっている。米トランプ政権の動きが世界経済をかき回すなか、新興国の間では米国への反発とともに、BRICSへの求心力が高まることも予想されるなか、今後の同行やBRICSを巡る動きに注意を払う必要性が高まっている。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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