インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

足下のベトナム景気は外需と投資の堅調さが台風被害の影響を相殺か

~7-9月の成長率は前年比+7.4%と底入れ確認も、当面は台風被害の影響に留意する必要あり~

西濵 徹

要旨
  • ここ数年のベトナム経済は、サプライチェーンの見直しを受けた対内直接投資の動きが活発化するとともに、外需が景気を下支えする展開が続く。さらに、足下のインフレは前年に加速した反動で頭打ちの動きを強めるなど内需を取り巻く環境も改善している。こうしたなか、7-9月の実質GDP成長率は前年比+7.4%に加速し、当研究所が試算した前期比年率ベースでも二桁成長が続いた模様である。9月の台風被害の影響が懸念されたものの、足下では外需や投資流入の堅調さがその影響を相殺していると捉えられる。

  • 政府は9月の台風被害の影響を33億ドル程度と試算しており、先行きはその影響が色濃く現われることが懸念される。9月の企業マインドは大きく下振れしており、足下でもサプライチェーン途絶などの影響はくすぶる。他方、中国の景気刺激策は構造面で中国経済への依存度が高い同国経済の追い風となり得るが、洪水復興の行方が左右する展開となることは避けられない。また、食料インフレや、米ドル安一服によるドン安の再燃など物価を巡る不透明感もくすぶる。成長率目標のハードルは高くないが、目標に拘泥して財政政策への依存を強めれば副作用が懸念されるため、期待を高め過ぎないことが肝要と考えられる。

ここ数年のベトナム経済を巡っては、米中摩擦や世界経済の分断が進むとともに、デリスキング(リスク低減)を目的とするサプライチェーン見直しの動きを追い風に、中国に代わる製造拠点の受け皿として対内直接投資が活発化するとともに、そうした流れを反映した米国向けをはじめとする輸出拡大の動きが景気をけん引する展開が続いている。他方、コロナ禍一巡による経済活動の正常化のほか、国際金融市場における米ドル高を反映した通貨ドン安に伴う輸入インフレ、異常気象による農作物の不作などを理由に食料インフレも重なり、インフレが昂進して中銀目標近傍で推移するなど、家計消費の足かせとなることが懸念されてきた。しかし、米FRB(連邦準備制度理事会)の利下げ実施を受けて米ドル安に転じたことに加え、食料インフレの動きにも一服感が出ていることも重なり、足下のインフレ率は頭打ちの動きを強めるなど、そうした懸念は後退する動きが確認できる。そして、対内直接投資の堅調な流入も追い風に国内の雇用環境は改善しており、インフレ鈍化による実質購買力の押し上げの動きも相俟って家計消費をはじめとする内需を下支えすることが期待される。こうした動きを反映して、7-9月の実質GDP成長率は前年同期比+7.4%と前期(同+7.1%(改定値))から伸びが加速するとともに、当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率も2四半期連続で10%を上回る高い伸びとなったとみられる。分野別の生産動向を巡っても、米国向けを中心とする輸出の堅調さを追い風に製造業関連をはじめとする鉱工業生産は引き続き高い伸びをみせるとともに、対内直接投資の流入を受けて建設投資も活発化するなど引き続き景気底入れの動きをけん引している。さらに、上述のようにインフレ鈍化を受けた実質購買力の押し上げが家計消費を活発化させるとともに、外国人来訪者数の堅調な流入の動きも重なる形でサービス業の生産も拡大の動きを強めており、製造業や建設業、サービス業が景気を押し上げる動きが鮮明になっている。他方、ベトナムでは先月に台風11号(ヤギ)が直撃するとともに、北部では洪水や土砂崩れによって多数の死者や行方不明者、負傷者が発生するとともに、電力網や道路をはじめとするインフラが破壊されたほか、浸水被害に直面した工業団地では工場が操業停止に追い込まれるなど経済活動に悪影響が出る動きがみられた(注1)。台風被害を巡っては、ベトナム政府が経済的な被害が33億ドル(GDP比0.8%)に及ぶとの推計を公表しているものの、足下のGDPについては外需や対内直接投資の堅調さが台風被害の影響を相殺しているものと捉えられる。なお、分野別で台風被害の影響が最も色濃く現われるとされた農林漁業関連の生産は鈍化している様子が確認されており、10-12月にかけてその影響が尾を引く可能性に留意する必要がある。

図1 対内直接投資流入額の推移
図1 対内直接投資流入額の推移

図2 インフレ率の推移
図2 インフレ率の推移

図3 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図3 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

こうした状況は、外需の堅調さを追い風に底入れの動きをみせてきた製造業PMIが9月に大きく下振れして好不況の分かれ目となる50を下回るなど、企業マインドが急速に冷え込んでいることに現れている。事実、台風被害の影響が直撃したベトナム北部においては、依然として電力供給が不安定な状況が続いているほか、道路や港湾などの運輸インフラを巡っても混乱が続いているなど、生産活動の足かせとなる展開が続いている模様である。先月末に中国政府が総合的な景気刺激策に舵を切る方針を示したことは、財輸出と外国人来訪者数の双方で中国(含、香港・マカオ)が2割を占めるなど、構造面で中国経済への依存度が比較的高いベトナム経済の追い風になることが期待される。他方、サプライチェーンの混乱に伴い製造業を中心に生産活動の足かせとなる状況が続いているほか、観光関連産業にも悪影響が懸念されることを勘案すれば、足下の勢いがそのまま続くと見通すことは難しい。さらに、農林漁業関連の生産下振れを受けて、先行きについては農作物を中心とする供給不足が顕在化するとともに、ラニーニャ現象の発生を受けた農作物の不作が懸念されることも重なり、食料インフレの再燃を招く可能性が高まっている。上述のように足下のインフレ率は前年に加速した反動も影響して伸びが鈍化しているものの、生鮮品を中心とする食料品価格は上昇の動きを強めており、内需の足かせとなる懸念はくすぶる。そして、米FRBの利下げ実施を受けた米ドル安を受けて、ここ数年の通貨ドンは調整の動きを強める展開が続いたことも影響して一転して底入れの動きを強めてきたものの、足下においては米国経済の堅調さが確認されるとともに、米FRBによる利下げ期待が後退していることを反映してドン高の勢いに陰りが出ている。仮に米ドル高の動きが再燃すればドン安圧力が強まるとともに、輸入インフレ圧力が強まることによりインフレが高止まりすることも考えられる。ここ数年の同国政界においては、チョン前政権下で推進された反腐敗・反汚職を旗印にした権力闘争が幅広くインフラ関連を中心とする公共投資の足かせとなり、結果的にビジネス環境が悪化して事業遅延が生じる展開が続いている。8月に発足したラム現政権も同様の姿勢をみせていることを勘案すれば、ベトナム経済は米中摩擦の『漁夫の利』を最も受ける展開が続いているものの、そうした良い環境を巧く活かすことができない事態となる懸念もくすぶる。また、米大統領選の結果如何では、ベトナムが中国による迂回輸出の舞台になっているとの見方を理由に何らかの制裁が科される可能性も考えられるなど、景気を押し上げている外需を取り巻く環境に変化が生じることも見込まれる。政府は今年の経済成長率目標を「+6.8~7.0%」としているが、9月までの累計ベースの成長率が+6.8%であることに鑑みればそのハードルは決して高くない一方、目標達成に向けて過度に財政政策への依存度を強めればドン安やインフレなどの副作用を招くことも考えられる。その意味では、過度に期待を高め過ぎないことが肝要と捉えられる。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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