オーストラリア:2024/25年度予算案

~財政赤字と引き換えに、国民への経済的支援とインフレ抑制の二兎を追う財政政策へ~

阿原 健一郎

要旨
  • オーストラリア政府は2024/25年度の予算案を発表、次年度以降は財政赤字が続く見通し。
  • 次年度の予算案には、生活費軽減対策として約78億豪ドル(名目GDP比約0.3%相当)が充てられた。以前から発表されていた所得税減税に加え、電気料金補助の拡大・延長等が盛り込まれ、RBAの進めるインフレ抑制を意識した内容となっている。
  • 現地報道では、多くの家計が生活費軽減対策による所得の増加分を貯蓄に回すとも言われている。財政政策による所得増加のインフレ圧力は限定的となる可能性が高く、電気料金の低下が消費者物価を押し下げることで、24/25年度のインフレ率は鈍化のペースが幾分加速するだろう。

5月14日、オーストラリア政府は2024/25年度の年次予算案を発表した。オーストラリアは会計年度が7月1日から始まるため、5月第2週の火曜日に次年度の予算案が発表され、財務大臣による予算説明、連邦議会両院の審議を経て、通常、6月末までに議会を通過することになる。公表された予算書案で今後の財政収支の予測を確認すると、現在の2023/24年度は財政黒字で着地する見込みだが、今回発表された2024/25年度の予算案を皮切りに、先行きは財政赤字が続く見通しとなっている(図表1)。予算書案によれば、今後の赤字幅が拡大する理由は「政府の生活費軽減対策と、医療対策や最前線のサービスに対する資金提供の拡大等、やむを得ない歳出圧力によるもの」と説明している。生活費軽減対策は、次年度予算で約78億豪ドル(2022/23年度名目GDP比で約0.3%相当)が充てられており、現政権の有権者へのアピールポイントという位置づけだ。具体的な内容としては、従来から周知されていた、7月1日から始まる所得税減税の内容変更(低・中所得層への減税をより手厚くする)に伴う費用に加え、新たに電気料金補助の拡大・延長や家賃補助率の引き上げが盛り込まれており、チャーマーズ財務相は予算演説で「国民が直面している圧力を緩和し、直接インフレを抑制する」ものだと説明した。

図表1
図表1

予算案の歳出内訳を確認すると、全体的に前年度対比で支出が増加しているが、なかでも「燃料・エネルギー」の伸びが目立つ。「燃料・エネルギー」の予算を仔細に見ると、予算拡大の背景となっているのは、「再生可能エネルギー」への投資と「資源・エネルギー」にかかる費用である(図表2、3)。再生可能エネルギーへの投資の中身は、「フューチャー・メイド・イン・オーストラリア基金」への投資(注1)、太陽光発電関連や再生可能エネルギーの技術開発等への投資となっている。資源・エネルギーにかかる費用には、前述の電気料金補助の拡大・延長にかかる約35億豪ドルが含まれている。電気料金補助は、現行の2023/24年度でも実施されており、補助額も今回発表より大きい最大500豪ドルであったが、対象は低所得者層と一部の中小企業が中心であり、投入された政府予算も約15億豪ドル程度であった。次年度からの電気料金補助は、対象をオーストラリアの全世帯と条件を満たした中小企業に拡大しており、家計は年間300豪ドル、中小企業は年間325豪ドルが電力料金から直接差し引かれる。オーストラリアエネルギー規制機関(AER)による直近の電力基準価格が年間2,166豪ドルとなっていることから(注2)、家計の年間の電気代が同額程度と仮定すると、300豪ドルの補助金で約1~2カ月程度の電気代が浮くイメージになる。

図表2、3
図表2、3

図表2
図表2

図表3
図表3

今回の予算案で注目されていた点の1つが、オーストラリア準備銀行(RBA)が進めるインフレ抑制への影響である。予算案の発表前には、「7月1日から始まる新たな所得税減税や財政出動により、消費が刺激されて、RBAの進めるインフレ抑制に水を差すのではないか」と懸念する向きもあった。しかし、ふたを開けてみれば、前述の電気料金補助の拡大・延長などが、直接的に消費者物価を抑え込み、家計への経済支援による物価上昇圧力を相殺するため、インフレ抑制も意識した内容であったと言える。チャーマーズ財務相の説明通り、国民の負担軽減とインフレ抑制の二兎を追う財政政策と評価できるだろう。実際に、財務省は今回の電気料金補助等が2024/25年度の総合CPIを約▲0.5%pt押し下げると見ており、予算書案のなかで示された財務省のインフレ見通しも、RBAの見通しと比較して楽観的な内容となっている(図表4)。では、予算案で新たに示された電気料金補助等の経済的支援が可処分所得を増加させ、他の財・サービスへの消費増加を通じて消費者物価を押し上げる可能性はないのだろうか。当然、所得の増加分がすべて消費に回ればインフレ圧力となるだろうが、現地報道の調査によれば、大半の家計が所得の増加分を貯蓄に回すと回答しているとも報じられており、次年度の財政政策が直ちに消費増加につながるとは、どうも言えない様子である。これらを勘案すると、次年度の予算案は、財政政策による所得増加がインフレ圧力となりうるものの、その規模は限定的なうえ、電力料金の低下等が消費者物価を直接的に押し下げるため、24/25年度のインフレ率の伸びを幾分鈍化させると考えられる。RBAも5月見通し時点では、所得税減税の影響は織り込んでいるものの、今回の予算案で新たに示された電気料金補助の拡大・延長等による消費者物価の下押しは織り込んでいない。25年6月までのインフレ見通しを幾分引き下げることになるだろう。

図表4
図表4


(注1)「フューチャー・メイド・イン・オーストラリア」は、4月11日にアルバニージー首相がブリスベンでの演説で発表した、経済安全保障の枠組み。新しい法を制定し、クリーンエネルギーや技術革新を中心とした新産業の育成、製造業の国内回帰を実現していくとしている。
(注2)AERの定める電力基準価格はDefault Market Offer(DMO)と呼ばれ、正確には、ニューサウスウェールズ州、南オーストラリア州、クイーンズランド州南東部の電力小売業者が請求できる年間の電力料金の上限価格。実際の世帯の電力料金は、調査によってバラつきはあるものの、年間1,600豪ドル~2,000豪ドル前後と言われている。

阿原 健一郎


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阿原 健一郎

あはら けんいちろう

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジアパシフィック経済、世界経済、計量分析

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