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フィリピン、マルコス家とドゥテルテ家の対立は不穏な流れに発展

~サラ副大統領が「暗殺」に言及するなど法治国家の在り様に疑念、新たなリスク要因となる可能性も~

西濵 徹

要旨
  • このところのフィリピン政界では、マルコス家とドゥテルテ家の関係に揺さぶられる展開が続く。一昨年の大統領選では蜜月ぶりを演出して政権が発足するも、その後は政権運営を巡って両家が対立する動きが顕在化した。足下ではドゥテルテ前政権下で行われた麻薬戦争に再び注目が集まるなか、マルコス政権がICCに事実上協力する姿勢をみせており、ドゥテルテ氏の逮捕の可能性が出る動きもみられる。こうしたなか、サラ副大統領の発言が新たな物議を醸す事態となっている。発言のなかで、サラ氏は自身が殺された際にマルコス大統領夫妻などを暗殺すべく「殺し屋」を雇ったとし、ドゥテルテ氏も追認している。国家の2番目に当たる副大統領が殺し屋を雇ったと公言することは、法治国家としての在り様に疑念を持たせかねない。折しも足下では米ドル高が再燃するなか、中銀が利下げに前のめりになっていることも重なり、ペソ安が進行している。現状は政局を巡る混乱には至っていないが、今後のリスク要因として意識する必要性はあろう。

このところのフィリピン政界は、マルコス家とドゥテルテ家の関係の行方に揺さぶられる展開が続いている。一昨年に実施された大統領選では、フェルディナンド・マルコス・ジュニア(ボンボン・マルコス)氏を大統領候補、ドゥテルテ前大統領の長女であるサラ・ドゥテルテ=カルピオ氏を副大統領候補とするタッグを組み、両家の『蜜月ぶり』が政権誕生を後押しする動きがみられた。しかし、現行憲法においては大統領の任期が1期6年のみとされるなか、当選直後から両者(両家)がそれぞれ存在感を誇示するなど早くも主導権争いが表面化する動きがみられ、マルコス政権の「次」を意識する姿勢もみられた。さらに、マルコス大統領が南シナ海問題や麻薬対策などで前政権による施策の大転換を図ったため、ドゥテルテ前大統領がマルコス氏を公然と批判したことにより、蜜月ぶりの瓦解が露わになった。そして、マルコス氏の支持者や側近などが中心となる形で憲法改正を目指すとともに、「新フィリピン」と称する政治運動を立ち上げるなど、マルコス元大統領(父)が唱えた「新社会」運動の再燃を警戒してドゥテルテ氏とサラ氏は反発を強めた。結果、サラ氏は副大統領と兼務した教育相を突如辞任するとともに、来年実施される中間選挙(統一国政・地方選)にサラ氏の兄(パオロ下院議員)、弟(セバスチャン氏)が出馬し、現在議会上院で多数派を占めるマルコス派との全面対決を宣言する動きに発展している。他方、マルコス政権はドゥテルテ氏の有力支持団体である新興宗教(イエス・キリストの王国)に対する強制捜査に動き、有力支持者で同団体の創設者であるキボロイ氏を児童虐待や人身売買などの容疑で逮捕するなど『圧力』を掛ける動きをみせている。その後もサラ氏はマルコス氏への批判を強める一方、ドゥテルテ氏は一転してマルコス氏への批判の矛を収める対照的な動きをみせるなど、その真意を測りあぐねる動きをみせてきた(注1)。こうした背景には、ドゥテルテ前政権が展開した麻薬戦争と称する積極的な違法薬物対策の下で行われた容疑者に対する『超法規的殺人』を巡って、国際刑事裁判所(ICC)がドゥテルテ氏に対する逮捕状請求を模索しており、マルコス政権がその執行を容認しかねないとの見方が広がるなか、一定の譲歩を示すことで執行を止まらせたいとの思惑が働いているとされる。ただし、麻薬戦争について人権団体などがその全容解明を求める動きをみせるなか、先月に議会下院で開かれた特別公聴会における元国家警察大佐の証言をきっかけにあらためて注目が集まっており、ドゥテルテ氏がダバオ市長であった際に実施した麻薬捜査を巡る超法規的殺人(ダバオ方式)を全国に広げるべく、ドゥテルテ氏とその側近であったボン・ゴー上院議員が主導した旨を明らかにした(注2)。さらに、先月末に議会上院で開かれた公聴会にはドゥテルテ氏が参考人として出席し、一連の捜査に関する適正性を主張するとともに、必要性をあらためて強調する考えをみせた。なお、マルコス政権はドゥテルテ前政権がICCによる麻薬捜査に関する予備調査の開始決定を理由に、2019年にICCからの脱退を決定した方針を継続しており、再加盟にも慎重な姿勢をみせている。しかし、今月に入って以降、マルコス氏はICPO(国際刑事警察機構)から要請があればドゥテルテ氏の身柄引き渡しを検討する旨を表明するなど、対応を変化させる動きをみせている。これは、マルコス氏はフィリピン国内におけるICCの管轄権を認めないとする一方、ICPOに加盟するなかで逮捕状がICPO経由で要請された場合には応じる法的義務があるとの見方を示していることがある。その後も、政権(ベルサミン官房長官)はドゥテルテ氏がICCに自首した場合、政府は反対も阻止もしないとの考えをみせるなど、ドゥテルテ氏が逮捕される可能性が急浮上している。こうしたなか、サラ副大統領が23日の早朝に行った記者会見の内容が新たな物議を醸す事態となっている。そのなかでサラ氏は、仮に自身が殺される事態となった場合、マルコス大統領夫妻とマルコス氏の従妹であるロムアルデス下院議長を暗殺すべく『殺し屋』を雇ったとの趣旨の発言を行っており、ドゥテルテ氏もそうした考えを追認している模様である。なお、サラ氏もドゥテルテ氏も自身に対して具体的な脅威があるとはしていないものの、上述のようにマルコス政権がICPOからの要請に応じることにより、事実上ICCに対する協力姿勢をみせたことを受けて、両家の対立が急速に先鋭化していると捉えられる。ただし、国家の2番目の地位にある副大統領が公の場で報復を公言することは、法治国家として極めて不適切であり、国家としてのフィリピンの在り様に疑念を生じさせる可能性がある。折しも、足下の国際金融市場では米大統領選でのトランプ氏勝利を受けて米ドル高の動きが再燃するなか、フィリピンでは中銀が先月の定例会合で2会合連続の利下げを決定し来年も断続利下げに動く方針を示していることも重なり(注3)、ペソ相場は調整の動きを強めている。そうしたなか、政局の混乱が懸念される動きとはなっていないものの、新たなリスク要因として意識する必要はある。

図1 ペソ相場(対ドル)の推移
図1 ペソ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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