インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

タイ中銀、景気減速懸念に対応して再利下げ、景気下支えに注力へ

~国内・外で景気下押し要因山積のなか、中銀はバーツ相場を注視しつつ景気配慮を迫られる展開へ~

西濵 徹

要旨
  • タイ中銀は26日の定例会合で政策金利を25bp引き下げて2.00%とする決定を行った。同行は昨年10月にコロナ禍一巡後初の利下げに動いたが、12月には利下げを休止させるなど難しい対応を迫られてきた。足下のインフレは中銀の金融引き締めに加え、商品高一巡、政府の補助金政策などの影響も重なり目標域内で推移するなど落ち着いた動きをみせる。さらに、タクシン政権の下で経済立て直しを優先する政策運営が採られる一方、中銀はバラ撒き政策の副作用を警戒して慎重姿勢を維持する対応をみせてきた。

  • 他方、足下の景気は一見底入れの動きが続くも、政策支援にも拘らず内需は力強さを欠くなど期待外れの内容となっている。さらに、米トランプ政権の通商政策による外需への影響も懸念されるなど景気への不透明感が高まる動きがみられる。政府と中銀は金融政策を巡って度々対立する動きがみられたものの、今回の決定では政策委員の大宗が利下げを主張するなど、景気下支えを後押しする姿勢を強めている。

  • 中銀は先行きの景気は見通しから下振れする一方、物価は見通し通りとの見方を示しており、景気に注力する考えをみせている。他方、先行きの政策運営を巡って金融市場の動向とバーツ相場の動向を注視する考えをみせるなど、引き続き難しい対応を迫られることが予想される。当研究所は今年の経済成長率を+2.6%と予想するが、実態は数字以上に厳しいものとなるなかで政策対応も困難な展開が続くであろう。

タイ銀行(中銀)は、26日に開催した定例の金融政策委員会において、政策金利を25bp引き下げて2.00%とする決定を行った。同行は昨年10月の定例会合においてコロナ禍一巡後で初めての利下げに動くなど、ここ数年の引き締め姿勢からの転換に舵を切っている。しかし、12月の前回会合では米トランプ政権の通商政策に起因する形で外需に不透明感が高まるなか、政策対応を巡る『余力』を残すべく利下げを休止させるなど難しい対応を迫られてきた。こうしたなか、金融市場においては中銀の『次の一手』を巡る見方が交錯する展開が続いたものの、景気下支えを後押しする姿勢をみせた格好である。

図表1
図表1

ここ数年の同国においては、コロナ禍一巡による経済活動の正常化、商品高、国際金融市場での米ドル高を受けた通貨バーツ安に伴う輸入物価の上昇も重なる形でインフレ高進に直面してきた。よって、中銀は物価と為替の安定を目的に累計200bpの利上げに動き、その後は引き締め姿勢を維持したため、インフレは2022年半ばに一時14年ぶりの水準に至るも、その後は頭打ちに転じた。さらに、プラユット元政権が実施した燃料補助金に伴うエネルギー価格の下押しも重なり、一昨年半ば以降のインフレは中銀が定めるインフレ目標(2±1%)の下限を下回る推移をみせるなど落ち着いた推移をみせてきた。足下のインフレも目標域内で推移するとともに、中央値を下回る伸びに留まる動きをみせるなど、表面的にみれば物価は落ち着いていると捉えられる。

図表2
図表2

他方、同国では一昨年の総選挙後に発足したいわゆる『タクシン派』政権(セター前政権、ペートンタン現政権)の下、ASEAN(東南アジア諸国連合)主要国のなかでコロナ禍からの景気回復が最も遅れるなかで経済の立て直しを優先した政策運営が採られている。しかし、同国経済は構造面で中国経済への依存度が高く、中国景気の減速懸念が外需の足かせとなる展開が続いている。さらに、上述のようにインフレは落ち着いた推移が続く一方、家計債務がGDP比で9割超に達するなかで中銀の引き締め姿勢は家計消費の重石となるなど、内・外需双方で景気に下押し圧力が掛かりやすい状況にある。よって、セター氏、ペートンタン氏はともに中銀に早期の利下げを求めて『圧力』を掛ける動きをみせてきたほか、昨年9月末から総額5,000億バーツ(GDP比2.7%)規模の現金給付策を開始させるなど、家計消費の押し上げに向けた対策を強化させてきた。なお、コロナ禍対応を目的とする歳出増圧力に対応すべく、2021年に公的債務の上限はGDP比70%に引き上げられているが、足下では同65%程度で推移する展開が続いている上、ペートンタン政権は現金給付策をはじめとするバラ撒き志向を強めるなど財政余力の低下が懸念される状況にある。こうしたことも、インフレが落ち着いた推移をみせているにも拘らず、中銀が慎重姿勢を維持する一因になってきたと捉えられる。

図表3
図表3

なお、上述のように昨年末にかけては現金給付策の段階的開始のほか、中銀も利下げに動くなど内需を巡る状況の改善に加え、中国が内需喚起に舵を切るなど景気下支えに動いたことも重なり、景気を取り巻く環境が好転することが期待された。昨年10-12月の実質GDP成長率は前期比年率+2.11%と4四半期連続のプラス成長で推移するとともに、中期的な基調を示す前年同期比ベースでも+3.2%と9四半期ぶりの伸びとなるなど底入れの動きが確認されている(注1)。しかし、底入れが期待された内需は力強さを欠く推移が続くとともに、米トランプ政権の通商政策を巡る懸念などを反映して企業部門の設備投資意欲も後退する動きが確認されるなど、景気の実態は数字に比べて厳しい状況にあると捉えられる。先行きも米中摩擦の激化や米トランプ政権の通商政策の余波が懸念されるとともに、中国からの対内直接投資が活発化する背後で同国内では製造業のすそ野産業が淘汰される動きも顕在化しており、将来的な潜在成長率の低下に繋がりかねない動きもみられる。

図表4
図表4

こうした事情も政府が中銀に利下げを求めて圧力を強める一因になっているほか、9月に任期満了を迎える中銀のセタプット総裁の後任人事を巡って影響力を行使すべく『外堀』を埋める動きも前進させている(注2)。さらに、昨年末以降の国際金融市場では米トランプ政権の通商政策を警戒して米ドル高の動きが再燃しているものの、バーツ相場を巡っては中銀の慎重姿勢が下支えする展開が続いてきた。こうした状況ながら、中銀は景気下支えを後押しする決定を行ったなか、会合後に公表した声明文では今回の決定について「6(25bpの利下げ)対1(据え置き)」で票割れするも大多数の賛成により利下げを決定した模様である。また、同国経済について「構造問題や海外製品との競争激化、主要国の通商政策を巡るリスクの高まりを理由に想定を下回る状況が続いている」との認識を示した上で、「多くの政策委員が下振れリスクに加え、景気や物価動向に即した形で金融環境を調整すべきと判断した」としている。そして、物価動向について「国際原油価格をはじめとする供給要因や輸入品の価格競争などを理由に目標の下限近傍で推移している」とする一方で「デフレを意味するものではなく、中期的なインフレ見通しは目標域内にある」としつつ、「国際原油価格やエネルギー補助金による下振れリスクに晒されている」との見方を示している。他方、金融情勢を巡っては「依然厳しい」とした上で、「今回の利下げが長期的な金融の安定に与えるリスクは低い」との見方を示す一方、バーツ相場について「不安定な動きが続いており、金融市場の動向とバーツ相場を注視する必要がある」との認識を示している。その上で、先行きの政策運営について「経済の持続的成長や金融安定の維持を目指す枠組の下、今回の利下げを通じて将来的な不確実性に対応できる」としつつ、「経済・金融情勢を注視しつつ適切な対応を講じる」とするなど従来からの考えを示している。当研究所は今年の経済成長率見通しを+2.6%と昨年(+2.5%)並みに留まるとみているが、実態は極めて難しい状況が見込まれるとともに、政策対応もこれまで以上に困難な展開が続くことが予想される。

図表5
図表5

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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