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2024.11.11
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「10兆元」対策で中国経済が直面する問題は解消するか
~数字先行も需要喚起に繋がる内容はなし、金融市場は早くも「次」を催促する様相をみせる~
西濵 徹
- 要旨
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- 中国では4~8日の日程で全人代常務委員会が開催された。当局は不動産不況による景気減速を受けて五月雨式に景気刺激策を公表している。株価維持策を好感して株価は底入れする動きをみせるが、具体的な財政出動の方針が示されず、足下では息切れ感が出ている。全人代常務委員会では事前報道で10兆規模の対策が打ち出されるとの見方が出たが、その通りの内容となった。しかし、その内容は具体的な需要喚起に繋がるものではなく、短期的な効果は不透明である。さらに、地方政府の「隠れ債務」を巡る見方も分かれるなか、仮に当局の認識が実態と乖離していれば焼け石に水となるリスクもある。その意味では、金融政策と財政政策による時間稼ぎをしつつ、不動産市場の構造問題に着手することが不可欠と言える。
- 中国景気の減速による商品市況の調整はディスインフレ圧力を招くなか、10月の生産者物価は川上の調達価格(前年比▲2.7%)、川中の出荷価格(同▲2.9%)とともにマイナス幅が拡大するなど下振れしている。このようにディスインフレ圧力が伝播していること受けて、10月のインフレ率も前年比+0.3%と鈍化しており、生活必需品を中心とする物価下落の動きが重石となっている。コアインフレ率は前年比+0.2%とわずかに伸びが加速するも、国慶節連休の影響を除けば幅広く財、サービス両面で物価上昇圧力が高まりにくい様子がうかがえる。よって、ディスインフレ圧力が強まることでデフレに陥る可能性は高まっている。
- 一連の景気刺激策にも拘らず、需要喚起に繋がる方策が示されていないことを勘案すれば、デフレ懸念が払拭できない展開が続くことが予想される。金融市場は早くも次の対策を催促する動きをみせるが、結果的に失望する展開となる可能性はくすぶる。米大統領選でトランプ氏が勝利したことを受け、外需を取り巻く環境が厳しさを増すことも予想され、中国景気は「霧が晴れない」展開となることは避けられないであろう。
中国では、今月4~8日の日程で全人代(全国人民代表大会)常務委員会が開催された。このところの中国経済は不動産不況が深刻化していることを受けた景気減速に加え、資産デフレをきっかけに本格デフレに陥る懸念が高まるなど不透明感が高まっている。こうした事態を受けて、政府は不動産不況の一因である在庫解消を目的とする施策を公表するとともに、中国人民銀行(中銀)も需要喚起を目的とする住宅ローン金利や頭金規制の引き下げに加え、最大で1兆元規模の貸付制度創設に動いた。さらに、7月に開催された3中全会(第20期中央委員会第3回全体会議)直後には全面的な金融緩和に舵を切るなど、不動産不況の解消に向けた取り組みを一段と前進させた。しかし、一連の対策発表にも拘らず、その後も雇用不安に直面する若年層を中心とする需要の弱さを反映して不動産市況は下げ止まりの兆しがみられず内需の足かせとなる展開が続いた。よって、9月末に人民銀の潘功勝行長と国家金融監督管理局の李雲澤局長、証券監督管理委員会の呉慶委員長の3人が合同で記者会見を行い、預金準備率と7日物リバースレポ金利の引き下げに加え、既存の住宅ローン金利の引き下げ、住宅ローンの頭金規制緩和、株価維持策(PKO)などに動く方針を明らかにした。さらに、共産党は中央政治局会議を開催し、報道に拠れば一連の金融緩和策に加え、財政出動を通じた総合的な対策を通じて党が掲げる今年の経済成長率目標(5%前後)の実現を後押しする方針を決定した模様である。そして、財政部も特別国債の大幅な発行増を容認する考えを示すとともに、住宅都市農村建設部も地方政府が優良な住宅開発案件を選定して商業銀行に融資を促す制度(不動産融資協調制度)の融資枠を4兆元と現在(2.3兆元)から大幅に拡充するほか、都市部の老朽化住宅の再開発の促進により不動産開発を後押しする方針を示した。当局は五月雨式に景気下支えに動く方針を示したものの、具体的な財政出動の規模に関する言及はなく、PKOを好感して株価は大きく底入れするも、足下では上値が抑えられるなど『息切れ』が意識される動きをみせてきた。こうしたこともあり、金融市場では全人代常務委員会の決定に注目が集まってきたなか、事前報道においてリークされていた通り10兆元(GDP比8%弱)規模の対策を公表した。その内訳は、向こう3年間を対象に地方政府が特別債の起債を通じて調達可能な負債額を総額6兆元増額し、当該資金は住宅在庫の圧縮と満期を迎える傘下の地方融資平台(LGFV)が抱える債務返済に充てられる。また、地方政府は向こう5年を対象に中央政府が承認した起債を通じて年0.8兆元ずつ債券を償還し(総額4兆元)、いわゆる『隠れ債務』と称するLGFV債務や融資の返済に充てられる。財政部は昨年末時点における隠れ債務が14.3兆元と推計し、2028年末までに2.3兆元まで圧縮するとしているものの、IMF(国際通貨基金)は昨年末時点におけるLGFVが抱える債務が60兆元(GDP比47.7%)に達すると試算するなど当局の試算と大きく乖離している。当局は一連の対策を通じて地方政府は向こう5年間で0.6兆元の利払いが圧縮され、歳出削減に向けた圧力が緩和することにより債務削減とともに、景気下支え余力が生じるとしている。しかし、上述したように仮に当局の認識と実態の間に大きな乖離があれば『焼け石に水』となる可能性はくすぶる。さらに、10兆元と対策規模は大きいものの、その内容は需要喚起に繋がるものではなく、短期的な景気下支え効果については未知数と捉えられる。よって、金融緩和や財政出動を通じた『時間稼ぎ』を図りつつ、膨張した不動産市場や債務処理に向けた対応を着実に前進させる必要がある。

なお、若年層を中心とする雇用不安に加え、家計部門の資産の約7割を占める不動産市況の低迷はバランスシート調整圧力を招いており、家計消費は力強さを欠く推移をみせるなど景気の足を引っ張るとともに、中国景気を巡る不透明感は商品市況の調整を通じてディスインフレ圧力を強めており、中国経済は本格的なデフレ入りが懸念される状況にある。事実、川上の段階に当たる10月の生産者物価(調達価格)は前年同月比▲2.7%と21ヶ月連続のマイナスとなるとともに、前月(同▲2.2%)からマイナス幅も拡大している上、前月比も▲0.3%と4ヶ月連続の下落となるなど頭打ちの動きを強めている。商品市況の調整の動きを反映して原材料関連の調達価格が軒並み下振れしていることが影響している。こうした動きを反映して、生産者物価(出荷価格)も前年同月比▲2.9%と25ヶ月連続のマイナスとなるとともに、前月(同▲2.8%)からわずかにマイナス幅が拡大しており、前月比も▲0.1%と5ヶ月連続で下落するなど、原材料価格の下落の動きが物価の重石となっている様子がうかがえる。このように川上段階から川中段階にかけて物価下落の動きが伝播しているなか、川下に当たる10月の消費者物価は前年同月比+0.3%と前月(同+0.4%)から鈍化して4ヶ月ぶりの伸びとなるなど頭打ちの動きを強めている。前月比も▲0.3%と前月(同±0.0%)から4ヶ月ぶりの下落に転じるなど頭打ちの様子が確認されており、豚肉(同▲3.7%)や魚介類(同▲2.0%)、卵(同▲2.0%)、果物(同▲1.0%)をはじめとする生鮮食料品で物価に下押し圧力が掛かる動きがみられるほか、国際原油価格の調整の動きを反映してガソリン(同▲1.5%)などエネルギー価格も下落するなど、生活必需品を中心にインフレ圧力が後退していることが影響している。食料品とエネルギーを除いた10月のコアインフレ率は前年同月比+0.2%と前月(同+0.1%)からわずかに伸びが加速しているものの、引き続きゼロ近傍で推移する展開をみせている。前月比も±0.0%と前月(同▲0.1%)から3ヶ月ぶりに下落から転じているものの、上昇している訳ではないことを勘案すれば、インフレ圧力が高まりにくい状況にあると捉えられる。なお、10月は国慶節連休の時期が重なっていることで観光(前月比+9.4%)などサービス物価が上昇していることが影響しているものの、これら以外のサービス物価はほぼ横這いで推移しており、雇用を巡る不透明感がくすぶっていることが物価の重石になっている様子がうかがえる。さらに、家計部門の財布の紐の固さを反映して幅広く財価格にも下押し圧力が掛かるとともに、価格競争の激化の動きも物価の重石になっているなど、全般的に物価上昇圧力が高まりにくくなっていると捉えられる。


こうした状況を勘案すれば、当局による五月雨式の景気下支え策にも拘らず、直接的な需要喚起に繋がる方策が示されておらず、先行きも物価上昇圧力が強まる展開は見通しにくく、ディスインフレ圧力がくすぶる状況が続くことは避けられないであろう。なお、金融市場においては早くも当局が次なる対策を公表することを見越す動きをみせており、今月下旬に開催予定の共産党中央政治局会議、来月に開催予定の中央経済工作会議といった主要な会議の日程に向けて期待が高まり、その内容を巡って失望する展開が続く可能性は高い。他方、今月5日の米大統領選で共和党候補のトランプ前大統領が勝利し、関税などを通じた『ディール(取引)』を要求する動きが強まることも予想されるなど外需を取り巻く環境は厳しさを増すことは避けられず(注1)、内需の直接的な喚起に繋がる動きがみられなければ、景気は一段と下振れしていくことも予想される。中国景気を巡る状況は『霧が晴れない』展開が続くであろう。
注1 11月7日付レポート「「トランプ時代」の再来で中国の貿易環境はどうなるか」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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西濵 徹

