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フランスやイタリアに財政規律の是正措置発動へ

~是正勧告に従うか、公約実現を優先するか~

田中 理

要旨
  • 欧州委員会は19日、フランス、イタリアなど7ヶ国が財政規律に違反する恐れがあるとし、過剰赤字手続き(EDP)を開始することを勧告した。秋に予定される中期財政計画や来年度の予算案で改めて財政状況が精査され、該当国は政府の純歳出の伸び率に基づく必要な財政調整が求められる。今回のEDPの発動勧告は広く予想されていたが、フランスやイタリアにとって重要な意味合いを持つ。フランスで極右政権が誕生した場合、財政悪化が避けられそうにない。是正措置に従わななければ、更なる格下げやEUとの衝突などが予想され、金融市場の動揺を招くことになる。メローニ首相の誕生後、EUとの全面衝突を避けてきたイタリアも、必要な是正措置を講ずるかが問われることになる。フランスの下院選挙後の政権の財政運営と、秋に本格化する予算協議に注目が集まる。

EUの行政執行機関である欧州委員会は19日、各国政府が提出した2024年度の予算案や2023年の財政赤字の実績値などを精査した結果、フランス、イタリア、ベルギー、スロバキア、マルタ、ポーランド、ハンガリーの7ヶ国に対して、財政規律に違反する恐れがあるとして、その是正措置である過剰赤字手続き(EDP)を開始することをEU理事会に勧告した。EUは過去数年、度重なる危機対応で財政出動が必要となった特殊事情を考慮し、加盟国に対する財政規律の適用を全面的に停止してきた。危機収束を受け、今年から規律の適用が再開されるが、昨年12月に合意した財政規律の見直し案が4月末に発効したことを受け、今回は新たな財政ルールに基づいて判断された。

新たな財政ルールでは、財政赤字のGDP比を3%未満、公的債務残高のGDP比を60%未満とする安定成長協定の骨格を維持したうえで、①加盟国に一律の基準の適用することを改め、債務の持続可能性分析などに基づき、欧州委員会と各国が向こう4年間の財政再建計画で合意し(投資拡大や構造改革に着手する国はより長い7年間の調整期間を認める)、その進捗状況を毎年の予算案を通じて確認すること、②これまで規律違反や是正措置発動を判断する複数の参照指標が乱立していたが、利払いや失業給付を除く政府の純歳出の伸び率を主な参照指標とすること、③公的債務残高の対GDP比率が60%を超えた場合、毎年、超過分の20分の1ずつの債務削減を加盟国に義務づけるルール(20分の1ルール)を廃止したうえで、各国に毎年最低限の財政赤字削減や公的債務比率の引き下げを義務づけるドイツの主張と、当面の規律違反を回避するために足許で膨れ上がる利払い費の増加などを規律違反認定時に除外するフランスの主張が盛り込まれた。

EDPの対象となるかの判断は、公的債務残高に基づくものと、財政赤字に基づくものがあり、前者は加盟国が秋に提出する中期財政計画が判断材料となるため、今回の勧告は後者に基づく。財政赤字に基づくEDPでは、財政収支の対GDP比率が安定成長協定が定める3%の基準を下回るまで、毎年GDP比で0.5%相当の構造的な財政収支の改善が求められる。足許の金利上昇に伴う利払い費の増加に鑑み、2025~27年の期間については利払い費を計算から除外する。また、EDPを開始するかを判断するうえでは、ウクライナ情勢などに鑑みた国防支出の増加などを考慮し、政府の純歳出の計画からのある程度の逸脱を許容する。こうした基準に照らしても、上述の7ヶ国は構造的収支の改善が十分でないと判断された。

欧州委員会は近く、利払いや失業給付を除く政府の純歳出の伸び率でみた必要な財政調整を加盟国に提示する。また、今回の勧告を受け、EU理事会は7月にこれら7ヶ国にEDPを発動するかどうかを正式に決定する。加盟国は9月20日までに中期財政計画を、10月15日までに2025年度の予算案を欧州委員会に提出する。その際には公的債務残高に基づくEDP抵触の有無も改めて判断され、該当国に対して必要な是正措置や予算案の修正を求める。

今回のEDPの発動勧告は広く予想されていたが、フランスやイタリアにとって重要な意味合いを持つ。

政局不安が広がるフランスの財政状況は脆弱だ。基礎的財政収支(プライマリー・バランス)は2008年以来、黒字に転換していなく、2023年の財政赤字の対国内総生産(GDP)比率は5.5%と、昨年秋時点の政府計画の4.9%を上回った(図表1)。公的債務残高の対GDP比率は110%を超え、ユーロ圏内でギリシャ、イタリアに次ぐ高さだ。大手格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は5月末、財政再建が計画通りに進まず、政府債務の膨張が続くことを理由に、フランスの国債格付けを「AA」から「AAマイナス」に引き下げた。

前倒しの国民議会(下院)選挙が決まった後の各種の世論調査で、極右政党・国民連合(RN)が30~35%の支持率で第1党になることを、極右阻止で団結した左派の統一会派・新人民戦線(NPF)が25~28%程度の支持率でこれを追い、マクロン大統領の支持会派・アンサンブルは18~20%の支持率で第三党に転落することが示唆される(図表2)。極右政党や左派統一会派が議会の過半数を握った場合、更なる財政悪化が避けられそうにない。両勢力の掲げる政策は、気候変動対策、ウクライナ支援、移民政策などで大きく食い違うが、財政運営では共通項も多い。マクロン大統領の目玉改革の1つである年金改革を見直し、年金支給開始年齢の引き下げや給付水準の引き上げを主張する。また、現在審議中の失業保険改革(給付期間を短縮し、支給条件を厳格化)に反対しているほか、大統領が廃止した富裕税の再導入を求めている。具体的な政策手段は異なるが、賃上げや家庭のエネルギー負担の軽減などでも一致する。公約通りの財政運営を行えば、財政赤字の膨張が避けられず、更なる格下げやEUの財政規律違反を問われる恐れが高まる。

メローニ首相の誕生後、EUとの全面衝突を避けてきたイタリアも、減税や財政支援の一部を打ち切るなど、必要な是正措置を講ずるかが問われることになる。秋に本格化する予算審議に注目が集まる。

(図表1)フランスの財政収支の対GDP比率
(図表1)フランスの財政収支の対GDP比率

(図表2)フランス国民議会選挙の主要政党・会派別の支持率
(図表2)フランス国民議会選挙の主要政党・会派別の支持率

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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